洞窟ホテルの朝
宗二はベッドの上に腰掛けていた。
洞窟ホテルの一室で、窓もないから今が朝なのかはベッドについている時計と、スマフォの時間しかない。ただ、この洞窟内は圏外だ。果たしてスマフォの時間もどこまで正確かはわからない。
初日で二人死んだ。
その為、今日の朝ごはんの前に全員集まって話し合いをすることになっていた。
昨日の食事中、どこで毒が混入されたかわからないからだ。
どうやれば全員が納得の上で食事が出来るか、話し合いで決めるのだ。
ノックの音がして、宗二は扉を開けた。
「雪見乃さん」
「おはようございます」
「洞窟内は、朝って感じしないね」
雪見乃は黙っていた。真剣な顔なのかも知れないが、表情が暗いとも思える。
二人はそのまま黙ってホールまで通路を歩いた。
ホールが見えると、ホール側から五条が二人に向かって言った。
「遅いわよ」
宗二は端から見ていった。
水川シェフ、五条栄子、ホテルスタッフの漣、清水玲、仮称の川水、最後に雪見乃朱莉。
宗二はこれですべてかと思って少し考えてから、言った。
「宇崎さんがいない」
全員が互いの顔を見合わせる。
「……」
宗二は昨晩、水川シェフと話していた部屋割りを口にした。
「確か、宇崎さんは一人部屋でしたね」
「ええ、呼んできます」
「待って。全員で行きましょう」
五条が宗二に反論する。
「一人のネボスケのために全員で行動するなんて馬鹿なの?」
「もしかしたら……」
「殺されたって? そんなこと言い始めたら、今朝、このホールに来る時もチャンスだったじゃない。完全にバラバラになってたんだから。アリバイもないし」
宗二は抑えるように手を動かしてから、
「じゃあ、私と水川さんで確かめに行きます」
と言った。
突然、川水が頭を抱えて、しゃがみ込んだ。
「うっ……」
川水は記憶がないという細身の男だ。
「大丈夫ですか?」
「水川シェフ。彼の看病は、他の人に任せて、宇崎さんを呼びに行きましょう」
「いえ、私は彼を」
「?」
宗二は何がシェフをそうさせるのか分からなかった。
「私が代わりに行きます」
漣が手を上げた。
昨晩の色っぽい漣ではなく、髪を後ろでまとめた、キリッとした制服のホテルスタッフだった。
「そうか、漣さんは手話が出来るんでしたかね」
宗二は考えた。
正直、耳の聞こえない人の部屋に入るとき、ノックをするのか別の方法で合図するのか等々、分からないことが多すぎた。漣さんと宇崎さんはホテルスタッフとして一緒に仕事をしているようだし、水川さんより適任なのかもしれない。
「行きましょう。あ、鍵は?」
「鍵はこちらです」
「宗二さん! 入っちゃダメ」
漣の後を追って建物に入ろうとすると、雪見乃が呼びかけた。
宗二は建物に入らず、振り返った。
「鍵の場所は覚えない方が」
「……」
「鍵を取り出せる人とそうでない人、はっきりしていた方が整理しやすいですよ」
どういう意味だろう、と宗二は考えた。
鍵の位置を知っている人間が被疑者となる場合がある、ということだろうか。
もし、そうだとすると、これから『部屋で』殺人があるということになる。
そして、それを知っているのは『犯人』ではないのか。
宗二は初めて、雪見乃を疑い始めた。
「雪見乃さん」
宗二は次の言葉が出なかった。
すると漣が鍵を持って建物から出てきた。
「行きましょう…… どうなさいました?」
「いえ、行きましょうか」
そう言いつつも、宗二は考えていた。
雪見乃の発言の真意が分からない。しかし、このまま宇崎さんがただ寝坊しただけではなかった場合……
宇崎の部屋までの通路を歩く途中、宗二は訊いた。
「彼、宇崎さんは耳が不自由なんですよね」
部屋の番号は教えてもらっていたが、それがどこにあるのかが、宗二にはよくわからなかった。
漣の後ろをついて歩いていた。
「ええ」
そう言った後、漣の後ろ姿を見た。
髪は纏まっていて、昨日の風呂上がりの雰囲気は全くない。制服のホテルのスタッフだった。
そこで宗二はもう一つ重要なことを思い出した。
「昨日、宇崎さんは手話で何か漣さんに伝えていたようなんですが」
「……」
漣は振り返りかけたが、そのまま歩き続ける。
「なんだったか、私も覚えていません。何かを片付けてくれるようにということだったかと」
「ああ、そうだったんですね」
宗二は覚えている限りの手の動きを真似てみた。
前を向いている漣には見えてない、と思われた。
「!」
だが、漣は振り返りかけた。
宗二は首を傾げて言う。
「どうかしましたか?」
「なんでもありません」
すると部屋についた。
洞窟の突き当たりが部屋になっているようで、分岐からの一本道を進んだ突き当たりだった。
手袋をつけて、いきなりドアを開けようとする漣を、宗二は止めた。
「ちょっと待って」
「どういたしましたか?」
止めてから、宗二は考えた。
漣は手袋をつけた。僕が素手でモノに触れば指紋がつく。当然、ここで事件が起こっていなければ問題にはならないのだが……
「漣さん、いきなり入るんですか?」
「ああ、通常はスマフォで連絡すれば、彼のスマフォが光ったり、振動したりして気づくのでやれば良いのですが、WiーFiもなく、この洞窟ではやりようがないんです」
「なるほど。すみません、あと、手袋の予備があれば、私にも貸してくれませんか」
漣は体を捩りながら、スラックスの後ろポケットから手袋を取り出した。
「あっ、これですか? 手袋は仕事上の癖でつけているだけですが…… 使いますか?」
宗二は頷いて受け取ると、手袋をつけた。
「行きましょう」
宗二は鍵を開ける漣の横顔を見て、もう一つ思い出さなければならないことが残っていると感じた。
どっちかというと昨日の湯上がり姿の漣を見て気づいたのだ。
確か……
「あの、なんでそんなにじっと私の顔を……」
「いや、すみません。つい綺麗だなぁ、と」
反応がないかに思えたが、少しして漣が言った。
「そういうのもハラスメントですよ」
「えっ?」
「いえ、雪見乃様なら、そうおっしゃいますよ」
鍵を差して開ける。
漣が扉を押し込むが、開かない。扉は少しズレているから、鍵が開いていることは間違いない。
「なんかドアが重いです」
「代わって」
宗二が変わるが、少し扉が動いただけでやはり入れるほどは開かなかった。
「ドアの様子をスマフォで見てみましょう」
宗二が少し開いた扉にスマフォを差し込み撮影する。
「!」
宗二は画像を確認すると、慌ててもう一度、低い位置にスマフォを差し込む。
「漣さん。我々は一度ホールに戻りましょう」
「どうしたんですか」
「宇崎さんが死んでいます」
漣はドアを押し込む。
「待って。現状を保存して、複数の人に確認してもらわないと」
「宇崎さん!」
「冷静になって! 状況から、もう死んでる」
宗二は漣の腰に肩を入れて押し返す。
「ちゃんと話を聞いて」
「……宇崎さん」
漣は、通路に座り込んで泣いている。
「職場の同僚がお亡くなりになって、取り乱すのは分かりますが警察も来ることが出来ない状況です。現場を保存しないと宇崎さんも報われません」
「……」
「あと、申し訳ないですが、このまま一緒にホールに戻ってもらいます。この場所の確認を他の人にもしてもらう必要があります」
漣の手を引いて立ち上がらせると、宗二は言った。
「こんな時に聞くのもなんですが、宇崎さんとは仲がよかったんですか」
「いえ…… それ程仲が良いわけでは」
「けど、取り乱し方が普通じゃないように思えましたが」
顎に指を当てて何か考えるようにしてから、漣は言った。
「そうでしょうか。救えると思う命があれば、救おうと考えるのは普通じゃないですか?」
「……」