監視下
『この投票は、ホテルの方のリクエストで逐次やりましょう。別のお題も受け付けていますから、どんどん電話して下さい。電話はゼロゼロイチニイサンです。電話はゼロゼロイチニイサン』
「全く、当事者じゃない奴は言う事が気楽だな。本当にスピーカーの線を切ってやろうか」
宗二がそう言うと水川が答えた。
「スピーカーは高い位置にあるので、脚立か何かがないと線を切るのもなかなか難しいです」
「いや、良いんです」
宗二はそう言うと少し考えた。
本当に誰が犯人なのだろう。一人一人、犯人が違う可能性もある。
まず動機がわからない。そもそも運送業者の轟が殺された理由はなんだ。死因も、出口を探して彷徨っている時に、誤って転んで鍾乳石に胸を貫かれた、としたら出来過ぎている。相当尖っているか、強く打たない限り刺さると思えないからだ。やはりあのバールが凶器だろう。
運送業者を殺したいほど憎んでいて、バールを用意していた人物。
考えるのをやめよう。
一番、簡単そうな人物は……
「一度、全員で宇崎さんの状況を見に行きましょう」
すると漣が宗二の顔を見た。
「……」
「そもそも、そのためにここに戻ってきたんです」
五条栄子がツンとした表情で言い切る。
「わざわざ二人で確認しにいったんだから、二人で全部済ませてきなさいよ」
「いや、二人とも犯人だったり、どちらかが犯人だった場合、状況を誤認する可能性がある他の人にも確認してほしいんです」
雪見乃が手を上げた。
「じゃあ、私と水川シェフが二人について行きます」
「なぜ私なんでしょうか」
真剣な顔を崩さない。
「いやですか?」
「いえ、理由が知りたいだけです」
「理由はないです。いやですか?」
雪見乃の顔は笑っているようにも見える。
「わかりました」
すると五条が言う。
「なら私もいくわ。犯人候補二人と一緒にいたら私も殺されるかも」
「待って、待って、私を置いていかないで」
玲もついてくることになった。
すると五条が冷静に残っていた川水に言う。
「あんたも来なさいよ。誰もいない時に、食べ物に毒を仕込まれちゃたまらないんだから」
水川シェフがさらに冷静な一言で突っ込む。
「その点は建物に鍵を掛ければ済むことですから」
「鍵……」
宗二はその言葉が引っかかった。
鍵。鍵を操れる人間はホテルスタッフの水川と漣の二人だけだ。正確に言うと三人だった。もしそれぞれが建物の鍵を持っているのなら、建物の中に入って部屋のキーなどを自由に扱えてしまう。
「ほら、いくわよ」
五条が先頭に立ってそう言った。
「……」
宗二は黙って様子を伺った。五条は、宇崎の部屋の位置を知っているのだろうか。
ホールとつながっている通路は一つで、ホールからは見えない位置で分岐している。
漣と宗二が行ったのをホールから見ていたから分かる、というものではない。
「分岐点だわ。どっちいくの?」
宗二はあえてそれに反応しない。無意識に正解を示してしまう人物がいるかもしれない。
「こちらです」
水川シェフが正解のルートを示す。
一番つまらない展開だった。宗二は宇崎の部屋にたどり着くまで、根気よく皆の会話を聞くことにする。
「こっちの部屋の方が私の部屋より高級なのかしら?」
清水に訊かれた漣が答える。
「いいえ、この先の部屋はシングルですので、お客さまの部屋よりグレードが下がります」
「この道、どこまでいくの? 頭が痛くなってきた」
「川水さん、大丈夫ですか」
と雪見乃が声をかける。
宗二も言う。
「もう少しだから」
その言葉を聞いて、五条が後ろの宗二を振り返った。
「この道のこと、やけに詳しいわね」
「……」
五条の発言に、宗二は言葉が返せなかった。
五条は宇崎の部屋に行くまでの過程で誰かがボロを出さないか、ずっと狙っていたのかもしれない。いや、それだけではない。もしかして、五条だけでなく、全員が探りを入れているのかもしれない。この中に犯人がいるとしか思えない訳だから当然のことだった。
「さっきこの道を歩いたから分かるんです。それくらいは二回目でも判断できますよ。それよりそんな一言で、『やけに詳しい』と言うのはどうなんでしょう。予めそう言うと決めていたような発言だ」
雪見乃が、川水の背中をさすりながら言う。
「宇崎さんのことですけど、第一発見者の二人以外の人がしっかり確認するべきですよ」
「わかってるわよ」
全員が宇崎の部屋の前には立てない。
五条と雪見乃がわずかに開いた扉からスマフォを差し込み、宗二がそうしたように画像を撮りながら確認していく。
「タオルが扉の取っ手につながっていて、首を吊っている形ですね」
「動画で見たけど全く反応ないわ。完全に死んでる」
五条がそう言うと、雪見乃が再び口を開いた。
「見る限りは自殺です。発見した時、鍵はどうなってました?」
「僕は扉の確認はしなかった。漣さんが鍵を開けた音がしたから、くる前はかかっていたと思う」
雪見乃が言う。
「漣さん、それで良いですか?」
「鍵はかかってました。開けたのに、扉が開かないから焦りました」
「うん、かなり扉が重かった」
「すでに死んでいた?」
宗二が言う。
「体温は感じなかった。画像で見る限りの結論からすると、死んでいた。状態は今と同じだよ」
雪見乃は指を二本立てて、全員に見せるように手と顔を向ける。
「ふたつ考えられます。一つは本当に自殺した。もう一つは首を絞めて殺してからか、睡眠薬などで寝かせてから扉に死体を立てかけ、犯人が出て行きこの状態を作り出した」
「そんなにうまく行くの?」
「客観的に考えて、難しくはないでしょう。問題は最後に鍵をかける必要あることです」
宗二は水川をちらりと見てから、漣に視線を向けた。
「えっ?」
「自殺だったら別にもう仕方ない。最悪なのは殺人だった場合なんです」
「私はしていません」
水川シェフは手を振って、そう否定した。
「でも鍵はかけれる」
宗二が言うと、漣も言う。
「それだけで殺人の容疑者なんておかしいじゃないですか」
雪見乃が大きく手を振って割り込んでくる。
「宗二さんは可能性だけを言っているんです。そもそも宇崎さんが自殺だったら何の意味もありません」
「……」
五条が腕を組んで言う。
「その可能性を言って何の意味があるのよ」
雪見乃が答える。
「そうやって可能性を集めていけば、犯人候補を一本化できるかもしれないと考えているんですよ」
「シェフと、こっちのスタッフのどっちかってことね」
五条の言葉に対して、漣は言う。
「私と水川さんは同部屋でした。私が朝まで寝ていたのは水川さんが知ってます」
「確かに、お風呂から帰ってきて、漣とずっと一緒にいました」
「警察がいないから、犯行時間が特定出来ないんです。だから一晩中起きていた以外でアリバイというのは無理ですよ」
「それは皆さんも同じことなのでは?」
水川はそう言い切った。
漣がそれに続けて言った。
「そもそも宇崎さんが自殺したのなら、意味ないですよ」
「自殺だったとしても、五郎坂さんを毒殺した可能性、轟さんを突き殺した疑いは残りますよ」
「そ、そんな……」
「いや!」
清水が甲高い声を上げた。
「そこに!」
何もない鍾乳洞の壁を指さし、震えている。
壁の陰影が、人の顔のように見えなくもない。
「玲さん、落ち着いて」
宗二が近づくと、玲はホールに戻る方向に走り出した。
「待って!」
宗二は玲を追いかけた。