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6話 「……申し訳ございません」

 アバークロン国では、貴族の子に一定水準の教育を施すことになっている。

 文武両道であるのが最も望ましいとされているが、誰もが両立できるものではない。

 そのため、息女には文が、子息には武が求められるようになった。


 文を極めんとする息女と武を極めんとする子息の間に、どうしても越えられない価値観が生まれるようになったわけだが、それがいつからなのかはもはや誰にもわからない。


「多分、これで大丈夫よね」


 姿見の前で自分の恰好を確かめるシェリルも、武術科生に対する理解が薄い。

 貴族の子供が通うからと整備された学園は、寮や学棟のある敷地を様々な商店が囲い、商店で働く者たちが暮らしている。何をするにも不便はなく、何かが不足しているということもない。

 サイラスがどこに行くのか見当もつかない状況では、場にふさわしい恰好をと考えても限度がある。

 なにしろ山もあれば川もあり、森まである。

 小さな領地を丸ごとを内包したような土地――それらすべてひっくるめるが故に、王立学園は学園都市とすら称される。


 その中を鍛錬に傾倒しがちな武術科生と歩くとなれば、どこに行くのか予測すら立てられない。


「せめてどこに行くのかだけでも聞いてもらえばよかったわ」


 ほとんど交流のない武術棟に足を踏み入れたくはないが、誰かに――それこそ男子寮で生活しているアルフに手紙を託すぐらいはできただろう。

 だがそうしなかったのは、アルフがサイラスと話が合わなかったと言っていたからだ。


 話が合わない――つまり気の合わない相手に、たとえ手紙を渡すだけだとしても近づきたくはないだろうと配慮した結果である。

 当のアルフが聞けば「そんなこと気にしなくていいのに」と言っただろうが、家族の機嫌をうかがい続けてきたシェリルにとって、不和が生じることは避けたい事態だった。


「……まあ、今さら言ってもしかたないわね」


 一度、姿見を確認する。

 灰色のワンピースに、踵の低い靴。汚れてもいいようにと選んだのでどちらも簡素ではあるが、これならどれだけ歩き回ろうと問題ないだろう。

 鞄も邪魔にならないように小さめのものを選び――準備が整ったところで使用人がサイラスの到着を告げた。


 最後にちらりと姿見を確認してから、寮を出る。そして外で待っていたサイラスに、わずかに顔を引きつらせた。


 普段の茶会で会う時よりはシンプルな格好だが、刺繍の刻まれた服は仕立のよさを感じさせ、サイラスの造形も合わさって気品すら感じさせる出来だったからだ。


「……お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「気にするな」


 回れ右して着替えに戻ろうかと一瞬悩んだが、すでに顔を確認されてしまっている。シェリルはしかたなくサイラスの前まで行くと、小さく頭を下げた。

 そして自分の服装を見下ろして、こぼれそうになるため息をこらえる。


「ふむ」


 頭上から降ってきた声に顔を上げると、シェリルが今しがたしていたように、サイラスもまたシェリルを見下ろしていた。


「……服飾か……宝飾か……」


 続いて漏れ出たようなサイラスの呟きに、自分の恰好が簡素すぎたのだと悟り、シェリルはその場でうずくまりたくなった。

 心の中で行き先を指定しなかったそちらが悪いという言葉が生まれるが、長年染みついた習慣により、生まれた言葉は口から出ることなく霧散する。


「……申し訳ございません」


 代わりに、別の言葉が出てくる。

 我侭だと言われるたび、シェリルは自分が悪いのだと謝ってきた。そうしなければ、収拾がつかなかったからだ。


「ん? 何か、謝るようなことでもあったのか?」


 首を傾げるサイラスに、シェリルは歪な笑みを返す。

 そぐわない恰好をしてきたからだと説明するのをためらったからだ。どうして悪いのかを自ら語るのは、精神的にきついものがあるのだとシェリルは知っていた。


 だからシェリルは何も言わず、ただ俯いた。


「シェリル――」


 その頭上に振ってくる言葉は、それ以上続かなかった。


「どうしてですか!」


 シェリルのものでもサイラスのものでもない、高い声が割り込んできたからだ。


「アリシア?」


 聞き慣れた声に、シェリルの顔が上がる。視線を巡らせると、肩で息をしながら寮から出てくるアリシアの姿が見えた。


「サイラス様! どうして姉さまとお出かけなんて……!」


 その言葉に、シェリルはアリシアから見た自分の立ち位置を悟る。

 アリシアとサイラスが親密な仲ならば、他の女性と二人ででかける現場など見たくはないだろう。

 さっと視線を地面に落とし、これから見せつけられるであろう修羅場を思い、ため息が出そうになる。


「どうしてですか! サイラス様に姉さまはふさわしくないって言ったじゃないですか! それなのになんで、姉さまばっかり……!」


 ぎゃんぎゃんと、いつものようにずるいと口にするアリシアに、シェリルは一歩身を引く。

 ずるいと言われたら譲らなければならないと、染みついた習慣が訴えかけてきたからだ。


「姉さまは全然笑わないし、暗いし、ふさわしくないのに――」

「よし、わかった」


 ずるいずるいと言い募るアリシアの言葉に被せるようにサイラスが呟くと、アリシアとシェリルの視線がそちらに集中した。


「ならば走りこみだ」

「――はい?」


 続いた言葉に、シェリルとアリシアの声が珍しく重なった。

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