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2話 「婚約を破棄したいと言われたわ」

 シェリルがぱちくりと瞬きを繰り返しているのに気づいたのだろう。サイラスは咳払いをすると居住まいを正した。


「……つまり、俺が言いたいのは……君にも言い分があるだろう、ということだ」

「いえ、ですから――」

「それを聞かずして婚約を破棄するのは一方的すぎる。互いに意見を交わし、相互理解を深めてようやく、婚約を破棄すべきだろう」


 それは破棄と言うのだろうかと、シェリルの頭の中に疑問符が浮かぶ。

 相互理解を深めてからなされる婚約破棄など聞いたことがない。


 大抵の場合、婚約を継続できない理由があるのなら両家で話し合い、解消に至る。

 対して破棄は、話し合うことすらせず、あるいは話し合っても解決せず、一方的に約束を反故にすることだ。


「相互理解も何も――」

「だから、次の休みまでに言い分を用意しておけ」


 そう言い切ると、サイラスはシェリルの返事を待つことなく席を立ち、足早に立ち去った。

 一人残されたシェリルは、テーブルの上にあるカップを眺めながら首を傾げる。


「……来週も会う、ということかしら」


 月に一度の茶会は終わった。なのに次の休みにということは、義務の茶会ではなく個人的に会うことになる。

 テーブルの片付けを学園で雇われている使用人に指示して、シェリルは疑問を抱きながら部屋に戻った。


 婚約を破棄したいのなら、個人的に会う必要なんてないのでは。

 そんなことを考えながら戻った先で待っていたのは、妹のアリシアだった。


「あ、姉さま。おかえりなさい」


 にこにこと機嫌よく笑う彼女に、シェリルは「来ていたのね」と短く返す。

 部屋の中にはベッドが一つと、文机と椅子しかない。そして今、ベッドの上にはアリシアが腰かけている。

 シェリルは文机の前にある椅子をずらし、腰を下ろした。


「今日はサイラス様とのお茶会だったでしょう? どうだったか聞こうと思ったの」

「婚約を破棄したいと言われたわ」


 昔、アリシアにサイラスとの茶会ではどんな話をするのかと聞かれたことがある。

 その時は個人的なことだからと断ったのだが、後で家族に隠し事をするなんてと責められるだけに終わった。

 だからシェリルは隠すことなく淡々と告げる。どうせ、さほど重要な話ではない。サイラスの行動には疑問が残るが、婚約を破棄となれば家族に伝わるのは時間の問題だ。


「やっぱり、そうなのね。……でもそうなると、姉さまに申し訳ないわ」


 きらきらと輝く緑色の目を伏して申し訳なさそうにしているが、口元はにやついている。

 表面すら取り繕うことのできないアリシアの姿は、シェリルにとっては見慣れた光景だ。アリシアの言動や挙動を追及することなく、シェリルは椅子から立ち上がると箪笥から鞄を取り出し、机に置いた。


「明日の支度をするから帰ってくれるかしら」

「あら、そうなの? ならしかたないわね。でも……うん、あまり落ちこまないでね」


 にこにこと笑いながら部屋を出るアリシアを尻目に、シェリルはため息をこぼした。


「言い分と言われても……どうすればいいのかしら」


 アリシアの言動や挙動よりも、今日のサイラスの言動や挙動のほうがシェリルを悩ませていた。


 シェリルとサイラスの婚約が結ばれたのは八歳の頃。なのでかれこれ八年の付き合いになるのだが、月に一度しか顔を合わさず、共通の趣味もない。

 特別なやり取りをしたのなんてシェリルが十一歳になるまでで、それからは近況を報告するだけで終わっていた。


「……相互理解?」


 だからこそ、シェリルは一人になった部屋で呟く。

 これまで互いに歩み寄ろうとしたことはない。刺繍を嗜んでいたシェリルと剣に没頭していたサイラスとでは、歩み寄ったところでどうしようもないと互いにわかっていたからだ。

 なのに婚約を破棄したいと言った口で、これまでしなかったことをすると宣言された。

 どうすればいいのかと思い悩むのもしかたないことだろう。


「私がどうして婚約破棄を受け入れるか話せばいいのかしら」


 あっさりと、とサイラスは言っていた。ならばあっさりとではない理由で受け入れればいいのだろうかと首を捻る。


 交流のあまりない武術科と学術科だが、年頃の男女が同じ敷地内にいるというだけで色めき立つ者もいる。

 その中でもサイラスは、筋肉が発達している他の武術科生よりも線が細い。だからか女子生徒の話題に上ることもままあった。

 成績も悪くなく、顔も整っている部類。しかも三男とはいえ公爵家の生まれ。

 たとえ一方的に約束を反故にする男性でも、婿に望む者はいるだろう。


 母親の生家と縁深くなければ、婚約どころかシェリルと言葉を交わすことのなかった相手だ。サイラスの婚約者がシェリルである必要はない。

 しかもアリシアとよい仲となれば、婚約を維持する理由もない。


「……それをそのまま伝えたとして、理解してくれるかしら」


 シェリルは次の休みを思い、溜息を零す。


 相互理解を深めることができなければ、婚約は破棄されないかもしれないと考えもしたが、そうなればアリシアが黙っていないだろう。

 ずるいと言われ、もったいない、不釣り合いだと言われるのが目に見えている。


 それを結婚後も続けられたら最悪の場合、サイラスとアリシアの逢瀬の現場を目撃してしまうかもしれない。

 愛のある家庭を営みたいと思っているわけではない。だが、針の筵のような生活を送りたいとも思っていない。


「……好きにしてくれればいいのに」


 シェリルは対立することにも、反論することにも疲れ果てていた。

 婚約を破棄したいのなら、そうすればいい。ずるいと思うのなら、勝手にすればいい。

 はあ、と溜息を落とし、シェリルはベッドの上に体を横たわらせた。

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