5話 「そういえば……何を着ていけばいいのかしら」
「出かける? 二人で?」
次の日、歴史の授業の前にまたアルフに話しかけられたシェリルは、休みにサイラスと会ってみてどうだったかを聞かれ、正直に答えた。
婚約破棄については何故か進展せず、出かけることになったと。
「ええ、多分……二人になるんじゃないかしら」
「うーん……そうか、なるほどなぁ」
何やら考えこむように唸るアルフに、シェリルは首を傾げる。
「どうかしたの?」
「いや……実は、僕とサイラスって小さい頃に交流があったんだ」
「あら、そうなの。……それは、初めて知ったわ」
サイラスの交友関係についてそこまで明るくないシェリルだが、これまで定期的に行われていた茶会でアルフの名前を聞いたことはなかった。
だがエイトケン家とアシュフィールド家はどちらも栄えている家で、領地もそれほど離れていない。交流があったとしてもおかしくはないだろう。
「十年近く前の話だから……うーん……君の婚約者にこんなこと言うのもあれかなって思って黙ってたんだけど……なんというか、どうも話、というか考え方が合わなかったんだよね」
サイラスとアルフはどちらも三男で、家を継ぐ可能性は極めて低い。
そして同年齢で同性となれば、共通点も多いように感じるのだが、違うのだろうか。シェリルが困惑気味に瞬きを繰り返していると、アルフは苦笑を浮かべた。
「まあ、なんというか……嫌だと思うことがあったら嫌だってはっきり言ったほうがいいよ」
「……そう。わかったわ」
嫌だと最後に口にしたのはいつだろうか。もう何年も、シェリルは嫌とは言っていない。嫌だと言えば我侭だと言われ、十年も甘やかされてきたからだとため息をつかれた。
なんとも表現しがたい曖昧な笑みを浮かべているアルフから視線を外し、シェリルは嫌だと思っても口にできるだろうかとわずかに顔を伏せる。
「……僕は武術科の監視役も担ってるから、もし言いにくかったら僕から言うから……何かあったらいつでも相談して」
「ええ、ありがとう」
そんなシェリルの態度に何か察したのだろう。気遣うように言うアルフに、シェリルは小さく微笑んだ。
そうして授業を終えたシェリルは一人部屋の中で首を捻った。
「そういえば……何を着ていけばいいのかしら」
普段の茶会ではそれにふさわしいものを選んでいた。
アリシアがずるいと言うので簡素なものばかりだが、素材も織りも申し分ない。だから普通に考えれば茶会と同じものを着ていけばいいのだが――
「街に出て、何をするのかが問題よね」
学園の周りには様々な店が並んでいる。貴族の子息息女を相手するので品揃えも豊富で質もいい。
喫茶店などもあるので、そういったところで過ごすのなら普段通りの服装で構わないだろう。
だはシェリルの脳裏に、ある日の茶会でのやり取りがよみがえる。
『――ほんっとうに信じられないのよ!』
そう言って憤っていたのは、武術科に婚約者のいる女子生徒だった。
家格の近い者を集めた茶会で、婚約者とのお出かけはどうだったのかと参加者の一人がなんの気なく聞いたとたん、そう言い出したのだ。
『武具店に連れていかれても、何をしろって言うのよ。握り心地がどうとか切れ味がどうとか言われてもわからないし、どれが合うかなんて聞かれても知るわけないじゃない。服とは違うんだから、自分の筋肉と相談してなさいよ』
『ああ、武術科の方ってそういうところあるわよね。私も前に遊びに行こうって誘われて……丁度新しい喫茶店が開いたばかりだったから、そこに連れて行ってくれるのかと思っておめかししたのよ。それなのにあの人、馬に乗ろうとか言い出して……それならそうと先に言ってほしかったわ』
武術科に婚約者や恋人のいる女子生徒が思い思いに口を開くのを、シェリルはカップに口をつけながら聞いていた。
サイラスも武術科生だ。動きにくい服装をしている時に遠乗りをしようと、言い出さないとは限らない。
「身軽なもののほうがいいわよね」
普段以上に簡素な装いにはなってしまうが、どのような事態にも対応できるほうがいいだろう。
シェリルは衣装棚を開き、できるだけ動きやすそうな服を物色しはじめた。
一方その頃、武術棟の鍛錬場では。
「いいか、あいつらは武器に興味がない」
「ああ、防具にもだ」
「風が気持ちいいから馬に乗ろうと言ったら怒られた」
「山菜が美味い時期だから山に行こうと言ったら帰られた」
「それに長時間歩くのにも慣れていないんだよな。朝から晩まで歩いていたら店ぐらい入ろうと言われた」
「デートは鍛錬の場じゃないとも言われたことがある」
――そんなやり取りが繰り広げられていた。