表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/23

姉母!

 ジナ婆様と約束した日の夕食、俺は父さん達に話をするつもりでいた。昼間のジナ婆様の言葉を全て信じた訳ではないが、昼食後にサティさんや母さんの様子を注意深く観察した。


 サティさんは家事をそつなくこなしているが、集中しきれていなく時たま溜め息を吐く。


 母さんはそんなサティさんに声をかけて励まそうとするが、かける言葉が見つからないのか声をかけられない様子が見て取れる。


 父さんが家に戻ってきてからは更に二人の様子が変だ。父さんに何かを期待するようで何も言えない状態で、父さんもその様子には気がついているけれど何もできないでいた。


(子供が口を出すことじゃないけどサティさんはこの家にいて欲しいなぁ)


 俺にとってサティさんはただの使用人ではなく、姉のような存在だった。赤ん坊の頃は湯船にいれて身体を洗ってくれたり、離乳食を作り食べさせてくれた。一緒に字の勉強をしたり家の仕事をしたりもしている。俺にとってサティさんはただの使用人ではなく家族だ。


 俺の素直な気持ちはそれだった。前世では家族を欲しいと思ったことは何度もあった。家族のいる友達が羨ましいと思ったことは何度もあった。


 父親は母親はどんな存在なのだろうかと何度も想像した。姉や弟がいたら一緒に遊びたかった。前世では手に入らなかった物が今はある。望んでいた物が手に入ったのにそれがなくなるのを黙って見過ごすことは俺にはできなかった。


 俺はサティさんを引き留めるために父さんに話しかけた。


「おとうさん、おはなししていい?」

「食事中にアースから話しかけてくるなんて珍しいな。どんなことだい?」

「さてぃさん、おうちからいなくなるの?」


 まだ流暢に話すことができないので駆け引きなどはせずに核心を聞いた。俺は父さんの本音が知りたい。


「ア、アース、そんなこと誰から聞いたんだ」

「じなばあさま。ふゆがおわったら、おとうさんのじっかにもどって、けっこんするっておしえてくれた」

「あの人は子供に何を教えているんだ……」


 父さんは頭を抱えながらジナ婆様に文句を言った。父さんは俺にどうやって答えようか考えているが、俺は父さんが考えをまとめる前に当事者であるサティさんからも話を聞くことにしていた。


「さてぃさんはここでのくらしはきらいなの?」


 卑怯だと思ったが敢えて答えづらい質問をした。


「わ、私はここでの生活は嫌いではありません」

「けっこんとどっちがいいの?」

「それは……」

「ぼくはさてぃさんといたいよ」

「アース様?」

「さてぃさんのつくるごはんがすき。さてぃさんといっしょにあそぶのがすき。さてぃさんとべんきょうするのがすき。ぼくはさてぃさんがすきだからいっしょにいたい!」


 前世でも言ったことのない告白のような台詞せりふだ。だがそれが俺の正直な気持ちだった。サティさんとの生活がなくなるのが怖い。だからサティさんを引き留める。サティさんがいなくなればきっと寂しい生活になってしまう。気にしないようにしてもしこりが残る生活が続いてしまう。


 年の離れた姉のような存在であり、俺にとってサティさんはもう一人の母親だ。サティさんには幸せになって欲しい。好きな相手と結婚するなら喜んで祝福する。けれど、違うのであれば俺は全力で阻止する。


「……私も、私もアース様が好きです。旦那様も奥様も好きです。ここでの暮らしが大好きです。だからできればここに骨を埋めたいと思っています……」


 サティさんの本音が聞けた。サティさんもここに残りたいと思っている。後は父さんと母さんの覚悟次第だ。俺は二人に目を向けると父さんは腕を組んで悩んでいる。母さんは嬉しい泣きをしたのか目元の涙を拭っている。二人ともサティさんにここにいて欲しいと思っている。


 後は既成事実を作るだけだがそこが一番厄介なところだ。父さんとサティさんが同衾どうきんして子供を作る方向に話を持って行く必要がある。少々強引だが俺から言うしかない。


「おとうさん、おかあさん。きょうからひとりでねるね」

「アース、突然なにを言い出すんだい?」

「じなばあさまがおしえてくれた。さてぃさんがここにのこるにはこどもをつくるしかないって。こどもをつくるには……」

「ちょ、ちょっと待ちなさいアース。あなたは何を言うの! 子供を作るって作り方知っているの?」


 母さんが真っ赤な顔をして俺の口を塞いだ。勿論前世の知識があるから知っている。赤ん坊はコウノトリが運んでくるのではなく、男女が夜の営みをして作るものだと知っている。しかし、それを言ってしまうと母さんが卒倒するので誤魔化した。


「ぼくがひとりでねる。そうすればいいってじなばあがおしえてくれた」


 夜は父さんと母さんと一緒に寝て、月に二、三回はサティさんと寝ている。その理由は判っているので敢えて何も言わないが、子作りをするには俺が寝室にいては邪魔だ。だから一人で寝る。そう言えば三人はそれ以上何も言わないはずだ。現に父さんと母さん、それにサティさんは赤くなって三人はそれ以上は何も言わなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『婚約が決まったので戻ってこい』


 決まり切った形式の挨拶文と短い本文が書いてあった手紙を受け取ったことで私の幸せな生活は一変した。


 実家から送られてきた手紙は酷い内容だった。あの家を実家と呼んでいいのか判らないが、私の身元の保証はあの家なので実家と言っても差し支えはなかった。


 私の名前はサティ。辺境の村で警備責任者をしているルーファス様に仕える使用人だ。血縁関係にあるルーファス様の計らいで私は実家を離れてこの村で生活している。村は実家がある都市とは比べものにならないほどの田舎だが私はここの生活を気に入っている。


 朝を起きて。井戸から水を汲み、かまどまきを入れて火をおこして朝食を作る。朝食を食べた後は洗濯をして庭に干す。昼食を作る前に家の中を掃除して終わったら昼食を作る。昼食を食べたら少し休んで文字の勉強をする。ルーファス様やパシィー様が在宅なら二人が教えてくれる。


 夕方になる前に洗濯物を取り込んで夕食の準備を始める。夕食は必ずパシィー様が作るので私はその手伝いだ。夕食で使う食材の下ごしらえをしたり、ときには二人の御子息であるアース様と戯れる。


 アース様は子供とは思えないほど賢い子で私の知らない遊びを考えつく。


 物事を決めるときは大体がコイントスだ。だが、アース様は三すくみの関係を構成し、その相性により勝敗を決める『じゃんけん』を教えてくれた。


 三つの指の出し方で道具を用意する必要がなく、短時間で決着がつくのでとても便利だ。私やルーファス様、パシィー様もすぐに覚えこの家での簡単な決め事は『じゃんけん』を使うことが増えた。


 一般的な遊びでも『三目並べ』と言う遊びを開発した。色の違う石を三つ用意して九マスに石を置く遊びだ。縦、横、斜めのいずれか一列に三個自分のマークを並べると勝ちとなる。石を三つ置いて勝負が付かない場合は置いた石を一つだけ動かして遊びを続ける。単純であるがやっているとハマってしまう。普通のテーブルゲームよりも簡単なので私でも楽しく遊べた。


 私には学がない。それは私の出生に影響していた。私はルーファス様の祖父の子供だ。ルーファス様の祖父は奥様が亡くなるとその寂しさから女遊びが盛んになった。街の酒場に行き娼婦や旅芸人の女性と一夜を共にしていた。家のことは既にルーファス様のお父様に引き継いでいたので問題はなかった。


 私の母は酒場で働く給仕だった。そこにルーファス様の祖父が訪れ母を見つけた。母の髪の色は淡い緑みの青色で、澄みきった水の色を連想させる。その髪に惹かれたルーファス様の祖父は母に声をかけた。


 母は肉親がいないために貧しい生活をしていたと言っていた。貧しさから抜け出すためにルーファス様の祖父の提案を受け入れ愛妾となったのだと私は推測している。


 愛妾として数年間を過ごすうちに母は私を身籠もり、母と同じ髪の色をした私が産まれた。母と同じ髪の色をした私を父は大層喜んだと聞かされている。私の幼い記憶でも歳をとった父は優しくいつも笑顔だった。


 新たな血縁者が産まれたことで父の家は大きな騒ぎとなったが、幸いなことに女であったために家督争いに繋がることはないのですぐに沈静化した。それに父と母は慎ましい生活を望んでいたので周りもそれ以上は騒がなかった。




 父と母は屋敷の離れで暮らしていた。父が隠居のために貯蓄していた財産で身の回りの世話をする数人の使用人達を雇い静かに生活していた。そんな平穏な生活が崩れたのは私が五歳のときだった。


 冬が終わり、春になったときに私は父と母に連れられ近くの湖に向かった。毎年春になるとこの湖に遊びにきていたので例年通り楽しく遊んだ。遊び疲れた私は帰りの馬車で眠りそのまま家に帰る筈だった。しかし、次に目を覚ましたのは冷たい地面の上だった。全身が痛み何が起きたか判らなかったが暫くすると人の声が聞こえた、私は何とか声を出すと大勢の大人が私の元へ駆けつけた。


 私は大人に抱きかかえられると安堵から意識を失った。次に目を覚ましたのは真っ白い部屋だった。私が目を覚ますと近くにいた女性が気が付き抱きしめてくれた。彼女は私と母の身の回りの世話をしていた侍女だった。侍女は私が目覚めたことを喜びそして残酷な現実を教えた。


 それは父と母が他界したことだった。湖からの帰り道、街道に魔物が現れた。森に住んでいた魔物は冒険者に追い立てられ街道まで逃げてきたのだ。街道に現れた魔物は必死に逃げ回り、運悪く私達が乗った馬車はその魔物と衝突した。馬車は無残に壊れ私は車外に放り出され、父と母は魔物に踏み潰された。


 魔物はすぐに討伐されたが被害は大きく、私の家族の他にも犠牲になった人は何人もいた。私は十日以上も意識がなかったため、目覚めたときには父と母の葬儀は終わって私だけが残された。


 父は身分の高い人だった。家督を息子に譲っていたが影響力はかなり大きかった。そのため、父の最後の遺児である私は汚い大人達に利用される誂え向きの道具だ。家督を継いだルーファス様のお父様と敵対する派閥が私を抱え込み御輿にしようとした。


 御輿は従順な人形が一番適している。私は父と母が死んでからは都市の片隅にある家に閉じ込められた。食事や身体を動かすことは制限されなかったが、勉強はさせて貰えなかった。下手に知識を覚えると操りにくくなるため生活の知識以外は覚えることができなかった。


 そんな私の生活は十年続いた。いつまで続くか判らない苦痛の日々だったが転機は意外な形で訪れた。ルーファス様が結婚され、実家に挨拶に戻った際に私のことを聞き、不憫に思い使用人として私を雇うことにした。


 その頃にはルーファス様のお父様と敵対する派閥の勢力は弱くなっていたらしく、ルーファス様のお父様も認めたことで私は使用人としてルーファス様に仕えることになった。


 ルーファス様とパシィー様との生活は穏やかで楽しい生活だった。パシィー様が妊娠していたので家事や身の回りのお世話を私がしていた。パシィー様は優しく無学な私にいろいろなことを教えてくれた。


 文字の読み書きから世界や人種、社会の構図などを教えてくれた。私はパシィー様にお仕えできることをルーファス様に感謝し、お二人にお役に立てるよう日々過ごしていた。


 パシィー様が臨月になったときに私は流行病で倒れてしまった。妊婦のパシィー様に病を移さないため、私は村の診療所で養生することになった。お産の手伝いはできなかったは一生の不覚だ。だが産まれたアース様は可愛くて賢い子供だった。少し好奇心が強いがそれでも年の離れた弟のように可愛かった。


 村での生活は穏やか楽しい日々だった。それなのに実家から来た手紙は無慈悲だった。反対派は当主様の勢力に押され虫の息だった。それを打破するために私を有力な貴族の後妻にあてがうことを計画した。


 当主様もそれを阻止するために手を尽くしているが、私の保証人は反対派に所属しているため強固な手段は取れずにいた。


 派閥を無視して強固な手段を取れば味方からの反発も出てしまい今後の治政に影響が出てしまう。だからと言ってこのまま何もせず冬が過ぎれば私は嫁ぐことになる。会ったこともない男の妻になるのは正直に言えば嫌だ。だが、私には拒否権も我が儘を言うこともできないため日々を嘆いて過ごしていた。


 そんな状況を打ち破ったのがわずか三歳のアース様だ。


 アース様は私の事情を知り、離れたくないと言ってくれた。そのためにルーファス様と結ばれるように促した。その言葉に大人である私達は固まってしまったが素直なアース様の言葉がルーファス様とパシィー様を動かした。


 パシィー様は私が妾になることを許してくれた。いや、妾ではなく側室として迎えるとまで仰った。ルーファス様もその言葉を聞き覚悟が決まり私をもう一人の妻として迎え入れてくれた。私はアース様のおかげでルーファス様の側室となることができた。


 私はルーファス様とパシィー様、アース様が羨ましかった。三人は私が理想とする家族そのものでそこに私も入ることができる。こんな嬉しいことは父や母が亡くなって以降はなかった。私はルーファス様に抱かれ、パシィー様に大事にされ、アース様に慕われ本当の幸せを手に入れた。


 私が家族の一員となって数ヶ月後。私のお腹には新たな命が授かった。この子はアース様が授けてくれた命だ。あどけない姿で眠るアース様を私は深く感謝している。いつかこの御恩を返せるように誠心誠意お仕えすることを私は誓った。


誤字脱字の指摘や感想などを頂けると嬉しいです。

評価やブックマークをして頂けると励みになりますのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ