海原!
予告通り二月からの投稿です。
「海は広いな 大きいな 月がのぼるし 日が沈む♪」
見渡す限りの水平線。三百六十度、どこを見ても水平線。前世の地球でもこんな景色は見たことがない。でも、最近はこの景色に飽きてきた。最初にこの景色を見たときは感動もした。朝日や夕日が綺麗で見惚れていた。夜は満天の星空で家にいた頃に見た星空とは違って何時間も見続けていた。
だけど半年以上も見続けると見慣れてきた。半年。山で人攫いと出会ってから半年以上も時間が経過していた。
レイラ達と山菜を採りに山へ行き、俺達は三人の人攫いに遭遇した。俺はレイラ達を逃がすために囮となった。チンピラ、髭親父、細目の人攫いと対峙して何とかチンピラを気絶することができた。日頃から父さんと稽古したことと狩りで培った経験が役に立った。チンピラが俺を子供だから侮っていた要因がもっとも大きかったのもある。
何とかチンピラを撃退し、一旦この場を離れようとしたが無理だった。チンピラと対峙している最中に俺は髭親父と細目を見失っていたからだ。油断していた訳じゃない。チンピラとの戦いに集中しすぎて、二人から目を離してしまった。そのせいで細目が近づいてくることに気がつけなかった。
細目は俺がチンピラを倒す前から気配を消していたようで、近づいてくることにも気がつけずにいた。チンピラを倒したことに安堵していた俺は隙をみせて、細目の不意打ちを防ぐこともできず食らってしまった。
山での最後の記憶は細目が俺に剣を振り下ろす瞬間だった。それ以降の記憶はない。細目の不意打ちで俺は気を失いそのまま連れさらわれてしまった。そして、気がつけばこの船に乗せられていた。しかも奴隷として。
奴隷。人権を剥奪され労働を強いられる。鞭で打たれながら重い石を運ぶ人達。漫画では「汚物は消毒だ~!!」と言われながら殺される身分。奴隷にそんなイメージを持っていた俺は奴隷になったと聞いて深く絶望した。飯も睡眠も満足にとれなくて日に日に衰弱していく俺を救ったのが奴隷商人であるオーナーだった。
「飯を食え。船旅で酔っているのか? このままだとお前は死ぬぞ」
「奴隷になって鉱山で仕事をしたり、見世物で剣闘士になるなら死んだ方がマシだ」
「鉱山? 剣闘士? 何を言っているんだ」
「奴隷になったら身分を剥奪されて、一生奴隷となって重労働を課せられるのが奴隷だろ?」
俺は奴隷としての価値観をオーナーに伝えるとオーナー大笑いした。
「くっくっくっ。お前は奴隷をそんなことに想像していたのか。随分と想像力があるガキだな」
「違うのか?」
「違う、違う。確かに犯罪奴隷はそう言った不遇な扱いになる。契約奴隷でも体力に自信がある物や借金の額が多すぎるとそういった場所で働くが、お前くらいの年齢だと哀願奴隷が多いな」
「哀願奴隷?」
「哀願奴隷は好事家達に買われてい性的なこと……、子供に言っても判らないがペットみたいに可愛いがられたりする。運がよければ養子を探している夫婦に引き取られることもある」
子供だと思ってオーナーは言葉を濁したが要は性奴隷として売られる。この年齢で男娼になるのはまっぴらごめんだ。養子にしても前世の俺なら喜んだが今の俺にはちゃんと父さんと母さん、それにサティさんがいる。性処理をやらせられるのは嫌が養子に出されるのも嫌だ。俺がそんなことを考えていることも知らず、オーナーは話を続けた。
「養子だと愛玩奴隷と違ってそんなにも高値にならない。愛玩奴隷も値切られることがある。俺としてはお前をなるべく高額で売りたい。お前はもっと付加価値が強いからな」
「付加価値?」
「単独で大人一人を倒したと聞いている。剣術や体術だけじゃなく魔術まで使えると売主から聞いた。そんな子供は滅多にいないから高値で売れるぞ」
「……どこに売られるんだ?」
「そうだな。商人が自分の子供の専属護衛にしたり、国や街などの警備予備軍で買われる可能性もあるな。魔術師が魔術の補佐に買う可能性もある。どこに売ってもそれなりの値になると見込んでいる。高額になるが待遇もいいはずだ。ある程度金を稼げたら自分を買い戻すこともできるぞ」
「買い戻す?」
「買われた金額とその半分を買手側に渡せば自由の身になれる。お前は契約上、借金奴隷として売るから借金がなくなれば自由になれる」
俺はオーナーの言葉を聞いて沈んでいた気持ちが少しずつ上向いてきた。奴隷になってしまうと一生奴隷のままとだと思っていたが、自分の稼ぐことで奴隷の身分から解放される。奴隷から解放され自由の身になれば故郷に戻ることができる。普通の子供なら無理かもしれないが俺には前世の記憶と知識があるので、上手く活用すればお金を稼ぐことも可能な筈だ。
「少しはマシな顔つきになってきたな。なら、飯を食って日の光を浴びろ。何日も船室に閉じこもっていたから顔色が悪い。病気になると治療費がかかるからなるべく健康には気をつかえ。これは命令だ。ただ、問題を起こさなければ船内は自由にある動いていいぞ」
オーナーはそう言って船室から出ていった。俺はオーナーに言われたことをもう一度整理しようかと思ったが、お腹が空いているため考えが上手くまとまらなかった。思い起こせばここ最近は御飯をろくに食べていない。ひとまず食堂へ行って食事をすることにした。
食堂につくと俺は船員に声をかけ食事の仕方を教えて貰った。食事は決まった時間があり、その時間内であれば誰でも食事ができることになっている。鍋にあるスープや置いてあるパンはお代わりが自由みたいで俺はスープとパンそれと焼き魚を貰って数日ぶりの食事をした。
パンは村で食べていた固いパンと一緒だったが、焼き魚とスープの中にある魚は村では食べた魚とは違って始めて食べる品種だ。村では淡水魚しか捕れないので日本で言うアユ、イワナ、ヤマメがメインだったが、船では海水魚が捕れるので食事に出される魚も海水魚がメインだった。
久しぶりにお腹いっぱいに御飯を食べて満腹感に満たされた。このまま眠ってしまいたい衝動にかられるが、オーナーに言われたとおり日の光に当たった方がいいので甲板に向かった。甲板にでるとそこには美しい景色が広がっていた。
「これは凄いなぁ」
思わず声が出てしまうほど絶景だった。甲板から見える海は怖いくらいに青くそして綺麗だった。日の光を反射して海面が光っている。空も雲一つない晴天で海とは違った青さが広がっていた。前世でも船に乗ったことがないのでこんな景色は見たことがなかった。
「父さんや母さん、サティさんはこんな景色を見たことがあるのかな? レイラやジーク達にも……」
そこまで言って言葉がつまった。家族のことを思い出して胸が痛んだ。きっと父さんや母さん、サティさんは心配している。レイラ達は無事に逃げることができたのかが心配だが、ここにいないのなら無事に逃げることができたのだと思う。自分一人だけが連れさらわれてきっと皆が心配している。できるだけ早く帰らないと……。
先ほどまでと違って暗い気持ちが心を侵食する。早く家に帰りたい気持ちがドンドン溢れてきてくるがどうしようもない。このままここで何もせずに立ち尽くしていても無意味なので気分転換に身体を洗うことにした。
食事中や移動中に気になったのだが、俺の体臭が少しキツくなっていた。そりゃそうだ。家を出てから今日まで風呂どころか水浴びすらしていなかった。汗や埃で身体が汚れている。服にも汚れが染みこんでいるのでここで身体を洗うことにした。
石鹸がないので水洗いしかできないけどやらないよりはマシだ。俺は船の排水口の傍に行き魔術で水を集めた。空気中にある水分を集め、少し熱めのお湯にする。手足を動かすような感覚でお湯を作ることができる。村浴場で働いていたから俺にとってお湯を作るのが一番得意な魔術になった。
頭の上から降り注ぐお湯を浴びながら布で身体の垢や埃を落とした。石鹸がなくても身体が綺麗になっていくのが判るが石鹸のさっぱり感がないのはちょっと辛い。俺は一通り身体を拭き終えるとその場に立ったままお湯を浴び続けた。
「お、おい坊主。お前は何をしているんだ?」
突然声をかけられたので俺は声のする方を向くとそこには数人の船員が俺を見ていた。何か驚いている顔をしていたが俺はありのままのことを伝えた
「身体を洗っているだけだよ。問題あるの?」
ついタメ口で話してしまった。普段なら大人に対しては敬語を使うのだが、ここの船員さんならそんなことは気にしないだろう。食堂にいた船員さんたちも言葉使いは乱暴で、むしろ敬語や丁寧語を使っている人はいない。
「排水口の近くだから問題はないが、お前の頭上から降っている水は魔術で作っているのか?」
「そうだよ。空気中の水分を集めて、お湯を流している」
「湯を流しているだと。お前そんなことができるのか?」
船員達が何を驚いているかが、判らないが俺はその言葉に頷いた。
「よければ一緒に浴びる。水量はもっと増やせるよ」
「いやいや、身体なんて七日に一度洗えば十分だ。それよりもその水は飲み水にもなるのか?」
「なるよ。飲んでみる?」
俺は近くにあった空の樽に水を入れた。俺の作った水を船員は恐る恐る手で掬い口に運んだ。
「美味い。この水は腐った匂いも味もしない」
船員はそう言うと船の上では水は貴重な物だと話してくれた。航海する前に船には大量の水が搬入するけれど水は長い航海の間に腐ってしまうらしい。なるべく腐らないようにいろいろな処理をするが、その作業も大変で船の上での水は貴重で、俺のように魔術で水を自由に作り出せる人物は重宝される。
船員にその話を聞いてこれは商売になるのかと思ったが、それは甘かった。重宝されるのは確かだがそれはあくまでも緊急時だ。搬入した水の多くが腐ったり、船の事故で水がなくなったときで普段はそんなに重要ではない。船員達が驚いていたのは八歳の子供が水の魔術を使っていたことに対して驚いていただけだった。結局水で商売をすることはできず、お金を稼ぐ手段には至らなかった。だが、代わりにこの世界の新たな知識を得ることができた。
水の魔術でお金を稼ぐことはできなかったが、八歳の子供が魔術を使えることを知った船員の何人かが魔術を教えて欲しいと頼んできた。受講料を貰おうとしたがそこは大人の強かさがあり、お金の代わりに船の知識や世界の地理について教えてくれた。村では得られなかった知識なので俺は情報交換と言う形で承認した。
船の知識については面白かった。この船は帆船で地球のキャラック船に分類される。大航海時代に活躍した船に乗れたのは少し感動した。この船は貿易船であるため主に積荷を運ぶため大陸を移動している。今は西大陸の沿岸を移動しているが、次の港で荷物を積んだら東大陸に向かうことになっている。
大陸。この世界は英語の小文字の「n」と似た形の大陸が一つあり、三つの名称に分けられている。俺がいる陸地は西側にあるので西大陸と呼ばれ、反対側にある陸地が東大陸と呼ばれる。東と西を繋ぐ北の陸地は北大陸と呼ばれ大陸は三つの名称で呼ばれている。
海は大陸の真ん中と外側で分けて呼ばれており、大陸の中にある海は内海。大陸の外側にある海は外海と呼ばれている。外海から先には他の大陸があるのでなく、何もない空間になっていて世界は円盤状になっているとこの世界の人達は信じている。
(古代ギリシアの世界観と一緒だな。地球の知識から考えると別の大陸があると思うがそれは早合点だ。本当に何もなく海が広がっているだけかもしれない)
この世界の地理に関してはそれ以上は深く追求することはやめた。代わりに西大陸と東大陸、そして北大陸について船員達に詳しく聞いた。
西大陸。主に人族の国が存在しており、王国、帝国、聖国が存在している。人族以外の人種も数多く生活しておりコミュニティが形成されている。国としての大きさはないけれど自治権が認められているため、人族の国とは良好な関係を築いている。
北大陸。北大陸の東側が獣族の国があり、西側が蟲族の国がある。獣族と蟲族はそれぞれ巨大国家の一つがあるだけで、人族の国のように別れていない。両国は隣同士にあるが交易などは殆どなく、両国に住んでいる人族が交易をしているだけだ。
東大陸。この大陸には龍族と魔族が多く住んでいるけれど国はない。大きな都市は幾つかあるが、龍族と魔族の領主はその地域を治めるだけで国としては規模はない。これは龍族と魔族の特性によるところが大きいからだ。
俺はその他にも船員から海の生き物についてやこれから向かう東大陸のことなどいろいろ教えて貰った。
それから一ヶ月後、船は西大陸から少しずつ離れていった。
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