神様?
母さんはどうやら魔法使いらしい。そして、この世界は地球ではないようだ。地球でないため家電製品もない。サティさんの髪も多分地毛だ。父さんが倒した猪もこの世界だと普通の大きさなのだろう。
(異世界転生か)
施設でもそう言った漫画や小説はあった。寄附された物で大半は古いかったが、娯楽が少ない施設では重宝されていた。俺も施設にいたときはよく読んでいた。異世界に飛ばされた主人公が剣や魔法を駆使して元の世界に戻るために旅をする話だ。読み終えたあとは自分も魔法を使いたくて、施設の兄弟達とよくごっこ遊びをしていた。いい思いだ。
(この世界なら俺も魔法使いになれるかなぁ)
現実に魔法が使えると知った俺は魔法使いに憧れた。別に小説の主人公のように旅をしたい訳ではない。ただ魔法と言う未知の物に触れてみたかった。
「アースはやっぱりお母さんが大好きなのよね」
「そ、そんなことないよなぁ。父さんのことも大好きだよな?」
(ごめん、父さん。また何かあったら甘えるのでそれまで待っていてください)
母さんが魔法使いと知ってから俺は母さんに纏わり付くようになった。母さんが魔法を使うところをもう一度見たいので母さんの跡をつけた。前の日まで父さんにべったりだったのにその対象が母さんに移ったことで父さんは肩を落としていた。
(母さんは家では魔法を使わないようだ……)
母さんの後をつけ回すようになって五日が経過した。しかし、母さんは魔法を使う気配がない。火を付けるときは専用の道具を使い水も井戸から汲んでくる。
(考えてみれば日常的に使っているならもっと早くに判ったよなぁ)
己の短絡な考え反省をする。
(俺が怪我でもすれば使ってくれるのかなぁ)
そんな莫迦なことを考えてみたが、もし誤って魔法で治せないほどの傷を負った場合のことを考えて却下した。
(暫く待つしかないか)
それから十日後ようやくその機会が訪れることになった。
この村にも診療所があるようだ。老夫婦が切り盛りしており、母さんは出産するまではそこで働いていたようだ。俺の出産してから大分調子が戻ったことと俺が成長したことで職場復帰することになった。
「さて、今日から復職するわ」
「いってらっしゃいませ、奥様。家のことは私が責任をもって行います」
「ありがとう。あなたも時間のあるときでいいからサティを手伝ってね」
「判っているって。それよりもアースはどうするんだ? 置いていくのか」
「一緒に連れて行くわ。この子は大人しいから多分連れて行っても大丈夫よ。もし、泣くようだった次から置いていくわ。そのときはサティに面倒をみて貰うけど大丈夫?」
「問題ありません。アース様は大人しい子供ですから」
(大人しくしているので次も連れて行ってください)
こうして俺は母さんと一緒に診療所で過ごすことになった。村の診療所はやはり村の中心にあるようで歩いていくには遠すぎる距離だ。車なら数分で辿り着くが歩いていくの大変だと思っているとそれは杞憂に終わった。
「六神の恩恵たる魔素よ。我が双脚に集いて疾風となせ。『風の歩み』」
母さんが呪文を唱えると言葉通り母さんは風のように走り始めた。先日父さんと歩いた道を風のように駆け抜けた。自転車で移動するよりも早く、アッというまに村についてしまった。
「まだまだ身体は鈍っていないわね。どう、アース、お母さん凄いでしょう!」
歩いて一時間以上かかる道のりを五分で辿り着いた母さんは胸を張った。俺は両手は合わせて拍手した。
「アースも母さんの凄さを知ったようね。アースが大きくなったら教えてあげるわ」
(今、教えてください! できれば詠唱から詳しくし!)
俺はそう願うが母さんには伝わらず診療所に入っていった。
(暇だ)
俺は診療所の待合室で置物のように座っていた。診療所には農作業中に怪我をした人や病気の人などが訪れていた。母さんは医者と一緒に治療をしているが魔法は使っていない。
母さん達が休憩中に話しているのを聞いた限りでは、母さんは重傷者やではない限り魔法を使わないようだ。魔法を使うと魔力や精神力がなくなり、使いすぎると気絶してしまう。無理に使いすぎると身体への負担も大きくなるため、重傷者以外は使わないことにしている。
ちなみに骨折やギックリ腰など生活に支障を来す怪我は重傷とみなされるようだ。だが、緊急病院のように重傷者がホイホイ来るわけではない。そのため、母さんが魔法を使う機会は訪れない。暇を持て余した俺は独学で魔法を試してみることにした。
(まずは母さんが口にした言葉の復習いだ)
母さんが呪文を詠唱するときは二回とも『六神の恩恵たる魔素よ』から始まっている。俺もそれに習って唱えてみる。
「あうあう、あううう、あう」
赤ん坊なのでまだ言葉にすることはできない。だから気持ちを込めて唱えてみた。
(何も起こらない…………)
世の中そんなに簡単な訳はなかった。確かに詠唱程度で魔法が使えたらこの世界の住人全員が魔法使いになっている。やはり言葉の意味を正しく理解するのと魔素と呼ばれる物の仕組みを知るしかない。俺は一先ず詠唱に出てくる六神と魔素について調べることにした。
(六神と言うことは六人の神様のことだよな)
これに関しては一つだけ思い当たる物がある。診療所の待合室にある一枚の絵だ。その絵には六人が描かれていた。二人が言い争い、三人が仲裁しようとし、一人は少し離れたところにあるテーブルに人数分の杯を用意していた。
(この人達が六神なのか? とてもそうは見えないが…………)
「言い争っているのが獣神様と蟲神様。仲裁をしているのが龍神様と魔神様と精神様で、みんなのお酒を用意しているのが人神様じゃ」
俺の横から絵の説明をしてくれたのは老婆だった。どこかで見たことがあると思ったら産婆の老婆だった。老婆…………、失礼だから婆様と呼ぼう。婆様は俺の横に腰掛け俺の頭を撫でながら話し掛けてきた。
「おまえさんはこの絵に興味があるのかい?」
「あい」
「返事をすると言うことはこっちの言葉を理解しているのか……。ふむ、まあ儂の暇つぶしにもなるから話してやろう」
俺は軽く頭を下げると婆様は嬉しそうに笑いながら教えてくれた。
「この絵は創造神たる六柱の神様を描いておる。この世界は六柱の神様、六柱神様がお創りになった。植物、動物、虫、鳥、魚などの生物や太陽、大地、山、海、川なども創造されたのじゃ。勿論、ワシら人も神様達がお造りになった」
(なるほど、この世界は多神教なんだ)
「世界を創造された六柱の神様は暫くは人とともに暮らしていた。神々は自分の眷属たる人が作るモノが好きで楽しく暮らしていた。しかし、神様は眠りにつくことになった。この世界を創造したことで力を失ってしまいそれを回復するために永い眠りについたとされている」
(物語としてはありきたりな話だ)
「神様は眠りにつく前に自分を慕った人々に力を与えた。獣、蟲、龍、魔、精、人の民に力を与えた。獣の力を授かった者は獣族となり、蟲の力を授かった者は蟲族となり、龍の力を授かった者は龍族となり、魔の力を授かった者は魔族となり、精の力を授かった者は精族となった。こうして人以外の種族が存在するようになった」
(異種族とかもいるんだ。まさにファンタジーだな)
「人々は力を与えてくださった神様を獣神、蟲神、龍神、魔神、精神、人神と敬い信仰するようになった」
(…………アレ、人に人の力を与えた人神って何をしたんだ? 人に人の力を与えたってどう言うことだ?」
「気が付いたようじゃな。人神様はちゃんと私達に素晴らしい力を下さった」
(素晴らしい力?)
「人神様は私ら人には人と人が繋がれる力を与え、他の種族と子を生せるようにして下さった。獣族と蟲族の間には子供ができない。勿論、他の種族同士でも駄目だ。だが、人神様の恩恵を受けた私らは好きな人と子供が生せる」
(なるほど人が授かった力は繁殖力か)
「こうしてこの地には六種族が誕生し、神様達が眠りについて五千年以上経った今でも人は生き続けている。何か質問はあるかい?」
(魔素について知りたいのですが!)
俺は魔法について聞いてみたかったが言葉が話せないため、婆様には伝わらなかった。
「赤ん坊だから話すことはできないようだね。大きくなって言葉が話せるようになったら聞きにきなさい」
「あい」
「じゃあ、また今度会おう」
婆様はそう言うと出入口から出ていった。俺はもう一度壁に飾られている絵画をみた。五千年以上前に眠りについた神様達。この中の誰かが俺をこの世界に転生させてくれたのだろうか。もしそうなら一度会ってお礼を言いたいかな。
夕暮れ時。俺は母さんに抱かれながら家に向かっていた。行きとは違い帰りはのんびり歩いて帰った。母さんは帰り道の途中で花や草、キノコを見つけては摘んで俺にいろいろと教えてくれた。名前から用途まで楽しそうに話してくれた。
「この花は香水になるの。こっちの草は傷薬に使えるの。このキノコは干してスープに入れると味がよくなるのよ」
「あう」
「アースは草花にも興味があるの? それともお腹が空いたのかな?」
(キノコのスープが飲んでみたい)
「キノコに興味があるのね。じゃあ、今度キノコのスープを作ってあげる。だから沢山食べて大きくなりなさい」
「あい」
「大きくなったアースは将来何になるのかぁ。お父さんみたいに剣士になるのかな? それとも私のように術士になるのかな?」
術士。聞いたことのない言葉だ。話の流れから母さんの職業のようだ。剣士の父さんと術士の母さん。そう言えば俺はまだ二人のことをよく知らない。優しくて俺を大事にしてくれるのは判っている。それに一緒に暮らしているサティさんのこともよく知らない。
(魔法や神様のことよりももっと母さんと父さん、それにサティさんのことを知る方が先なのかもしれない)
俺はそんなことを思いながら母さんと一緒に父さんとサティさんが待つ家に帰った。
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