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異世界?

 ようやくハイハイができるようになった。これで行動範囲が大きくなった。両親は俺が危険な場所には行かないように家の外には出られなくしてあるが、家の中なら自由に行動することはできた。


 俺は家の中を見て回りパソコンなどがないか調べてみた。しかし、パソコンやスマホ、タブレットなどは見つからず、それどころか家電製品もなかった。


(どうなっているんだ?)


 今の御時世に家電製品を使わない家があるのか? そう言えばこの家では夜は照明を使わない。夜は蝋燭や洋燈を使っていた。


(そう言えばアメリカのある地域では移民していた文化を尊重する人達がいたな)


 テレビの特集で見たことがある。現代文明を利用せず十七、十八世紀の文化のまま生活している人がいる。そう考えるとこの家には電気がないのも納得できる。


(仕方がない。暫くは本を見て文字を勉強するしかない)


 家の書斎らしきところには何冊かの本があった。ローマ字ではない見たことのない文字だが覚えていくしかない。


「アース、アース…………アクリス。何処へ行ったの?」


 母親が俺を呼んでいる。アクリスと言うのは俺の本名で愛称のアースと呼ばれている。この頃には耳も良く聞こえるようになり言葉も少しずつ覚えてきた。母親が呼んでいるので俺はひとまず母親のところへ向かった。


「アースはハイハイができるようになって行動的になったわね。ちょっと前まではベットで大人しくしていたのに……」

(すいません。ハイハイができないときは迷惑をかけないようにしていました。今はいろいろ知りたいので動き回っています)


 俺の心の中で謝罪しながら母親に抱かれて家の外にでた。外は閑静な住宅街ではなく、一面の小麦畑だ。家の庭を出ると見渡す限り小麦畑が広がっている。


 日本では比較的都市部に住んでいた俺にとってこの風景は圧巻だった。映画やテレビでしか見たことのない風景に心を奪われ感動し、見慣れてきた今でもこの風景に心を奪われる。


「アース、ようやく来たな」


 母親に抱かれている俺に声をかけてきたのは父親だった。父親は普段着ではなく動物の革を繋ぎ合わせた胸当てを着ていた。


(映画に出てくる戦士みたいな格好だな。何かのコスプレか?)


 父親の職業を俺はよく知らない。少なくても農夫ではない。父親が農作業をしているところを見たことがない。庭で剣を振り回しているのをよく見かけるので、剣術道場の先生もしくはジムなどのインストラクターだと俺は予想していた。しかし、今の父親のいでたちは普段とは違っていた。


「旦那様、奥様、アクリス様は部屋着です。外は寒いのでこれを羽織ってください」


 そう言って横から声をかけてきたのは使用人のサティさんだった。翡翠の瞳を持つ綺麗な女性で髪の毛を水色に染めている。始めてサティさんの髪を見たときは不思議なくらい自然な髪色なので、染めた人は日本で美容室を開けば繁盛するだろうと内心思っている。


 サティさんは俺が生まれて二週間くらい経った日に使用人として家にきた。両親とは顔見知りで俺のことも知っていたようだった。その頃はまだ言葉が判らなかったので俺の予想である。


「サティ、ありがとう」


 母親はサティさんからストールを受け取ると俺の身体に巻き付けた。


(暖かい。それにしても父親はなんの用で俺を外に出したんだ?)


 俺がそんなことを思っていると目の前に巨大な猪が出現した。正確には母親が家の裏手にある場所に移動し、そこに猪が置かれていた。猪の大きさは三メートル近くもあり、普通の猪の大きさではない。


「どうだ、凄いだろう。これでもまだ成長途中の幼体だ。成体になったらもっと大きくなるぞ!」

(あ、あり得ない)


 俺は生物に詳しいわけではないがこの猪の大きさは異常だと気が付いている。猪の大きさ種類にもよるが一メートルから二メートル程度だ。三メートルを超える大きさの猪は通常では存在しない。更に父親の言い方だとまだ成長途中だ。これ以上大きくなるなんてあり得ない。


 このときの始めて俺は『俺は地球に住んでいるのだろうか?』と言う疑問に悩み始めた。




(ここは地球なのか?)


 昼間の猪の一件から俺はそんな疑問を思うようになった。この家に生まれてからあまり外に出てことはないので確証は得られていない。だが思い当たる節は幾つもある。家電製品のない家。剣術の稽古する父親。サティさんの髪の色。三メートルを超える巨大猪。これらはだけでは判断することはできないがやはり地球の環境とは違う気がする。俺はそれを確かめるためにある行動を起こすことにした。


「あらあら、今日はお父さんにべったりね」

「猪を狩ったことで俺を尊敬しているんだ」


 翌日、俺は父親と行動をすることにした。なるべく父親の側を離れないように跡をつけていた。運が良ければ父親は今日は出かけるはずだ。父親は数日に一度買い出しに行く。何処へ行くかは判らないがついて行けば何か情報が得られる筈だ。そして、運よく今日が出かける日だった。


「アース、お父さんから離れなさい」


 俺は父親の足下に張り付いていた。コアラのように父親の足に張り付き、母親は無理矢理に俺を剥がそうとするが全身の力を使って張り付いている。張り付かれている父親は息子に甘えられていると思い満更でもない様子だ。


「しょうがない。今日はアースと一緒に行ってくるよ。こんなに懐かれているなら無理矢理引き剥がしても泣かれるだけだ」

(泣くまではしませんよ)

「そうね。じゃあ私も行こうかしら。親子三人で出かけるのもいいでしょ。サティ、留守番を頼める?」

「承知しました奥様。では、三人が出かける準備をします」


 できるお手伝いさんのサティさんはそう言うと母親と俺の分の外出着を用意してくれた。準備が整った俺は父親に抱かれ外出することに成功した。




 俺は父親に抱かれながら家をでて家から村に続く農道を進んだ。農道は土を踏み固めただけでコンクリートなどで舗装はされていない。


 父親と母親はしきりに指をさして草花について教えてくれた。空を飛ぶ鳥の名前や分かれ道の先に湖があることなども教えてくれた。俺はなるべく前世の知識を思い出してみるが思い当たる単語は何もなかった。


「ここが村の中心よ。賑やかでしょう」


 家を出てから二時間ほど歩いたところで村の中心地に着いた。村の中は何軒もの家が建ち並び店も幾つかあった。しかし、その村には電線や電柱などはなく道路も舗装はされていなかった。


(やっぱり変だ。これだけ人がいるのに誰もスマホを持っていない。それどころか車一台も見つからない)


 村は中世を再現したようなところだった。道行く人も麻の服やズボンを履いており、ナイロン加工された服やバックを持っている人は誰もいなかった。


「よう、ルーファス、パシィーさん、こんにちは。二人が揃って村の中心に来るなんて珍しいな」

「よう、リック元気か? 今日は親子で来たんだ」

「リックさん、お久しぶりです。この子が息子のアクリスです」


 父親と同じくらいの年齢のリックさんが声をかけてきた。リックさんは父親と母親をルーファスとパシィーと呼んでいたのでようやく両親の名前が判明した。家ではお互いを『あなた』、『おまえ』と呼び合いサティさんも『旦那様』、『奥様』と呼ぶため両親の本名がイマイチ判らずにいた。今後は覚えておこう。それと今後は二人を父さんと母さんと呼ぶようにしよう。


「この子がアクリスか? 俺はリックだ。よろしくな」

「あい」


 俺がリックさんに挨拶を返すと彼は驚いた顔で俺をマジマジと見た。


「この子まだ一歳になっていないんだろ? 挨拶を返したぞ」

「うちのアースは優秀なんだ。将来はきっと出生するぞ」

(すいません、中身が二十歳なので少年期は優秀ですが、それ以降は凡人になります)


 リックさんと父さんは一頻しきり挨拶をするとリックさんと別れた。二人の話の内容から父さんはこれから村長の家に行き挨拶をするそうだ。父さんに抱かれながら俺達は村長さんの家に向かった。




「アースくん、こんにちは」

「こんにちは」

「あい」


 村長の家に着くと息子夫婦が挨拶をしてきたので俺が挨拶を返すとリックさんと同じように驚いていた。村長に会いに行くのは父さんだけで、俺と母さんは息子夫婦の家に案内された。村長の家の隣に息子夫婦の家があり、俺と母さんは家の中に案内された。


「だぁぁ!」


 家の中には俺と同じくらいの赤ん坊がいた。赤ん坊の髪の色は雪のように綺麗な白髪だった。


(アルビノなのか?)


 赤ん坊の髪の色は白髪だが瞳は綺麗な藍色だ。アルビノなら赤い目になるはずだから違うのかもしれない。この子の両親の髪も少し灰色に近い髪なので遺伝なのかもしれない。しかし、この子の髪の毛の色と言いこの家にも家電製品はないので、いよいよここが地球だという可能性が低くなってきた。


 俺がそんなことを考えていると母さんと息子さんのお嫁さんが俺と白髪の赤ん坊を向かい合わせで座らせた。


「レイラ、アース君よ」

「アース、レイラちゃんよ。ご挨拶しなさい」


 赤ん坊の名前はレイラと言うみたいだ。俺は母さんに言われた通り挨拶しようと右手を挙げようとした。


 ガブゥ。


 一瞬何が起きたのか判らなかったが右手が喰われました。正確に言えばレイラが俺の右手を口の中に入れた。赤ん坊ならではの口に異物を入れる行為なのだろう。歯がないので痛みはないが涎でベトベトしてきた。


「レイラ、それはアース君の手よ。口から出しなさい!」


 レイラの母親は慌てた様子で注意しレイラは素直に俺の手を解放したが、次はいきなり覆い被さってきた。


 ガブゥ。


 今度は耳を噛まれた。レイラが覆い被さってきたときに逃げることもできず、そのまま押し倒されると今度は耳を噛んできた。


(こいつかみ癖でもあるのか?)


 さすがに押し倒すの不味いと思ったレイラの母親は慌ててレイラを抱き上げた。手と耳が涎でベトベトになったので母さんに拭いて貰うことにした。


「あうぅ」

「ヨシヨシ。泣かずにいるなんてアースは偉いわね」

「ごめんなさい。レイラにはかみ癖があるみたいで……。でも、アース君は本当に泣かない子供ね」

「ええ、夜泣きもしなかったので心配はしていたけど、元気に育っているわ」

「それは羨ましい。レイラは夜泣きが酷かったので私と夫は体調を崩したわ」

「そうなの? でも、夜泣きも愚図りもしないとそれはそれで心配になってくるわ」


 母さん達は育児トークを始めてしまった。トークが始まると俺とレイラはそっちのけで話が進み、俺の手と耳はいまだに涎でベトベトで気持ち悪い状態だ。手は洋服で拭くこともできるが洗濯機がない我が家では使用人のサティさんが苦労するので俺は我慢するしかなかった。




 母さん達は話に夢中になっているが時間は確実に過ぎていった。村長さんと話を終えた父さんが戻ってきたのだ。父さんが戻ってきたのでこれから市場に行くことになった。レイラとレイラの両親に別れを言い家をでた。向かう先は市場だ。


 市場は小規模な雑貨店が一件しかなかった。決まった日に雑貨店の周りで行商人や農家が出店するので呼称として市場と呼んでいるらしい。今日は残念ながらその日ではないので雑貨店で必要な物を買って帰るだけになった。


(この店だけじゃ判断できないなぁ)


 雑貨店に入った俺は店の物を見た。店は保存の利く食材や調味料。農具や手袋と言った日用品などを売っていた。なじみのある「ビニール」「プラスチック」「ナイロン」の製品はないが、木や鉄、動物の皮で作った物は置いてあった。ちなみに狩猟用の弓矢や弩が置いてあったのは心が揺れた。


(やっはり、ここは地球の暮らしとはかけ離れている。だけど結論を出すのは早い。もう少し成長してからいろいろ調べるしかないのか……)


 俺がそんなことを考えていると雑貨屋の店員が母さんを呼んだ。


「パシィーさん、丁度いいところに来てくれた。今、大丈夫かい?」

「はい、時間ならありますよ」

「うちの母ちゃんが腰をやっちまったみたいなんだ。アレを頼めるかい?」

「アレって治療のことですか?」

「ああ、出産後は調子を崩していると聞いていたが、やっぱりまだ駄目なのかい?」

「いいえ、大分調子を取り戻したのでそろそろ復職する予定でした」

「じゃあ、頼めるか?」

「いいですよ。あなた、アースを抱っこして」

「俺もついていこうか?」

「大丈夫よって言いたいけど、もしものこともあるかもしれないからついてきて」


 母さんは雑貨店の店員に呼ばれ治療を行うようだ。父さんはそれに付き添うみたいで俺を抱いたまま患者がいる部屋に向かった。部屋には年配の女性がうつ伏せで寝ていた。店員の話からするとどうやらギックリ腰になってしまったようだ。


「奥さん、大丈夫ですか?」

「あれ、パシィーさんどうしてうちに?」

「買物に来たんですよ。それよりも今から治療します。動かないでください」


 母さんはそう言うと患者の腰に手を当てた。


「六神の恩恵たる魔素よ。我が手に集いてこの者の傷を癒やしたまえ。『ヒール』」


 母さんが呪いのような言葉を告げると母さんの手が光り出した。そして、最後の言葉ともに光が弾けて、弾けた光が患者の中に入っていった。


「ふぅー、体調はどうですか?」

「ありがとう、さすがパシィーさんだ。痛みがなくなったよ」

「いいえ、私も久しぶりだったので心配でした。二、三日は安静にしていてくださいね」

「はい、判っています」


 中年の女性はそう言って笑い始めた。先ほどまでの辛そうな表情は消えていた。


(あれは魔法なのか? 母さんは魔法使いなのか? それにここはやはり地球ではなく別の世界なのか?)


 俺は目の前でおきたことに驚きながら、自分がとんでもない世界に来たことに途轍もない不安を感じた。


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