11話 「……これといって、好みのものはありません」
学園を出ると、シェリルはサイラスを見上げた。
アリシアの介入があったこともあり、結局どこに行くのか聞けていないままだったからだ。
「サイラス様。……本日のご予定は?」
「あ、ああ。……そうだな……」
だがサイラスは言葉を濁し、行き先を告げない。
まさかまったく予定を立てていない、ということはないだろう。ならば、出発時間がずれたことにより、予定していた場所に行けなくなった――という可能性にシェリルは行き着く。
昼前に待ち合わせをしていて、今は昼を過ぎている。普通に考えれば、食事の予定を組みこんでいても不思議ではない。
もしも予約などの、時間に制限のある予定を入れていたとしたら、時間のずれと共に予定も狂ったと考えるのが妥当だ。
「……少々小腹も空きましたし、喫茶店などに入って軽食でもいただきませんか?」
人気のあるお店は予約をしていないと入れない場合が多い。休日などの学園の生徒が行き交う日はとくに。
だが喫茶店は客の入れ替わりが早く、予約がなくても入れることが多い。
シェリルの提案に、サイラスは少し間を置いてから「行きたい店はあるか?」と聞いてきた。
シェリルは普段、あまり街中に遊びに出ない。学術科の生徒に誘われれば応じるが、自らの意思で出かけようと思ったことはなかった。
だから行きたい店と言われても、ピンとこない。何が食べたいというのもないので、サイラスに一任しかけ、やめる。
先ほどのアリシアとサイラスのやり取りを思い出したからだ。
サイラスは武術科生らしい考え方をしていた。これまでに聞いた武術科生とのお出かけ事情を考えると、サイラスもあまり詳しくない可能性が高い。
「そう、ですね。……美味しいサンドイッチを出すお店があるそうなので、そちらでもよろしいでしょうか」
シェリル自身は行ったことがないが、学術科生には流行に敏感な者が多く、街中に新しくできた店や取り扱っている品についての話題は尽きない。
これまで聞いてきたものの中から、ケーキなどの好みがわかれそうなものは省き、それでいてそこそこ腹にたまりやすいものを選ぶ。
流行ったのも少し前で、満員ということもないだろう。
サイラスが素直に頷いたのを見てから歩きはじめる。
喫茶店に着くまでの間、シェリルの頭を支配しているのは、アリシアとの一連のやり取りだ。
今横を歩いているサイラスは静かで、先ほどまでの――アリシアに頑丈な精神がどうとかを説いていた時は饒舌だった喋りも、今は失われている。
アリシアとサイラスが親しい間柄だったから、と考えるには、あのやり取りはどこかおかしかった。
サイラスがアリシアにかけた言葉は親しいからこそというよりは、シェリルをおもんぱかって、と説明されたほうがしっくりくる。
そうは思うのに、どうしても納得しきれなかった。
「サイラス様」
案内された席に座り、出された水で喉を潤してもなお、浮かんだ疑問は消えない。
「ん? どうかしたのか?」
首を傾げるサイラスにシェリルは逡巡する。
抱いた疑問を口にしてもいいのか、と。
「……いえ、なんでもありません」
だが結局、シェリルは何も聞かないことを選んだ。
どうしてアリシアを走らせたのか、私のためを思ってのことだったのか、ならばどうして――そんなことを聞いてもどうにもならないと思ったからだ。
首を振り目を伏せるシェリルの耳に「ふむ」とサイラスの呟きが伏せる。
「なんでもないようには見えないが……何か、気にかかることがあるのなら言ってほしい」
気にかかることだらけだ。
婚約破棄なのに相互理解はどういうことなのか。
これまで月に一度しか会わなかったのに、三週間連続で会っているのはなぜなのか。
どうして出かけようなどと言い出したのか。
アリシアを走らせたことだけではない。サイラスが婚約の破棄を言い出した日からここまで、シェリルの中では疑問ばかり渦巻いている。
「この後はどうされますか?」
だがそのどれも口にすることなく、まったく別のことを問いかける。
「お前は……どこか行きたいところはないのか?」
「サイラス様の行きたいところで構いません」
静かに言うシェリルに、サイラスは考えるように口を閉ざす。その仕草にシェリルは何もないのだろうかと思いこそしたが、サイラスが何か言うのをじっと待った。
「……ならば、服飾と宝飾、どちらがいい」
「どちらでも構いません」
「……装飾品は、どういったものが好きだ?」
「……これといって、好みのものはありません」
どうせ手元にあるのは短い時間だけ。少しすればアリシアの手に渡るのだから、自ら求めようとは思えなかった。
どれだけ気に入ろうとわずかな間しか愛でられないものを、どうして手に入れようと思えるだろうか。
「ならば、馬はどうだ? 学園に馬を貸し出している牧場で、仔馬が生まれたそうだ。……女子は小動物が好きなものだろう?」
「とくに……これといっては」
仔馬は小動物というにはいいささか大きすぎる気がするが、たとえそれが兎や猫の類だったとしても、シェリルは首を横に振っただろう。
サイラスがこちらのことを考えて案を出してくれているのは、シェリルにもわかっている。
だがそれでも、心動かされるものがこれといって思いつかないのも事実だった。
「私のことは気になさらないでください。サイラス様の行きたいところで構いません。お付き合いいたしますので」
「いや、しかし……」
サイラスが言いよどんだところで、注文していたサンドイッチが届いた。机の上に置かれた皿を前に、シェリルは「食べましょう」と提案する。
どうせ問答したところで答えは出ないのだから、食べながらでも行き先を決めてくれればいいと考えて。
「……俺は普段、街にはあまり出ない」
だがサイラスは置かれたサンドイッチに手を伸ばすことすらせず、静かな声で言った。
「だから、行きたいところと言われても……何があるのか、知らん」
「……では、どうして出かけようなどと?」
シェリルが首を傾げると、また少しだけ沈黙が落ちた。
「相互理解を……いや……」
ゆっくりと開かれた口が、少ししてまた閉ざされる。サイラスは何度か口の開閉を繰り返し、一度固く口を引き結んだ後、意を決したように開かれた。
「そ、それは、だな……喜ぶだろうか、と……そう、思っただけだ。女子は出かけるのが好きだと、聞いたことがある。甘いものや綺麗なもの、可愛いものを好む傾向にあるとも、聞いた。だから――」
次第に饒舌になっていくサイラスをシェリルはぼんやりと眺める。
白い肌を赤く染めながら言う姿は、嘘をついているようには見えない。こちらに歩み寄ろうという意思も感じる。
だが、それを嬉しいとか思うもよりも前に――
「……何を今さら」
シェリルの口から漏れ出た呟きに、サイラスの口上がぴたりと止まった。




