転生?
連続投稿二日目
(痛い!)
飛び上がるほどの激しい痛みが尻を襲った。その痛みは断続的に続き、俺はその場から必死に逃げようとした。けれど逃げようとするが手足が思うように動かない。逃げることができない俺は大声を上げた。
「ほんぎゃぁぁぁ」
何とも情けない声を上げてしまったが、俺が悲鳴を上げると痛みは襲ってこなくなった。俺は周囲を確認するために目を開けたが視界が悪い。全てがぼやけて見えている。
「―――――」
「・・・・・」
誰かの声は聞こえるが言葉が全く判らない。首を曲げようとするが首も思うように動かない。どうすればいいか迷っていると目の前に老婆の顔が見えた。
「*****」
目がよく見えないが老婆は嬉しそうに笑っているように見える。老婆は俺の頭を撫でると身体を布のような物で拭き、身体に何かを巻き付けてきた。感触からして布だと思うがよく判らない。老婆は布を巻き付けるのを終えると俺を抱き上げた。
(あれ、なんか変だ)
俺の身長は百七十センチメートあるのにそれを老婆が持ち上げることなんかできない。それなのに老婆は軽々と俺を持ち上げた。
「―――――」
俺を持ち上げた老婆は大きな声をだすとすぐに部屋の扉が開いた。扉が開くとそこから二十歳前後の青年が部屋に入ってきた。老婆は青年に俺を手渡し青年は俺を抱き上げた。
(こいつらどんな力をしているんだ?)
俺がそんなことを思っていると青年は俺を高く持ち上げた。まるで子供を抱き上げるように高く持ち上げた。
(子供!)
俺は子供という単語を思い出して気が付いた。俺は子供を……、女の子を助けてトラックに撥ねられた。それなのにどうしてこんな場所にいるんだ。普通なら病院に担ぎ込まれている筈だ。この老婆と青年が百歩譲って医者だとしても服装や周りの風景からしてそれはあり得ない。老婆は白い服を着ているがそれは白衣ではなく、割烹着に近い。青年にいたっては普通の服装だ。
そして決定におかしいと思えるのはこの場所だ。目がよく見えなくても床や壁が木造で作れていることが判る。学校の林間学習で泊まったコテージのようなところだ。病院では決してなかった。
俺は現状を把握できず混乱していると青年は俺を抱いたままベットらしきところに腰掛けた。
「・・・・・・」
「※※※※※※」
誰かと会話をしているらしいが俺からよく見えない。声からして先ほどの老婆ではなく女性のようだ。青年は女性と二言、三言話をすると俺を女性に手渡した。
「※※※※※※」
金髪の美人さんと目があった。顔は赤く上気しているが嬉しそうに微笑んでいる。こんな美人と顔を接近させたことがない俺は緊張でどうにかなってしまいそうだ。そう言えば先ほどの青年もかなり整った顔をしていた。モデルのような華奢な印象ではなく、スポーツ選手のような力強い印象だ。
二人とも髪の毛や顔つきからして北欧系の外国人だと思う。しかもかなりの美男美女だ。俺を大事にそう扱う二人との関係が判らずにいると急な眠気に襲われた。まだ、現状が判らないので必死に眠気を振り払おうとしたが、俺はそのまま眠ってしまった。
(やってしまった。死にたい……)
次に起きたときに俺は腹が減っていた。何か食べようと身体を動かしてみるが身体は布で巻かれているため身動きができなかった。このまま何も食べられず餓死してしまうのかと思っていたら、寝る前に見た金髪の女性が俺が起きたことに気が付いた。女性は俺を抱き上げると服をはだけ、自分の乳房を俺の口に押しつけた。
(!?)
これはどう言うことだ。俺はまたまた混乱していると口の中が液体で満たされた。液体の正体は何となく判った。女性の乳房から出てくる物はアレしかない。俺は女性経験はないが義務教育でキチンと習ったからちゃんと知っている。
俺は口を離そうとするが後頭部が抑えられ、口を離すことができなかった。そしていつまでも口の中に液体を留めておけることはできず、俺は液体を飲んでしまった。液体を飲むと俺の胃袋が刺激され、空腹感から俺は夢中で飲んでしまい、気が付けばお腹が満たされていた。女性ははだけた服を戻して俺を寝かしつけて去っていった。
(死にたい……)
自分が何をやったのか理解している。羞恥心と罪悪感で俺は悶え苦しんだ。手足が動けばまだマシなのだ身体は布が巻かれている。満足に動くことができない俺は羞恥心と罪悪感に耐えるしかなかった。そして、羞恥心と罪悪感と引換えに自分の現状が少しだけ理解できた。
どうやら俺は死んで転生したらしい。先ほど女性の乳房と口が触れたときにあることに気が付いた。それは俺に歯がなかったのだ。トラックに撥ねられたからといって歯が全部なくなるとは限らない。仮に歯が全部なくなったら口内に歯が抜けた形跡があるはずだ。自分の舌で口内を確認してみたが穴も穴を塞いだ形跡もなかった。そこで俺はあることを思い出した。
輪廻転生。
施設で生活していたときに道徳の学習か何かでお坊さんから聞いた話だ。小学校の高学年のときに聞いた話だからうろ覚えだが、確か死んだ人間の魂は生まれ変わると教えてくれた。徳を積むことで人間にまた生まれるが、罪や犯した人は地獄で罰を受けた後に虫や小動物に生まれ変わるとも言っていた。本当か嘘かは当時は判らなかったが、今なら本当だと信じられる。
現在進行形で俺はそれを体現していた。そう考えると全てのことに辻褄が合ってくる。最初に見た老婆は産婆で俺を取り上げてくれたのだ。そして、出産時に部屋に入ってきた青年は俺の父親で金髪女性は俺の母親だ。
母親なら自分の赤ん坊に母乳を与えるのも当然だ。そう考えると罪悪感は多少薄れてくる。羞恥心は消えることはないが……。とにかく俺は赤ん坊に生まれ変わったと考えるべきだ。それが一番今の状況に合う。そこまで思い至ると睡魔が襲ってきた。赤ん坊の身体は燃費が悪くすぐに眠くなる。次に起きたときに続きを考察することにして俺は眠った。
次に起きたときに俺の推測は当たっていた。目が覚めると今度は布ではなく服を着せられていた。おかげで自分の手を確認することができた。俺の手はまさに赤ん坊の手だった。小さくて上手く動かせないがまごうことなく俺の手だった。
自分が転生したことが確認できたので今度は自分が生まれた場所について知ることにした。父親や母親の顔立ちから日本やアジア地域ではないことはなんとなく察している。ヨーロッパや北米辺りかと思っているが、どっちにしろテレビやネットで調べるしかない。
そう考え部屋の中を見渡すがテレビやパソコンなどは見当たらなかった。父親や母親もスマートフォンやタブレットを使用していない。赤ん坊なので見渡せる範囲は限られているが、生まれてから家電製品を見かけていない。
どうやら俺はかなりの田舎に生まれたようだ。
暫くは生まれた場所を突き止めるのは無理だと悟った俺は大人しくしていることにした。まだ生まれたばかりで首すら座っていない状況だ。無理をして動いて怪我をしては元も子もない。ハイハイができるまで大人しく待つことにした。
老婆が現れた。生まれて一週間くらいした日に産婆の老婆が家を訪ねてきた。老婆と両親達は何やら話をしているが言葉が聞き取り辛く、単語も知らない言葉だったので話の内容は判らない。
両親の様子からして、子育てに関する質問を老婆にしているようだ。俺はこの一週間は大人しくしていた。両親に負担をかけていないように生活している。育児ノイローゼなどにならないように俺も心掛けているのだ。
赤ん坊なので睡眠と起床が大人と違う。だが、俺は両親の生活に合わせるため、昼間はできるかぎり起きて、夜に眠るようにしている。夜中に目が覚めることはあるが、夜泣きはしないようにしている。多少の空腹感も我慢しているので母親も負担になっていない筈だ。
そう思って生活していたのだが、成長してから聞いた話ではそうでもなかったようだ。逆に大人し過ぎる子供だったために両親は心配していた。赤ん坊はもっと自由気ままに生きてよかったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
先日、男の子を出産した若夫婦から子育ての相談を受けた。どうやら赤ん坊の夜泣きや食事などについての相談だったのじゃが、このての相談は何度もされるが答えなどある筈がない。
赤ん坊は泣くことが生きるための手段じゃ。大人達の都合など考えてはくれぬ。腹が減れば泣くし、おしめが濡れば泣く。下手をすれば日の光や夜の静寂に不安になって泣くこともある。
子育てはそう言うもので赤ん坊を大人の思う通りにすることはできない。ワシは幾度となくその言葉を親達に話してきた。今回もそう思って若夫婦のところを訪れたのじゃが……。
「夜泣きをしないのです」
「それどころか昼間もあまり泣かず、他の奥様達の話と違っているのです」
若夫婦から相談はワシの予想を大きく外れた。詳しく話を聞くと赤ん坊は夜泣きなどはせず若夫婦の生活時間と合わせていると言う。そんな不可解なことは聞いたこともない。赤ん坊とは自由気ままに生きるのじゃ。大人の都合など考えもしない。若夫婦の話が信じられないワシは二、三日若夫婦の家に泊まることにして赤ん坊の様子を見ることにした。
二日ほど若夫婦のところに泊まって二人の悩みが判った。何というか二人の子は赤ん坊らしくない赤ん坊じゃ。行動を観察するとこの赤ん坊は大人の儂らに気を使っている節がある。昼間に眠ることはあまりせず、腹が空くと右手を挙げて儂らを呼ぶ。おしめが濡れると今度は左腕を上げて知らせる。そして、夜はよく眠っており時々夜中にも起きるが夜泣きなどはせず、暫くすると眠っていた。
「お主らには心配をかけないように大人しくて、よい子じゃからこのまま育てるのが良かろう」
確かに普通の赤ん坊とは違う気がする。病気や障害などの疑いはないのでこのまま成長するのを待つしかないと何とも情けない助言をするしかなかった。
(産婆をするようになって五十年以上も経つがこんな経験は始めたじゃ。物の怪類いか、あるいは神の御使いなのか……)
ワシは家路の帰り道でそんなことを考えてしまった。人は知識が及ばない物を嫌悪する。しかし、その反面で未知の物に興味を持ってしまう。ワシはあの赤ん坊に僅かな恐怖と興味を持ち始めていた。
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