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17話 「結局さ、君はどうしたいの?」

 アルフは体が弱く、大病こそ患ったことはないが、何かと医者にかかるような子供だった。

 それは成長してからも変わらず、医者にかかる頻度こそ減ったが、剣を振るえるほどの体力は身につかなかった。


 だからこそ、長兄や次兄を支えるために文官を志し、履修できるすべての科目を受けることにし――その過程で、シェリルと知り合った。


「――騎士になりたいと、言ってきたの」


 知り合ってから三年。当たり障りのない友人関係は、この数週間でちょっとした変化を見せていた。


「騎士って……君の、ってことだよね?」


 元々は勉強について質問しあったりする程度の関係だった。愚痴を言い合うことや、ましてや婚約者について話すような関係ではなかった。

 それなのに思わず踏みこんでしまったのは、シェリルの婚約者がアルフの知る人物だったからだろう。


「そうなの……本当に、何がしたいのかよくわからないわ」


 視線を落としぼやくように言うシェリルを見て、アルフは痛みそうになるこめかみを押さえた。



 アルフの生家であるエイトケン家と、シェリルの婚約者であるサイラスの生家アシュフィールド家は、同じ事業に携わっていた。

 その縁でアルフは幼少の頃のみではあるが、サイラスと交流を持ったことがある。


 だから、多少なりともサイラスがどういう人柄だったのかをアルフは知っている。

 そして、暇さえあれば鍛錬場に入り浸り、剣にしか興味がないのではと噂されるようなサイラスが、昔とさほど変わっていないことも、わかっていた。


「サイラス、今ちょっといいかな?」


 できる限り踏みこまず、浅からず遠からずの友人関係を築き、卒業する。そう決めていたアルフがさらにもう一歩、シェリルとサイラスの問題に足を踏みこむことにしたのは、自分のためだった。


 何しろ、シェリルから話を聞くたびに、あいつは何をしているんだという思いが渦巻き、少しずつだが頭が痛くなった。

 頭痛薬に手を伸ばす前に、そもそもの問題をどうにかしようと動くことにしたのは――サイラスがシェリルに騎士になりたいと言い出してから三日が経った、昼休憩の時だった。


「あ、ああ。どうかしたのか?」


 ぱちくりと目を瞬かせ、一瞬だが呆けた顔になるサイラス。

 アルフが話しかけてくるとは思ってもいなかったのだろう。慌てたように了承し、食事も途中だというのに立ち上がろうとするサイラスを、アルフは手で制した。


「……いや、今じゃなくて後でいいよ。食べ終わったら、学舎の裏手に来てくれる?」


 食堂は人で賑わい、ここで話をすれば目立つだろう。それに、食事を残すのはもったいない。

 そんな考えで告げると、サイラスがもちろんだと言うように頷いた。


 アルフはそれを見届けてから先に食堂を出て、学舎の裏手で壁に背中を預ける。

 少しだけ空を見上げれば、明るい茶色をした前髪が陽の光を透かしているのが視界に入った。


 そろそろ髪を切るべきか――そんなことを考えていると、サイラスが「待たせたな」とやって来た。こうして二人きりで話すのは、何年振りだろうか。

 子供の頃は父親同士が話し合っている間、サイラスとアルフは二人で遊んでいた。


 だが体の弱いアルフと、体を動かすのが好きなサイラスでは、趣味も話も根本的な考えも合わなかった。


「……話とはなんだろうか」

「僕と君の間にある共通の話題なんてひとつしかないよ」


 そのことはサイラスもわかっているのだろう。シェリルのことか、と小さな声で呟いた。


「君たちの問題だから、僕が口を出すのは間違ってるってことはわかってるよ。だけど、シェリルは友人だからね。毎回毎回悩んでいる姿を見るのは心苦しくもなるんだよ」


 それに、頭も痛い。

 ただでさえ奔放な者が多い武術科生の監督役を担っているのに、これ以上心労を増やさないでほしい。


「それは……悪いことをした」


 反省するように肩を落とすサイラスに、アルフは小さくため息を落とす。


「結局さ、君はどうしたいの?」

「俺は……女性の舞台である社交に首を突っこむこともできず、当主と文官が担う政務に口を出すこともできない。ならせめて、俺にできることを――武力をもって向かってくる者を排除したり、兵を率いる場ではシェリルの代わりを務めればいいと、そう思っていた」


 サイラスの眉間に皺が刻まれ、視線が地面に落ちた。


「シェリルの剣となれ、とそう教えられてきた。よからぬ相手が近づかないように、どのような相手が婿の座を狙おうと、倒れないように。……だが、それでは彼女を支えられなかった」


 だから、支える役目――彼女の婚約者の座は他に任せようと思った、とサイラスは語る。


 次期女当主が婿を取るにあたって、対象となるのは家格や条件の合う、次男以降の子息だ。武官か文官になることが決まっている者からすれば、当主の婿というのは破格の待遇で、その座が空いていればなんとしても狙おうとする者も出てくるだろう。


 それはアルフもわかっている。わからないのは――


「それで、なんで騎士?」

「彼女の支えになれる相手が武に長けている保証はない。……それに、彼女を守りたいという気持ちに変わりはない。俺が騎士となることで外敵を遠ざけられるなら、それに越したことはないだろう」


 アルフは落ちそうになったため息をこらえ、代わりに苦笑にも似た笑みを浮かべた。


「僕だったら、元婚約者がつきまとっている相手なんて遠慮したいけどね」

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