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4話 「……しかたないと、それだけです」

 そして次の休み、サイラスが女子寮を訪ねてきた。


「本日もご壮健そうで何よりです」


 呼び出されたシェリルは、普段の茶会よりもシンプルな装いをしたサイラスに一礼する。サイラスはそれに同じように返すと、ぐるりと周囲を見回した。


 男子生徒が女子寮に来ることはまったくない、というわけではない。婚約者を持つ女子生徒はシェリル以外にもいて、休みになると迎えに来る者がいたりするからだ。

 だがサイラスが女子寮を訪ねたのはこれが初めてのことで、しかも月に一度しか会わない婚約者が呼びに来たのだから、何があったのかとこちらを気にしている女子生徒が多い。


 さすがに注目されていることに気づいたのだろう。サイラスはふむと小さく呟くと、声をひそめた。


「ここは人目が多い。静かに話せる場所に行こう」

「テラスの申請はしておりませんが」


 普段サイラスとの茶会で使用しているテラスは一番質がよいということもあって人気がある。

 それ以外にもテラスはあるが、卒業したあとの社交を練習するために生徒が何かと利用しているので、どれも予約が必要だ。直前に申請しても、利用できるテラスはないだろう。

 他にどこか適した場所があるだろうかとシェリルが考えていると、サイラスが声をひそめながら言う。


「少々質は劣るが、ないわけではない。いいから行くぞ」

「あ、はい。かしこまりました」


 急かすサイラスにシェリルは慌てて頷く。次の休みに会うと言ったのはサイラスだ。それなのに用意がないと判断するのは早計すぎた。

 そう反省したシェリルは、大人しくサイラスの後をついていくことにした。


 学術科が内包されている学棟を抜け、武術科のある学棟にたどり着くと、そこでようやくサイラスは足を止めた。

 シェリルは武術科に来たのはこれが初めてのことで、思わずあたりを見回してしまう。武術棟の外観は学術科とそう変わらない。だがよくよく見てみると、鍛錬のために使うであろう広い運動場が目に入った。

 慣れない光景にきょろきょろと周囲を見ていることに気がついたのだろう。サイラスがコホンと咳払いを落とす。


「少し急いでしまったが、大丈夫だろうか」

「え? ええ、おそらくは」

「そうか、それならいい。……武術科棟にも小さいがテラスがある。利用者はあまり多くないから、今日も空いているはずだ」

「まあ、そうなのですね」


 何度かお茶会を開くからと招待されたことがあるので、学術棟のテラスは大体把握している。たとえ利用者が少なくても、学術科と武術科でそこまでの差はないだろう。

 普段に比べれば見劣りするとサイラスは思っているのかもしれないが、会話するだけなら差し支えない。

 再度背を向けて歩くサイラスを追いながら、シェリルはこの後どうやって話すかを必死に考えはじめる。


 そうして武術棟のテラスに到着した二人は、それぞれ椅子に腰を落ち着けた。


「……それで、婚約の破棄についてだが」


 使用人がお茶を並べ下がるのを確認してからサイラスが話しはじめる。

 何かしらの雑談を挟むことなく切り出された本題に、シェリルはこくりと頷きを返した。


「サイラス様が婚約の破棄をお望みでしたら、私はそれで構わないと思っております。元々、私とサイラス様の婚約は、私の母とアシュフィールド公が旧知だったからこそ結ばれたもの。両家に対してそこまでの益はありません。……ですので、婚約を破棄されたとしても、さほど問題にはならないでしょう」


 アンダーソン侯爵家にはアシュフィールド公爵家と縁を繋ぐことができて、サイラスは侯爵家の婿になれる。それも益といえば益なのかもしれないが、両家ともなくても困らない。

 武術科で好成績を収めているサイラスなら婿入り先は黙っていても見つかるだろうし、そうでなくても騎士として立身することもできる。

 そして、アンダーソン家も公爵家との縁を繋がなくてはならない差し迫った事情があるわけではない。


 あっさりと、と言われないように婚約破棄を了承した理由を必死に考えた結果見出したのは、誰の不利益にもならないからというものだった。


「違う。そうじゃない」


 だがサイラスにとっては気に入らない回答だったのだろう。

 彼が首を振り、黒い髪が揺れる。シェリルはそれをじっと見つめた。

 シェリルからしてみれば意見を述べただけで、それ以上でもそれ以下でもない。違うと言われても、何が違うのかわからなかった。


「俺が聞きたいのは、家がどうとかではなく……君がどう思っているかということだ」


 青い瞳が射抜くようにシェリルを見据える。だがシェリルはただ首を傾げるだけだった。


「どう、とおっしゃいましても……今述べたばかりですが……」

「君が言ったのは周囲に与える影響であって、自身がどう思っているかではない。俺は、相互理解を深めたうえで婚約を破棄したいと言ったはずだ」

「周囲に与える影響が少ないのですから、婚約を破棄しても問題はない……それが、私の意見です」


 何を問われているのかわからない。困惑しながら答えると、サイラスは考えるように唸ったあと口を開いた。


「たとえば……俺との婚約がなくなるのは、嬉しいのか悲しいのか……どちらだ」


 どちらと聞かれても、シェリルにとってはそのどちらでもない。嬉しいとも悲しいとも思わず、しかたないと考えただけだ。


「そのどちらでもない場合はどうすればよいのでしょう」

「怒っているとかでも、なんでもいい。……君は、俺の話を聞いてどう思った」

「……しかたないと、それだけです」


 実際そうとしか思わなかったのだから、他に答えようがない。

 またもや唸るサイラスを前に、シェリルは困惑しながら緑色の瞳を揺らす。


 シェリルとサイラスの茶会はいつも、最近何があったのか、何を学んだのか話すだけで終わっていた。

 それなのにどうして今さらこんなことを聞くのかわからない。


「……よし、わかった」

「わかっていただけましたか」


 短く言うサイラスに、シェリルはようやくわかってもらえたのかと安堵の息を漏らす。

 よくわからない問答がついに終わるのだと安心したからだ。


「ならば次の休みの予定は変更だ。街中に出かけるから準備しておくように」

「え?」

「それでは鍛錬の時間だからこれで失礼する」


 シェリルが状況が飲みこめず瞬きを繰り返している間に、サイラスはさっさと席を立ち、去ってしまった。

 残されたシェリルはただぽかんと空いた席を見つめることしかできない。


「……どうして、そうなったのかしら」


 婚約破棄をサイラスに言い渡されてからというもの、シェリルの頭の中は疑問でいっぱいだ。

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