お風呂!
レイラに特殊な才能が判った数日後。俺の家でレイラと俺は母さんから魔術の講義を受けていた。父さんと村長さん達が話し合い、レイラは昼間は母さんから魔術の基礎を習うことになった。このままレイラが魔素に関してに何も知らないと暴走する危険性がある。それを防ぐにはレイラに魔素の扱いを覚えて貰うのが必要だ。
レイラはことの重要さを理解はしていないが、俺の家にくることができるようになって喜んで講義を受けている。ちなみにレイラの送り向かいは父さんがしている。
「以上が魔素についての説明だけど、レイラちゃんは魔素について判ったかな?」
「よく判んない」
「そっか……」
復習もかねて俺も隣で聞いていたが母さんの説明はとても判り易い。だが、四歳児のレイラには難しいようだ。レイラは理論派というよりも感覚派に近いのでレイラの判るように説明と手本をみせることにした。
「レイラ、魔素は前にレイラが言っていたキラキラのことだよ」
「キラキラ?」
「そう、キラキラ。キラキラをいっぱい集めることでいろいろなことができるんだ」
「どんなこと?」
「火をつけたり、速く走れたりすることができるよ」
「他には?」
「温かい水が作れる」
俺は水の魔術を発動させた。俺の右手に集まった水はコップ一杯に満たないが温かく熱せられていた。水をお湯にするには火で温めるのが常識だ。だが、前世の知識を持つ俺はそんなことをしなくてもお湯ができる方法を知っている。
電子レンジ。マイクロ波で粒子(分子や原子など)を振動させることで水は温まる。マイクロ波まで再現するのは俺の知識では無理だが、魔術で集めた水を振動させることはできた。振動した水は熱湯にはならなかったが、熱めのお風呂程度には温まった。
「温かい」
俺の作ったお湯に触れたレイラは嬉しそうだ。そうだろう、そうだろう。俺は魔術を使えるようになってから如何にしてお湯を簡単に作れるか模索していた。
この村は山から流れてくる川の水と地下水が豊富にあり、井戸からは綺麗な水が取れる。なので農作業用などの用水と生活用の水を確保するのは問題ない。問題なのは薪だ。
お湯を湧かすには薪が必要になるのだが薪は貴重だ。一つの家庭で使える薪の量は決まっており、山で木を勝手に切るのは罪になる。そのため身体を洗うのは濡れた布で拭くか、川で沐浴をするしかない。家でシャワーが使え、気軽に銭湯を利用していた現代っ子の俺にとってはかなり辛い。異世界転生をして一番切迫したのは風呂事情だ。
だから、魔術を覚えてからは水を温めることを模索していた。その結果、水を操作してお湯を作れる魔術を開発することができた。
最初は火の魔術で温めることも考えたが以外と調整が難しい。水の量に対して火の魔術の適量と言うのが判らない。火の魔術はそもそも加減が難しく、弱くすると水は温まらないし、強くすると水が蒸発してしまう。
試行錯誤した結果、水を操りお湯を作るのが一番効率がよかった。
「レイラもやってみたい!」
「じゃあ、母さんの言うことをよく聞いて魔素について学ぼうね」
「うん」
レイラはそう言うと自分なりに母さんの講義を理解しようと努めた。その甲斐あってレイラは魔素についての知識を得ることができ、僅かだが魔力を扱うことができるようになった。
「いい湯だなっ」
思わず歌ってしまいそうになるほどお湯が気持ちいい。庭の片隅に作った露天風呂は俺が思った以上のデキに仕上がった。母さん達は土遊びの延長だと思っていたが、みんなを驚かすために秘密でお風呂を作ったのだ。
浴槽は家の本棚にゴーレムを作る方法が書かれておりその技術を応用した。最初は土を固め水を張ったのだが土と混ざり、泥になってしまった。泥にならないように試行錯誤した結果、ゴーレムの魔術を利用することで成功した。苦労して作った露天風呂がようやく完成して俺は早速風呂に入った。魔術の力で水を溜めて、お湯になるように操作した。
水を溜めお湯にするのはかなりの魔力が必要だった。子供である俺は魔力が少ないため、二つの作業を同時に行うことができない。お昼前に水を溜めて夕方近くまで休んでようやくお風呂を沸かすことができた。
(お湯を沸かしたら魔力が殆どなくなった。毎日お風呂を沸かすのは無理か)
魔力は時間がたつと回復するがテレビゲームのように一日で回復はしない。個人差もあるが魔力を使い切ると全快になるまで二、三日はかかる。
今の俺の魔力総量を十とした場合、水を溜めるのに五、お湯を沸かすのに六から七の魔力が必要になる。一日で回復する魔力が五弱なので毎日お風呂に入るには今の倍の魔力総量が必要だ。
「アース様、何をしているのですか?」
俺が風呂を堪能しているとサティさんが声をかけてきた。サティさんの声が少し震えている気がするが俺は気にせず風呂を作ったことを告げた。
「お風呂を作ったんだ。温かくて気持ちいいよ」
俺がそう言うとサティさんが近づいて恐る恐る風呂水に手を触れた。
「!?」
風呂水に手を触れたサティさんは驚いた顔をすると一目散に家に戻っていった。
(どうしたんだろう?)
俺が首をかしげ困惑しているとサティさんが母さんの手を引っ張りながら戻ってきた。
「奥様、お風呂です! お風呂です。アース様がお風呂を作ったんです!」
母さんを連れてきたサティさんは大声で風呂を指さした。普段大人しいサティさんが大声を出して取り乱すのを始めてみた。
「お風呂?」
母さんも俺が浸かっている風呂水に手を入れる。
「こ、これは」
風呂水に触れると母さんが先ほどのサティさんと同じように驚愕する。
「サティ」
「奥様」
「サティ!」
「奥様!」
「入るわよ!」
「はい!」
母さんとサティさんがいきなり服を脱いだ。恥じらいや躊躇などは一切なく清々しいほど一気に服を脱いだ。二人の行動に俺の方が恥ずかしくなり背を向けた。
「はぁー、いいお湯」
「丁度いい湯加減です」
服を脱いだ母さんとサティさんは湯に浸かり心の底から満足した声を出す。
「まさか自宅でお風呂に入れるなんて思わなかったわ」
「一般人が入れるのは街にある公共施設のお風呂だけですから贅沢です」
「本当よね」
母さんとサティさんは楽しく会話を始め、風呂を満喫している。満足して貰えて嬉しいのだが、俺はとてつもなく居心地が悪い状況になった。母さんは子供を三人産んだとは思えないほどプロポーションがいい。成人男性なら誰しも欲情してしまうだろう。
サティさんも意外と凄い。着痩せするタイプのようで脱いだら意外と凄いことが判った。二人に対して邪な気持ちはないが、裸の女性とお風呂に入るのはとてつもなく気まずい。
「アースもこっちにいらっしゃい」
「うひゃ」
母さんが後ろから俺を抱き上げた。俺は抵抗することもできず母さんに抱きかかえられた。母さんの胸の谷間に俺の後頭部が入り、正面にはサティさんが嬉しそうに微笑んでいる。
「アース様、どうかされました」
「どうもしてない。母さんとサティさんがいきなり入ってきたから驚いたの! それよりジーク達は面倒をみなくていいの!」
母さんとサティさんの裸を意識しているとは言えず、俺はジーク達のことを聞いた。
「ジークとフラン様、クリス様はちょうど寝たところです。暫くは起きませんので、ゆっくりお風呂に入る時間はあります」
「そ、そうなんだ。それでお風呂は気に入って貰えたかな?」
「気に入ったわよ。湯加減もちょうどいいし、お母さんは大満足です。どうやってお水を湧かしたの? 火の魔術を使ったの?」
「水の魔術だけだよ。水を操作して発熱させるんだ」
俺は母さんに抱かれながら水を温める魔術を使用しながら説明した。
「確かに水がとても小さく激しく動いているわ。こんなことで水がお湯になるなんて知らなかったわ」
「これなら母さんもできるでしょう」
理屈は判らなくても魔術に見て触れることで母さんは魔術の構成や流れを理解した。母さんは理論派の魔術師だが、直感や感性も優れているので理解してくれると思う。
「確かにアースが手本を見せてくれたから心象がし易いわ。これなら私でもできる」
「奥様、それは本当ですか!」
「ええ、だからこれで毎日お風呂に入れるわ」
「嬉しいです」
サティさんが感極まって俺を正面から抱きしめた。前方にサティさんの胸の谷間。後方は母さんの胸の谷間。俺は二つ谷間に挟まれて一気に頭に血が上り、お風呂で身体が暖まっているせいもあるのか俺の意識はそこで途切れた。
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アース様がお風呂を作りました!
最近は家の庭で土遊びをしているのかと思っていたらお風呂を作っていました。大人四人が脚を伸ばせるほどの大きさで、土の魔術で浴槽を作ってあるため土が泥になりません。パシィー様曰くゴーレムを作る技術を応用して作ったようです。
ゴーレムの魔術はパシィー様の本棚にあるので、それをアース様は独学で取得したのです。ゴーレムの魔術は難しい魔術ではないようですが、魔術を生活に活かすことにパシィー様は驚いていました。普通の魔術師は魔物を倒すことや戦争に使うために開発、研究されています。なので一般生活に役立つ魔術は少ないようです。
アース様は子供故に発想が自由で、身の回りを便利にすることに思考が働くようです。水をお湯にする魔術やゴーレムの魔術で浴槽を作るのは生活魔術とパシィー様は名付け、お風呂の中で嬉しそうに話していました。
人を害するのではなく、生活を豊かにするために魔術を使う発想がパシィー様は何よりも嬉しかったようです。パシィー様はもっとアース様を褒めたかったようですが、アース様は先ほど湯あたりになり今は家で休んでいます。まだ子供なのに魔術を使い過ぎたことと長湯が原因のようです。
年の割には大人びていますが、時々子供らしい一面を見せるアース様は本当にお可愛いです。アース様が家で休んでいる間、私はパシィー様はお風呂をどのように使うか話し会いました。花や香草などをお風呂に入れたり、果物を入れたりといろいろ話しました。
お風呂での会話が楽しすぎて私達は長湯をしてしまいました。そして、私とパシィー様はお風呂を出るとあることに気が付きました。勢いでお風呂に入ってしまったため、タオルや着替えを持ってこなかったことに今更気が付きました。
アース様はきちんとタオルや着替えを用意していたのに大人の私達が子供のようにはしゃいでしまい、大人としての示しが全くできていません。自分達のうかつな行動にパシィー様と顔を見合わせて笑ってしまいました。
「何で裸のままなの!」
着替えがないので裸のまま家に戻るとアース様に怒られました。当然です。普段は裸で彷徨くルーファス様を注意しているのにこれでは示しがつきません。私達はアース様に謝りながら自室に戻って着替えをしました。長湯したせいで身体はまだ火照っています。台所に戻ってお水を飲もうとしたらアース様が飲み物を用意していました。
「アース様、これは?」
「牛の乳を冷やした。お風呂上がりにはコレがいいと思う」
アース様が用意したジョッキには牛の乳が注がれ、私とパシィー様の分が用意されていました。
「あ、美味しいです」
「牛の乳を冷やしただけなのに美味しいわ。牛の乳を冷やしたのもアースの魔術?」
「うん、冷気を生み出して冷やした。牛の乳は冷やすだけじゃなくて好きな果物の果汁を入れるともっと美味しくなる」
アース様に言われ私はオレンジの実を半分に切り絞ってみました。オレンジの甘さと酸味が冷えた牛の乳と混ざってとても美味しいです。ただの牛の乳がこんなにも美味しくなるなんて。私はアース様の底知れない発想に感動しました。
「アース様は凄いです。これは商売になりますよ!」
村の人の多くは農業を営んでいます。肉体労働のために身体を休める場所を欲している筈です。お風呂があれば一日の身体の汚れと疲れを湯で流すことができます。
村の人口はおよそ五百人で半分以上が利用すれば採算が取れると私はアース様に力説しました。アース様は皆が利用できる大浴場を管理するだけの魔力がまだないと言って苦笑いを浮かべていました。確かに今はそうですがアース様が立派に成長なさればきっと実現できると私は確信しています。
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