13話 「……どうして、サイラス様がそのことを?」
「サイラス様が何をしたいのか、本当にわからないわ」
休み明け、シェリルは歴史の授業で隣の席に座ったアルフに、いつものように言う。
毎週休みが明けるたびにこの言葉を口にしているような気がするのは、気のせいではないだろう。
「今度は何があったの?」
「それが――」
出かけようとしたらアリシアと遭遇し、走らせたこと。
それからなんとか出かけはしたが、結局食事だけで終わらせたこと。
そして、花束が贈られてきたこと。
アリシアを走らせたのくだりでアルフが「何をしているんだ」と頭を抱えたりはしたが、なんとか説明し終え、シェリルは小さくため息を落とした。
「本当に、サイラス様は何を考えているのかしら」
「多分……そんなに、考えてないんじゃ、ないかな」
腕を組み、悩むような顔で歯切れ悪く言うアルフに、シェリルは首を傾げる。
「まあ、なんていうか……武術科生は、馬みたいなのが多いんだよね。目先にぶら下がったにんじんしか見えない、というか。だから……そんな深く考えるだけ無駄――じゃなくて、君がそんなに悩む必要はないんじゃないかな、と僕は思うんだ」
「そうできたらいいけど……」
ここ最近のサイラスはこれまでと違う。その変化も、言動の理由も、何もかもがシェリルにはわからない。
どうしても、頭をよぎってしまう。そんなシェリルの考えがわかったのか、アルフが苦笑を浮かべてため息を落とした。
「うん、まあ、そうだよね。悩むなって言われて悩まずにいられるなら、誰も困らないよね。本当、鍛練となったらそれ以外を忘れるあいつらがおかしいだけで――」
げんなりとした顔でそこまで言うと、アルフはハッとしたように落ちかけていた視線を上げ、苦笑を浮かべた。
「ごめん、君の……婚約者、と言っていいのかはわからないけど……ええと、とりあえず君の知り合いを悪く言うつもりはないんだ。ただ、つい……」
「アルフは武術科生の監督役も担っているものね。何かしら思うところがあってもしかたないわ」
「気を遣ってくれてありがとう。まあ、僕のことはいいんだよ。それで、花束だけど……花束を贈られる理由なんて、そんなにないんじゃないかな」
「でも、これまで花を贈られたことはないのよ」
誕生日などの折にアシュフィールド家から贈り物が届くことはあったが、アクセサリーのたぐいがほとんどで、何度か着けたところでアリシアの手に渡った。
途中からは焼き菓子などの詰め合わせなどの食べるものになったりはしたが、それでも花が贈られてきたことはない。
「うーん……何か、これまでと違って、心変わりするようなことがあった、とか?」
心変わりと言えば、そもそもの婚約破棄自体、心変わりしたからだろう。
だけどそれと花を贈ることの関連性は見いだせない。
他に心当たりがあるとすれば、喫茶店で交わしたやり取りや、アリシアを走らせたこと。
だけどそのどれもが、花束と関連しているとは思えない。
結局結論が出ないまま、授業を知らせる鐘の音が鳴った。
そして、ただただ首を捻るしかない贈り物は、次の休みにも、そのまた次の休みにも続いた。
贈られてきたのは花束だけではない。どこかで見たことあるようなアクセサリーやドレス。店から直接届けられたそれらには、花束同様メッセージカードがついていなかったが、注文したのはサイラスだった。
そして三週目。届いた荷物を手に、シェリルはようやく男子寮に赴いた。
「珍しいな……どうかしたのか?」
シェリルの呼び出しに応じたサイラスは、シェリルを見下ろしながら小さく首を傾げた。
どうして呼び出されたのか本気でわかっていないような仕草に、シェリルは顔をひきつらせそうになるのをこらえる。
「どうしたのかも……いえ、ここでは少々人目につきますので……場所を変えませんか?」
行き交う男子生徒が珍しいものを見るかのように、ちらちらとこちらを気にしている。さすがにその中で、贈られてきたものに関する文句を言うこともできず、シェリルは声を落としながら言った。
サイラスも周囲をぐるりと見てから頷くと、前に利用したテラスにシェリルを案内した。
「……こちらですが、受け取れません」
そしてテラスに到着しひと息ついたところで、シェリルは本日届いた贈り物をテーブルに置く。
小さな木箱の中には、ブローチがひとつ。大粒の宝石が中央にはめ込まれ、周囲を飾るように小粒の宝石が散っている。
ひと目で、高価なものだとわかる代物だ。
「いえ、こちらだけではありません。贈られてきたものすべて、お返しいたします」
「……理由を聞いてもいいだろうか」
「花束程度でしたら、婚約関係ということもあり義理で受け取ることもできましたが……それ以外は、いずれ婚約を破棄することを踏まえると、あまりにも値が張りすぎています」
「それなら心配するな。……鍛錬ぐらいしかすることがなかったから、金はありあまっている」
武術科生が時々、鍛錬という名目で木の伐採やら農作業やらなんやらの手伝いをしていることは、シェリルも知っている。そして手伝い賃をもらっていることも。
ちょっとした小遣い稼ぎにいいらしいと、武術科生に婚約者のいる令嬢が話していたからだ。
その後に「でも自分の武器や防具を新調するのに使うのよ」と不満を漏らしていたこともついでに思い出し、シェリルは小さく息を吐いた。
「それでしたら、私に何か贈るのではなく、剣などを新調されればよろしいのでは?」
「……剣の手入れは定期的に行っている。……それに、それはお前が受け取るべきものだ」
木箱に視線を落として言うサイラスにシェリルは首を傾げる。
受け取るべきだと言われても、まったく心当たりがなかったからだ。
「やはり、少し違っていたか。……一から作れればよかったのだが、いかんせん時間が足りなく、正規品に手を加える形になってしまったのは、すまない」
「いえ……サイラス様。なんのお話をされているのですか?」
「何を言われても……それは、君が以前持っていたもの――に似せて作らせたものだ」
目を瞬かせて、シェリルは木箱の中を見る。
見たことがあるような気はするが、それだけだ。シェリルが困惑していると、サイラスがさらに言葉を続けた。
「……過ぎた時間を取り戻すことはできない。だからせめて、君が奪われたものを、と思ったんだが……」
奪われたという言葉で頭をよぎったのは、アリシアがシェリルのもとから持っていったドレスやアクセサリー。
そのすべてを覚えているわけではない。いつからか、どうせ取られるからと興味を向けるのすらやめていた。
だから木箱に入っているブローチがそのひとつ――正確には、よく似せたものらしいが――なのだと言われても、ピンとこない。
「……どうして、サイラス様がそのことを?」
それよりも気にかかったのが、どうしてサイラスがそれを知っているのか、ということだった。