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8話 「……いったい、俺はどうすればいいんだ」

「……いや、まあ、俺は哲学についてはよくわからないけどさ……サイラスが女性について考えてるなんて珍しいね。興味のある子でもできた?」

「俺には婚約者がいるのに何を言っているんだ」


 ダニエルの言葉にサイラスが不思議そうな顔で首を傾げると、ダニエルも同じように首を傾げた。


「ん? じゃあその婚約者について考えてるってこと? それこそ珍しいね。てっきり興味がないのかと思った」


 興味がなかった、わけではない。趣味も何もかもが違う相手と、どう接すればいいのかわからなかっただけだ。


 ――いや、それが悪かったのだとサイラスは頭を振る。


 彼女を守る剣になるのを免罪符に、鍛練にばかりかまけていた。だから彼女の家族が訴えてくるまで気づきもしなかったのだと、サイラスは今さらながらに思い知らされる。

 だからこそ、サイラスは悩んだ。この様で、どうして彼女を守る剣になるなど言えるのか、と。


 思い悩むサイラスに、ダニエルが困ったように苦笑を浮かべていると、屈強な体をした青年が二人の前に歩み出た。


「サイラスの婚約者ってあれだろ……たしか次期当主の可愛い子」


 武術科一の破落戸と呼ばれる、素行のあまりよろしくない男子生徒だ。名をネイトという。


 当然ながら、サイラスもダニエルもネイトも生家の身分はそれぞれ違う。だが同級生であり、いつかは肩を並べて戦うこともあるかもしれないと――学園内では気軽い態度が許されている。

 だからサイラスは破落戸の言葉を咎めることなく、自らの考えに没頭した。


「いいよなぁ、あんな可愛い子が婚約者で……しかも、運がよければ当主代理になれるかもしれないんだろ? 俺もどこか婿入りさせてくれねぇかなぁ」


 基本的に貴族の相続は直系にのみ許されている。子に恵まれなければ傍系から選ばれることもあるが、配偶者の相続が認められることはまったくと言っていいほどない。

 ただ、例外として代理が認められることはある。それは、相続に値する人物が学園を卒業していない場合だ。


 学園を卒業するまでの期間限定ではあるが、当主代理として活動することが許されている。


「俺だったら、運が良いとか言う相手を婿にはとりたくないけどな」


 当主の死亡時、そして子が幼い時にのみ認められる権利。長男であり次期当主となることが約束されているダニエルからしてみれば、それは運が良いとはとうてい言えない代物だった。


「ああ? 俺もお前みたいな見た目ばっかり気にするような奴は婿にはしたくねぇよ」


 売り言葉に買い言葉とばかりに食って掛かるネイトに、ダニエルが細身の体に見合った細い剣――レイピアを手に取る。

 幅のある剣が好まれるアバークロン国においてレイピアを用いる者はあまり多くない。

 それなのにダニエルがレイピアを選んだのは、ひとえに格好いいからという理由だった。

 そしてネイトは屈強な体に見合った幅のある剣――バスタードソードを構える。彼の体格を考えれば両手剣を使用してもおかしくはないのだが、万が一片腕がなくなっても扱える剣を、と考えた結果行き着いたのがバスタードソードであった。


 考え方も体格も違う二人が自らの愛剣を構えてじゃれあっているのを、サイラスはぼんやりと眺める。

 卒業後に遺恨を残さないため、決闘騒ぎにならないようなじゃれあいであれば許されている。だからサイラスは二人を止めることなく、自らの考えに没頭した。


「……いったい、俺はどうすればいいんだ」


 婚約者の異変に気づかなかった不甲斐なさ。そんな自分は彼女の剣にふさわしくない、と自らに烙印を押すのは簡単だ。

 だがそれでは、なんの解決にもならない。せめて、彼女の糧になれるようなことをするべきだろう。


 もしもシェリルが武術科生であれば、今目の前でじゃれあっている二人のように、剣を交えて解決することもあったかもしれない。

 剣を揮うしか能のない自分ができることなど、たかが知れている――そこまで考えて、サイラスは小さく頭を振った。


 鍛錬にばかりかまけていたせいで、家族からの訴えがあるまで彼女の窮地に気づけなかった。母親の死とは、そこまでの傷を与えるものなのだと理解できなかった。

 これまでの自分ではいけない。剣ではなく何かないか、とじゃれあう二人を見る。


 ダニエルとネイトは意見の食い違いによって衝突した。同じような状況を作り出せば、彼女の意見を引き出せるのではないか。

 だが生半可なことでは、シェリルの主張を引き出せないだろう。家族にすら自己主張をしていないのなら、婚約者とはいえ不甲斐ない自分相手に主張してくるとは思えない。


 ならばどうすればいいのか――考えついたのが、昨今何かと耳にする婚約破棄だった。

 親を通さず告げれば、しかも卒業まで一年を切っている今になってとなれば、何を言っているのかとさすがの彼女も怒るのではないだろうか。

 シェリルは礼儀に厳しいところがある。反発心を抱いてくれれば、それを足掛かりに彼女の主張を引き出せるのではないか――妙案に思えたそれを突き詰めるべく、サイラスは頭の中で何を言えばいいのかを組み立てていく。


「……なあ、サイラスの奴、おかしくないか?」

「ああ、そうなんだよ……女子がどうとか言い出して……」

「嘘だろ。模範的な武術科生のあいつが……?」

「こういう時ってどうすればいいんだ? 祝いの品でも用意すればいいのか? それとも槍が降ってきた時のために盾を用意するべきか?」


 いつもなら嬉々として剣を取り混ざってくる――もとい、諍いを止めにくるサイラスが、打ち合っている二人に見向きすることなく考え込んでいる。

 普段と比べればあまりに異質な光景に、先ほどまでやり合っていたネイトとダニエル――それから見ていた武術科生も加わってひそひそと話し合っているのだが、それすらもサイラスの目には入っていなかった。

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