孤独?
新年あけましておめでとうございます。
2022年は良い年になるように願いをこめて、異世界転生~故郷を訪ねて三千里? 家族と会うために異世界を冒険します~を投稿します。
15話分を毎日投稿しますのでお楽しみください。
天涯孤独。
漢字にすれば四文字のありふれた言葉だけれどその言葉の本当の意味を知る人は少ないと思う。大抵の人は子供の頃は親の元で育てられ大人になれば恋人を作り結婚して家庭を持つ。普段は意識していないが親や子、兄弟の血の繋がりは尊い物だと俺は思う。
俺はその血の繋がりを一度も感じたことがない。
物心がついたときには施設にいた。俺は生まれてすぐに施設の前に捨てられていたらしい。らしいと言うのは俺を拾った職員が既にこの世にいないからだ。俺を拾った職員は俺が物心つく前に病死したため、職員が書いた記録でしか当時のことは判らない。
周りの子供は俺と同じように親に捨てられたか家庭の事情でこの施設に預けられた。預けられたと言えば聞こえはいいが実際は捨てられたと感じている子供が多くいた。経済的な理由なのかそれとも両親が不慮の事故や病死したのかは判らないが、一般的な家庭で育つことができない子供はどうしてもそう感じてしまう。
施設の子供達とは親がいない境遇なので互いのことを兄弟と思いながら一緒に遊び、学び、共に成長していった。成長する過程で喧嘩もしたことがあるが俺にとってはそれも今ではいい思い出だ。
学校はそれなりに楽しかった。周りの子供には親がいるのでそれを羨ましいと思ったことは何度かあった。だが、中には育児放棄や親からの虐待を受けていた子供もいた。クラスに一人か二人はそう言う子供がいて彼ら、彼女らを見ると自分はまだマシなのかとも思った。
俺が育った施設の大人達は優しく、ときには厳しいときもあったが理不尽な暴力や暴言をすることはなかった。食事も三食与えられ、清潔な服も住むところもあった。さすがにゲームなどの高額なおもちゃやスマートフォンや携帯電話は与えられることはなかった。それらは純粋に羨ましかった。
だから、高校に入学した際にバイトを始めてスマートフォンを買った。最新の機種を周りに自慢して下の子供達には羨ましがられた。バイト代で月々の契約料金を払い残りは貯金した。勉強もそれなりに頑張った。成績が一定基準以下だとバイトが取消しになるし、なによりも高校卒業後の進路に影響する。
施設の子供は大体が高校を卒業すると就職する。成績が優秀な子供は自分で奨学金制度を利用して大学まで行く。俺は成績は上の下だったので大学に行くよりも就職することを選んだ。担任の教師は大学に進学することを進めたが、運良く地元の有名企業に就職が決まった。
配属先は製造部門だった。製造部門ではあたら得られた工程に従って部品を作り組み立てる。以外にもその作業は俺には合っており仕事は楽しかった。上司や先輩達も良い人で多く、中には俺の境遇を知っている人もいるので世話を焼いてくれた。
思えばその頃が一番楽しかった。自分で稼いだ金で生活できる充実感が得られていた。会社に寮があったために新入社員の給料でもそれなりにいい暮らしができた。好きな食べ物を買い、興味のあったスポーツや少旅行もすることもできた。
就職して二年後に迎えた成人式では自分の給料で買ったスーツで出席した。小中高の友達と再会して近況の話をした。成人したので友達と居酒屋に行き酒も飲んだ。仕事や趣味の話、恋愛や恋人の話をした。俺に恋人がいないと言うと何人かの友達が合コンをすると言い始めた。合コンする日を決めて連絡先を交換した。その日は解散となったがとても楽しい一日だった。
俺は天涯孤独だったが決して寂しい人生ではなかった。むしろ楽しい人生だったと最後はそう思えた。
その日は雨だった。成人式が終わって数日後の平日でいつものように会社から帰り道で俺の短い人生は終わった。
横断歩道で信号待ちをしているとき俺の隣に母親とその娘が並んだ。娘は赤い長靴に黄色い傘を嬉しそうに身につけていた。信号待ちをしている間、母親と娘は父親と一緒に食べる夕食の献立を話していた。母娘の幸せそうな姿を見ていると俺も幸せな気分になってきた。
いつか俺もこんな家庭を持つことができればいいと思った。けれど、それは叶わない夢となった。
信号が青になり娘が母親より先に横断ほどを渡ろうとした。そのとき、車のクラクションが鳴り響いた。俺は音のする方を向くと大型トラックが突っ込んできた。娘はクラクションに驚き棒立ちになり、母親の悲鳴が聞こえた。
次の瞬間、俺は女の子を突き飛ばしていた。女の子は突き飛ばした俺を驚いた顔で見ていた。俺は女の子が助かることを祈って全力で女の子を突き飛ばし、そして身体に衝撃が走った。目の前が真っ暗になり俺の身体は木の葉のように宙を飛んだ。
トラックに引かれたのに不思議と痛みはなかった。地面にぶつかっても痛みはなく、変わりに全身が動かなかった。指先すら動かすことはできず、視界が徐々に赤くなっていった。誰かの悲鳴が耳に届くが首も動かない。ただ地面の冷たさと視界が赤くなることだけは判っていた。
「お、お兄ちゃん……」
女の子の声が聞こえた。目を動かすと尻もちをついた格好の女の子が目に映った。女の子が引かれた様子はなかったので無事にだと確認した。それは俺の思い込みかもしれないが死ぬ直前に人を助けることができたのだ。家庭を持つ夢は叶わなかったが、一つの家庭を、一つの命を守ることができた。
そう思うと俺の意識は急に遠ざかっていった。短い人生だったが、不思議と後悔はない。親はいないため天涯孤独だったが優しい大人に育てられた。友人にも恵まれ、社会に出ていても周りの人達は尊敬できる人が多かった。
だが、もし来世があるなら一つだけ願いを叶えて欲しい。
「来世があるなら家族が欲しいな」
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