洞窟ホテル
「へえ、ホテル内って、もっと薄暗いのかと思っていた」
そう言った男は背が高くスマートで、多くの異性から好まれるような顔立ちをしていた。所謂、今どきのイケメン男子だった。
「十分暗いじゃない。それに少し寒い」
女は顔を顰め、肩をすくめながら返した。
美人まではいかなかったが、メイクや服に気を遣っていて、綺麗な女性だった。
女性は長い髪を両手で背中へと払った。
「いやいや、明るいよ。ウェブで見たときはこんな感じ」
携帯のスクショを表示してみせた。携帯の上の端には『圏外』と表示されていた。
「全然違うじゃない。この画像だと鍾乳洞そのものに見えるけど」
「お客さまのご予約になった居室がその画像になります」
制服の女性スタッフは冷静にそう答えた。
綺麗な女性客は半ば怒っていた。
「え、こんなところで三日も寝泊まりするの。聞いてない」
騒ぎ出しそうになる女性の口を、イケメンの手が軽く抑える。
そして後ろを確認してから小声で言った。
「出資してもらうためだ」
「そうよね。次男か三男か知らないけど、腐っても神奈鶴家の子息だもん」
「長かったな。これがまとまったら、しばらく海外でバカンスだ」
女性は後ろを確認してから男の腕にしがみついた。
「うれしい」
通路内、彼らからは少し離れ、後を歩いている別の男女がいた。
一人は小柄な女性で、フリルの付いたワンピースを着ている。
髪は少し肩に掛かるかという長さで、前髪を綺麗に整えていた。
もう一人は、メガネをかけた青年で、手に持った紙を見ながら歩いていた。
青年の髪は、わざと遊ばせているのか、ボサボサなのか、その間の微妙な感じでまとまっている。
「まだ歩くのかしら」
「さあ…… 僕はこのホテルのスタッフじゃないから」
その言葉が、まるで合図だったかのように空気が振動し、大きな物音がした。
通路の明かりが、一瞬、消えたかのように感じたが、何事もなかった。
「今のは何かしら」
「さあ…… 今、この資料に目を通しているので」
前を歩いていたイケメンがメガネをかけた青年のところに戻ってきた。
「宗二さん、ご無事ですか?」
「ええ、大きな物音がしただけで」
「良かった」
宗二と呼ばれたメガネの男は、イケメンを見ていった。
「五郎坂さん、僕なんかより玲さんは無事ですか?」
イケメンが後ろを振り返ると叫んだ。
「玲!」
通路に声が響いた。
「|宗二様、ご無事ですか」
通路の明かりが反射したのか、宗二のメガネが光った。
「良かった。玲さんが無事で」
玲とホテルのスタッフも宗二の方に集まってきた。
「物音の件は、後で私が確認しますので、皆様はお部屋でお休みください」
そう言って、スタッフは各々を部屋に案内した。