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海魔!

「おい、陸地が見えるのが早すぎないか?」


 陸地が見えたと聞いて見学にきた俺とアーニャは船員の言葉の意味が理解できなかった。遠くに見えるのは陸地にしか見えない。いや、あんなにも大きな物が陸以外にはあり得ないと思う。半年間の長い航海が終わると思っていた矢先なのに船員の漏らした言葉は不吉な予感を招いた。


「確かに。昨日見た星の位置だと早くてもあと一日はかかるはずだ」

「なあ、あの陸地少し動いていないか?」

「陸地が動くわけないだろう! ……だが、いつも見ていた東大陸とは違う気がする」

「俺船長を呼んでくる」


 甲板にいた船員達の様子が慌ただしくなり、船員の一人が船長を呼びに船内に戻っていた。五分ほど経つと船長が甲板に姿を見せた。大柄な巨体に強面の顔。口髭を生やしている。六十歳近い老人だがそれを感じさせないほど活力に満ちているので頼もしさがある。それに五十年近くも船乗りとして働いているので、皆が船長を頼りにしている。


「船長。あれ東大陸でしょうか?」

「…………」


 船員の一人が陸地を指さしながら船長に尋ねると船長は何も答えず遠眼鏡で陸地を確認し始めた。先ほどまで騒がしかった甲板は急に静かになり皆が船長の言葉を待った。


「帆をたため。なるべく大きな音を出さないよう静かに作業しろ」

「船長、それはどうしてですか?」

「あの陸地は東大陸ではない。アレは海魔だ」

「「「「!?」」」」」


 船長が海魔と言うと船員達の顔が一気に青ざめた。青ざめた船員達はまるで墓場に出る幽鬼のようだった。船長は「早く帆をたため」と再度命令をすると船員達は慌てて船長の命令に従った。


「お墓に出てくる幽霊が慌ただしく動いているようだニャ」

「まったくの同意。それよりも船長が言った海魔って」

「海魔リヴァイアサンのことだ」


 俺の声を遮ったのはアーニャではなく奴隷商のオーナーだった。オーナーも船内の様子がおかしいと気が付き甲板に出てきた。


「海魔リヴァイアサンって海の怪物ニャ。陸地じゃないニャ」

「陸地と見間違えるほど巨大な海蛇と言われている。胴体を目撃した者は多いが顔をみた者は少ない」

「どうしてニャ?」

「リヴァイアサンは普段は寝ていて活動するときは縄張りの移動が食事をするときだ。縄張りを変えることはあまりないから活動の大半は食事。目の前に写った物を食べるらしい」

「…………オーナーそれって」

「アースは察しがいいな。今目の前にいるリヴァイアサンは動いている。そうなると縄張りの移動と考えるよりは食料を探していると考えるべきだ。頭は見えないからこのまま離れていくのを待つしかない」


 オーナーの説明を聞いて船長が帆を畳めていった意味がようやく判った。リヴァイアサンが食料を探しているのならこの船を標的にするかもしれない。白い帆が生き物の一部に見てしまう可能性もあるから船長は帆を畳んだのだ。


 帆を畳んだ船は推進力を失い波に揺られながらその場に留まった。乗船している誰もが早くリヴァイアサンが通り過ぎて欲しいと願い、物音を立てずに息を潜めた。どれくらいの時間が経ったのか判らないが不意に辺りが暗くなった。太陽が曇に隠れたのかと思い空を見上げると強大な目がそこにあった。


「!?」


 心臓が飛び上がった。比喩表現ではなく心拍が急に上がった所為で心臓に負荷がかかった。ドクドクと心臓の鼓動が胸の内側から聞こえてくる。だが、それよりも目の前に写る巨大な瞳に俺の意識は持っていかれていた。


 アーニャにリヴァイアサンのことを聞いたときによく判らないと言った理由がようやく判った。リヴァイアサンはあまりにも大きすぎるのだ。瞳の大きさだけで人間よりも大きく、その口は船を一飲みできるほど大きい。俺がリヴァイアサンを認識できたのはそれだけだ。蛇のような顔つきなのかもしれないが顔の全体なんかとても判らない。


 リヴァイアサンは船を見ているのか、それとも俺を見ているのかは判らないが、殺生与奪の権利は間違いなくリヴァイアサンが持っている。乗船している誰もがもう駄目だと思っていたが、リヴァイアサンは暫く船を見つめると何もしないで去っていった。


「た、助かったのか?」


 船員の誰かの言葉が周りに流れていた緊張は霧散した。皆が大きく息を吐いてリヴァイアサンが去ったことに喜んだ。だが、リヴァイアサンと遭遇した恐怖はここからだった。


「船員は皆持ち場につけ。津波が来るぞ」


 船長が大声を上げて津波の警告をした。一瞬どうして津波が来るのか判らなかったがリヴァイアサンの大きさを考えればすぐに判った。


「津波? どうして津波が来るニャ」

「アーニャもリヴァイアサンの大きさを見ただろ」

「大きかったニャ。あれは大きすぎて一人じゃ食べきれないニャ」

「どうして食べる思考にいくかは判らないけど、リヴァイアサンの胴体の動きを見ろ。さっきとは比べものにならない速度で動いているだろう!」

「本当だニャ」

「リヴァイアサンがこの場所から急速に離れているんだ。もし、リヴァイアサンの尻尾が出てきて海面を叩いたらどうなる」

「水しぶきがあがるニャ」

「そうだ。リヴァイアサンほどの大きさならそれは津波と同じくらいになる」


 俺が言い切る前に船が大きく揺れた。リヴァイアサンの尻尾はまだ見えないが胴体が海面を叩いたらしい。その影響で大きな波ができて船を揺らした。船の揺れはかなり大きく俺は身を屈めて床に張り付いた。


「アーニャ大丈夫か?」

「あちきは大丈夫ニャ。オーナーも大丈夫……」


 アーニャが隣にいたオーナーの様子を確かめようとしたが、オーナーの姿はなかった。アーニャはすぐに船の端にいき海面を覗き込んだ。


「オーナーが海に落ちたニャ。助けるニャ」


 アーニャはそう言って海に向かって飛び込んでいった。


「あの莫迦猫。海に飛び込むなら救命道具を持って行け!」


 アーニャの後先考えない行動に俺は思わず怒鳴りアーニャを罵倒しそうになったが、それよりも救命道具を渡す方が大事だ。俺は急いで船に取り付けられている救命道具を取り外した。救命道具は吹き輪に紐に付け、紐は船と繋がっている。俺は海面にいるオーナーとアーニャに向け二つの救命道具を投げた。


 救命道具の浮き輪は水に浮かぶ素材でできて軽くて丈夫だ。子供の俺でもオーナーやアーニャの側に投げることができた。


「オーナー。アーニャ。救命道具に捕まって」

「アース。助かった」

「ナイスアシストだニャ」


 オーナーとアーニャは浮き輪に捕まりながら大きく返事をしてくれた。


「俺の力じゃ引き上げることができないので船員を連れてくるまで待っていて」

「頼んだぞ」


 俺はすぐに助けを求めるために船長にオーナー達が海に落ちたことを伝えようとした。しかし、リヴァイアサンの置き土産はまだあった。


「痛!」


 頭に何かが当たった。俺は頭に当たった物を確かめるとそれは魚だった。大きさは手の平くらいでどうして魚が俺に当たったのか皆目見当がつかなかったが、それはすぐに判った。


「魚が上から落ちてくるぞ。気をつけろ!」


 見張り台にいた船員が大声で警告した。リヴァイアサンが海面を大きく揺らした所為で小さな魚が上空に打ち上げられたようだ。魚は雨のように落ちてきて、甲板はみるみる魚であふれてきた。


「急がないと足の踏み場がなくなってしまう」


 俺は急いで船長の元に行こうとその場を離れようとしたが、背中に大きな衝撃が受けた。衝撃を受けた俺は木の葉のように吹き飛ばされ船の垣立にぶつかった。


「ぐふっ」


 垣立にぶつかって一瞬息ができなくなった。息苦しさと痛みで俺はその場に踞ってしまいたかったが、アーニャとの稽古で鍛えられた俺の勘が警鐘を上げている。ここにいるのは危険だと判断した俺はその場から離れた。


 その判断は正解でもり、間違いでもあった。


 俺が吹き飛ばされた原因は甲板に巨大な魚が落ちてきたからだ。鯨ほどの大きさの魚が落ちた所為で甲板の一部が破壊された。その衝撃で俺は吹き飛ばされた。そして、吹き飛ばされたところにも同じ大きさの魚が落ちてきた。俺がその場に留まっていたら間違いなく押しつぶされていた。勘に従ったおかげで助かったともいえる。だが、また同じ衝撃を受けて俺は船の外に放り出されてしまった。


 俺は何とか船に戻ろうと空中で手足を動かしたが、そんなことで船に戻れはしない。俺は無防備なまま海に落ちた。


「がぼっ」


 海に落ちた衝撃で空気を吐いてしまい、慌てて息をしようとして息を吸ってしまった。海の中で空気はなく、代わりに海水を飲んでしまった。


(ヤバい)


 このままでは溺れてしまうと判断した俺は急いで魔術を使用した。使用した魔術は風の結界だ。風の結界で周囲の海水を近づけさせないようにした。


「た、助かった」


 風の結界が上手く発動した。風の結界を纏ったまま水の中に入ったことは何度かあったが、水中で風の結界が発動するかは賭けだった。普通に考えれば空気のない水中で風を操ることはできない。一瞬でも息ができればいいと思い発動させたが思った以上に上手くいった。


(空気の比率は窒素が八割弱で酸素が二割。あとはその他の成分だったはずだ。息ができるのは魔術で空気を生成したことになるのかな? いや、今はそんなことを考えている場合じゃない)


 俺はそこまで考えたが、すぐにオーナーとアーニャのことを思い出し結界を解いた。風の結界を維持したまま移動することはできないので俺は泳いで海面にでた。海面にでると周りには破壊された船の板が浮いていた。少し大きめの板を浮き輪代わりにして捕まり周囲を確認した。


 周囲を確認するとすぐに船は見つかった。甲板の一部が壊れているが船体の大きな損傷はないようだ。だが、甲板にいる人は混乱しているらしく、悲鳴や怒号が聞こえる。あの様子だと俺やオーナー達が海に落ちたことに気づいていないだろう。


「アース、お前も落ちたのかニャ!」


 後ろからアーニャの声が聞こえ、振り返って見るとアーニャとオーナーがいた。


「空から魚が落ちてきたんだ。たぶん、リヴァイアサンが泳いだ影響で打ち上げられ、船の上に落ちてきた。俺は大きな魚が落ちてきた所為で船の外に吹き飛ばされた」

「魚が空から降ってきたのかニャ。それは夢のようだニャ」

「…………」

「…………」



 アーニャの戯れ言に俺とオーナーは頭が痛くなった。今はそんなことを言っている場合じゃない。船にどうやったら戻れるか考えないといけない。幸いなのがオーナーとアーニャが捕まっている救命道具が船と繋がっていることだ。


「船と繋がっていた紐は切れたぞ。正確に言えば紐が結んであった箇所が破壊された」


 オーナーの悲痛な言葉に俺は泣きそうになった。唯一の命綱がなくなった。これでは船員に気が付いてもらえない。気が付いたとしても今の船に救助活動をしている余力はないかもしれない。


「アース。オーナー。あれは大きな板はなんだニャ?」


 悲痛な思いに浸る暇もなく状況がめまぐるしく変化する。アーニャが指を指した方を見ると大きな板が浮いていた。板というよりもあれは……。


「ひっくり返っているがあれは緊急避難用の船だ」


 俺もオーナーと同じ意見だ。すぐに船がひっくり返っている場所に俺達は移動した。


「外傷は無さそうだ。これを反転させるぞ」


 オーナーの指示に従って俺達はひっくり返った船を戻そうと力を合わせた。何度か失敗したが船を戻すことができた。


 船にはまず身軽なアーニャ頑張って乗り込んだ。次にアーニャの手を借りながらオーナーが乗り込み、最後に二人の手を借りながら俺が乗り込んだ。


「オーナー、アーニャ。水分補給補給して」


 船に乗り込んだ俺はすぐに水球を作った。海水を少なからず飲んでいるので水分補給補給は必須だ。オーナーとアーニャは俺が作った水を飲み、俺も自分の分の水を飲んだ。


「船が遠ざかっていくニャ」


 普段の脳天気なアーニャとは思えない悲痛な声だ。リヴァイアサンが出現して、その余波で魚が打ち上がり船が損傷した。津波の心配があるため早くこの海域から離脱するのも当然の選択だ。俺達は遠ざかっていく船に向かって助けを求めるが船は無情にも離れていった。


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