3話 「婚約破棄に円満とかあるの?」
次の日、学園で授業を受けていたシェリルだが、頭の中は次の休みのことでいっぱいだった。
恒例の茶会ではないので時間も場所も定かではない。サイラスとは学棟が違うので、時間と場所をすり合わせるのも難しい。
男子生徒の多い武術科棟に一人で赴けば、否応なく目立ってしまう。かといって、サイラスがこちらに来るのもそれはそれで目立つ。
シェリルとサイラスが婚約関係にあるのは周知の事実だが、二人が仲睦まじく過ごすことはなかったので、誰もが政略によるものだと知っている。
その中で定期的に行われている茶会と関係なく会えば、それだけで話題に上るだろう。
シェリルは学園ではできるだけ穏やかに静かに過ごしたいと思っていた。
「……どうしようかしら」
授業の合間の休み時間で、シェリルは小さくため息を落とす。昨日から何度ため息を零したのかわからないほどだ。
「どうしたの?」
するとそこで、横からシェリルに声をかける人物がいた。
シェリルが視線を巡らせると、そこには明るい茶髪をした男子生徒が一人。
学術科のほとんどは女子生徒だが、男子生徒がまったくいないわけではない。武術を習う必要がなかったり、体が弱い者や、次期当主となるべく必要な知識だけ学術科に学びに来る者もいる。
シェリルに話しかけてきたのもそんな一人で、体が弱いのが理由で武術科ではなく学術科に進学してきた。
「……そういえば、次は歴史の授業だったわね」
とはいえ、他の女子学生とまったく同じ科目を学んでいるわけではない。
学術科も武術科も授業は選択式で、必要なものを自分で選ぶことができる。
彼の場合は刺繍などの淑女の嗜みとされている授業は取らず、文官向きの授業を多く取っていて、シェリルと被っているのは自国や友好国の文化と歴史の科目のみ。
それでも気安い態度で話しかけてくるのは、一年の頃からの付き合いだからだろう。
「なんか上の空だね。何かあった?」
名をアルフ・エイトケン。侯爵家の三男で、最初の歴史の授業で隣の席に座ったのをきっかけに、付き合いのはじまった知人だ。
友人とまでいかないのは、シェリルが彼を知人と認識しているからだ。
「サイラス様に婚約を破棄したいと言われたわ」
知人程度の付き合いでしかない相手にあっさりと内情を晒すのは、どうせ今日か明日にでもアリシアが言いふらすと思ったからだ。
すぐに広まるのなら、いつ誰に言ったところで支障はない。
「サイラスって、君の婚約者だよね。公爵家の」
「婚約者じゃない人に婚約を破棄したいとは言わないでしょうね」
「いやまあ、そうだけど」
アルフはぱちぱちと瞬きを繰り返し、シェリルの隣の席に腰を下ろした。
「それで、君はどうしたの?」
「構わないと言ったわ。だけど、何故か受け入れてくれなかったのよね」
今思い返してみても、サイラスの言い分は無茶苦茶だ。
婚約を破棄したいのなら、シェリルが快諾した時点で受け入れればいい。それなのに、あっさり引き下がるなと声を張り上げ、理解を深めると言い出した。
「何がしたいのかしら」
シェリルが思わずぼやいてもしかたないだろう。サイラスが何がしたいのか、何を言いたいのか不明瞭すぎる。
そんなぼやきに、アルフがうーんと小さく唸った。
「……円満な婚約破棄を望んでる、とか?」
「婚約破棄に円満とかあるの?」
婚約破棄は一方的に突きつけるものだ。そこに円満も何もないだろうとシェリルが首を傾げると、アルフが苦笑を零した。
「まあほら、恨みを買って将来に支障をきたしたくない……とかあるのかもよ」
「構わないと言っているのに」
たとえ一方的だろうとなんだろうと、シェリルはそれをそのまま受け入れるつもりだ。しかたないと諦めはするが、恨みはしない。
シェリルが心の中で面倒だなと思ったところで、始業を知らせる鐘の音が鳴り、教師が教室に入ってきた。