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お風呂(後半戦)

 宗二と宇崎の二人がホールで待っていると、今度は水川シェフが出てきた。

 水川シェフも着替えはないようで制服のシャツを羽織って、下のTシャツが見えていた。

 ただ、漣とは違って少しダブついたTシャツだったために体のラインは見えなかった。

 宇崎に近づいてくると、スマフォで指示を出した。

 宗二は言った。

水川(みずかわ)さんは漣さんと同室なんですよね」

「ええ、先ほどお話しした通りです。私と漣が同室、宇崎と先ほどの記憶喪失の川水さんが各々一人部屋を割り当てています」

 この説明的な口調に、とても性格が現れていると宗二は思った。

「ありがとうございます」

 指示を受けた後、宇崎は特に何をいうわけでもなくじっとしていた。

 水川シェフが頭を下げて帰ろうという時も、ただじっとしているだけだった。

 水川が見えなくなると、宗二はさっき宇崎がやった手話を思い出していた。

 ワザと宗二たちから手話が見えないような位置に移動したようにも思う。

 口元に手を持って行ってから確か、こう、バツ印を描くような動き。

 手話動画から文字に起こせるアプリでも入れていればよかったのに、と宗二は後悔した。

 玲さんの言う通りだ。WiFiぐらいあっても良さそうなものなのに……

 宗二が、そんなことを悶々と考えているうちに、部屋の扉が開き、雪見乃が出てきた。

「宗二さん、シャワー空きましたよ」

 雪見乃の顔は、シャワーで温まった為にほんのり赤くなっていて、肌がより綺麗に見える。

 部屋着にしているのか薄いピンクのスウェットを着ていて、その薄いピンクが雪見乃の白い肌をより白く見せている。

「……どうなさったんですか?」

「えっ? あ、別に何も。さあ、シャワーでも浴びるかな」

 宗二がそれとなく前屈みで立ち上がると、宇崎も後について立ち上がった。

「お待ちしてます」

「ああ、雪見乃さんが湯冷めしないように早く出てくるよ」

「お気になさらず」

 宗二は建物の中に入った。

 無言の宇崎に導かれるまま、服を脱いでシャワー室に入る。

 土砂崩れで閉じ込められた空間の中で、余裕綽々と言った感じにシャワーを浴びていることに、不思議な感覚を覚えた。

 被災している訳だけど、食べ物も、水も電気も、そういった一切の心配がない状況。

 いや、不安要素はある。

 この短時間で二人も死んでいるのだ。記憶のない男もいる。

 誰が何の目的で殺したのか分からない限り、この不安は消えることはない。

 宗二は被災したこととは無関係なその不安について考えながら、体を洗い、髪を洗い、体をぬぐい、髪を乾かした。

 宗二は、着替え終わると、待っていた宇崎にゆっくりと口を動かして言った。

「ありがとう。おやすみなさい」

 宇崎は手話でもスマフォに文字を打ち込むでもなく、会釈して返してきた。

 宗二も会釈して部屋をでた。

 ホールを進むと、雪見乃の肩血に手をかけた。

 雪見乃はテーブルに突っ伏して、寝てしまっていた。

「雪見乃さん?」

 手をかけて、呼んだだけでは起きない。

「風邪ひきますよ」

 起こそうと思って、少し揺すってみた。

 ほっそりしているように見えて、意外とその肩が柔らかいことに気付いてしまった。

「雪見乃さん! 起きて!」

「あっ!」

 急に背筋を真っ直ぐにした雪見乃に、びっくりして宗二は手を引いた。

「触りましたね」

「えっ、肩に触れただけだけど」

「繰り返しですけどハラスメントは……」

 宗二は手を開いて、止めるような仕草をした。

「受け取り手の気持ちの問題、だよね」

 そういうと宗二は深々と頭を下げる。

「本当にごめんなさい。ちょっと変な気分になった」

「どういう意味ですか?」

 雪見乃は好奇心に目を見開き、宗二の方を見つめた。

「言ったらさらにハラスメントになるから言わない。つまりそういう気分」

「曖昧にボカす方がよりキモいですよ」

「どうしてそう言う気分になったのか、自分が許せないんだ」

 雪見乃は顎に指を当て、

「それって遠回しに(こく)ってますか?」

 と言う。宗二は手を激しく振って否定する。

「だから、そんなわけないんだって」

「たまには本能に身を任せてもいいんですよ」

「えっ?」

 宗二は今までの人生の中の出来事が走馬灯のように思い返された。

 幼稚園の時、告白した『美奈ちゃん』はサッカー上手なカズくんが好きと言って去っていった。

 小学校の時は、手をつなぎたいとまで思った『静香ちゃん』が現れたが、その子の好きな人は、勉強の出来る英太だった。

 中学はグループ交際の中で、一人あぶれてしまった。

 高校はクラス・カーストの一番下で、恋愛どころではなかった。

 大学デビューは失敗した。オタクサークルの姫は、他の学校の男にさらわれた。

 正直を言うと、年齢イコール彼女いない歴だった。

「宗二さん?? 今、何考えました? 考えた内容次第ではセクハラ認定しますけど」

「と、とりあえず、部屋に戻ろうか」

「部屋って?」

 宗二は慌てて否定するように手を激しく振った。

「もちろん、各々(おのおの)の部屋に帰るという意味だよ」

「お話しがあるのなら、お部屋に行きますよ」

「えっ、あっ、うんと……」

 雪見乃は宗二の袖を引っ張って通路の方に移動する。

「実は、私の方も、お話ししたいことが」

「ハイ、ワカリマシタ」

「どこから声が出てるんですか?」

 宗二と雪見乃は通路を一緒に歩いて宗二の部屋に入った。

 宗二は誰かに見られていないかどうか、廊下に顔を出し確認してから、扉を閉めた。

 部屋にあるちいさなテーブルを挟んで、二人は向かい合って座った。

 窓もないただ天然の鍾乳洞の一部を区切っただけの部屋だ。

「て、テレビ…… なんてないですよね。そ、そうだ、あのラジオ?でも聞きますか」

「ホールでも流れてないから、もうやってないと思いますよ」

 雪見乃は冷静だった。

「私がヒッチハイクをした理由です」

「えっ?」

「このままだと話すタイミングないですし、これ以上殺人が起こっても困ります」

 宗二は結局、これは恋愛ではないのだ、と思うと共に、急速に冷静に戻っていった。

「……あれだけ車のない道で、臆病な僕があなたを車に乗せたと言うのはかなり奇跡的だった」

「私は神奈鶴家に依頼されてヒッチハイカーのふりをしてここに連れてきてもらいました」

「えっ? 家の?」

 宗二は考えていた。

 お祖父様、お婆様、母上……  誰でもやりそうだ。

「宗二さん、今、投資話を持ちかけられているでしょう?」

「あっ? なんで、今? そっちの話?」

「玲さんの色仕掛けで、投資をしてしまったら、大損しますよ」

 宗二はため息をついた。

「ああ、そんなこと」

「そんなことって、家の方々は宗二さんが変な投資話に乗って大金を失うことを嘆いていました」

 宗二は俯いた。

「玲さんと仲良く出来る時間を買っているんだよ。同じ金額出すなら出来れば長い時間いたいから、こうやってホテルまでとって投資話を引き伸ばしていたのに」

「ポンジ・スキームだと分かっていて話に乗っていると言うことですか?」

 宗二は雪見乃と顔を合わせないようにそっぽを向いて「ああ」とだけ言った。

「亡くなってしまった方を悪く言うのは気が引けますが、五郎坂(ごろうさか)さんと清水(きよみず)さんの二人は……」   ※※※ 投資詐欺の常習犯で、被害額がすごい

「良いんだよ、僕がどうなったって。彼らは、僕で、最後にしようとしていたみたいなんだから」

 宗二には珍しく、強い口調だった。

「……」

「玲さんとすごい仲が良くなれば、それが一番最高だったけど、それができなくても二人と話せればそれでもよかった。僕を何もない人生に戻して欲しくないんだよ」

「私はそう言うことのために来たわけでは」

 宗二はテーブルをたたいて、顔を上げた。

「投資詐欺だ、と知らせたら、僕と玲さんのつながりは無くなってしまう」

「……」

「いや、良いんだ。もう知らないふりはできない。どのみち出られるまでの時間はいやでも顔を合わせるんだから、僕はもうそれで人生が終わってもいい、そう思うことにする」

「甘ったれないで」

 そう言うと雪見乃も宗二と同じようにテーブルを叩いた。

「どうして神奈鶴家の人が、私をここに向かわせたのか、やっと分かった」

「?」

 そこから雪見乃は自身の生い立ちを話した。

 宗二とは逆に、両親から捨てられた雪見乃は、お金に振り回され、お金に苦しんだ人生だった。

 その人生の中で神奈鶴家と関わり、育てられたのが彼女だった。

 生まれつき神奈鶴家にいた宗二と、苦難の末、神奈鶴家にたどり着いた雪見乃。

 金目当ての人間にうんざりしている男と、必要なお金を工面する為、働き続けた女。

 二人の人生は真逆のようで、どこか似ていた。




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