第8話 武器商人、始動!
「アカツキさん。私、他のもっと強いパーティーにいきますね」
エルフィは冷たく言い放つと、アカツキに背を向けてどこか遠くへ歩き出してしまう。
「ワタシも抜けるわ。だって、アナタ弱いんだもの。じゃあね」
バレイシアまでもがひらひらと手を振り、アカツキの元をさる。最後に向けられた猛禽の様な金色の瞳には、蔑む様な色が色濃く浮かんでいた。
「ま、待ってくれ!」
二人の背中を追おうとするアカツキだが、足元が急激にぬかるみ沈んでしまう。次第に体が言う事を聞かなくなり、無明の闇へと落ちていく。伸ばした手が何かを掴む事などなく、虚空をきった。
……。
…………。
「アカツキさん、起きてください! 大丈夫ですか!?」
体を揺さぶられ、アカツキの意識が覚醒する。どうやら寝ていたらしい。先ほどまで見ていたものは夢だ。気が付けば全身にじっとりとした嫌な汗の感触があった。
「……? あぁ、クソ。嫌な夢をみた。」
「おはようございます! アカツキさん凄くうなされてましたよ」
眼前のエルフィが心配そうにアカツキの顔をのぞき込んでくる。ゴールドピンクの艶やかな髪がさらりと流れ、差し込んでくる太陽の光を反射して煌めいた。獣人族特有の大きな獣耳が萎れている。本当に心配してくれていたみたいだ。
「ごめん、心配かけた。俺は大丈夫。……そうだよな、お前らがあんな事を言うはずがない」
短い付き合いではあるが、あの二人は前のパーティーメンバーとは違う。二人ともアカツキの野望を聞いて笑わなかったのだから、それだけでも信頼に値する。アカツキは頭を振って忌々しい悪夢を振り払った。
「はっ、次はバレイシアさんを起こさないと……! すいませんアカツキさん、出発の準備しといてくださいね!」
エルフィはにこやかに笑うと、踵を返してバレイシアの方へと歩み寄る。アカツキは微睡に耽る頭を何とか動かして、昨日の事を思い出す。
海底ダンジョンから取れる物を全て回収したアカツキ達は、息を切らせながら大量の荷物を抱えて街へと戻った。財宝は全て換金し、アカツキは自分の取り分を武器商人の活動に必要なものへ投資した。その後は宿を借りての宴会だった。そこからの記憶はない。
そういえばと、今日は隣国を目指しての出発と二人に伝えていたのを思い出す。エルフィに言われるまで、アカツキ自身も忘れていた。馬車で三日はかかる旅路だ。まだ食料の買い込みがまだだ。
外出の支度を終えたアカツキは街へと繰り出す。旅の足は確保してあるし、売り物も揃えた。後は食料だけだが、三人で三日分ともなると買う物は考えなければいけない。
それに、アカツキには隣国へと移る前に一つ試したい事があった。
アカツキがふらりと訪れたのはエルフィと出会った武器屋だった。ドアベルの歓迎を受けつつ進む。アカツキは携えた革袋を店主の待つカウンターへと置いた。
「こいつを買ってくれるなら幾らになるか見てもらえないか?」
「お? 何だいあんちゃん鍛冶師か? あー、そういえば、ちょいと前に見た顔だな」
「記憶力が良いんだな」
「まぁな、客商売長くやってるだけあって、人の顔を覚えるのは得意だぜ。よぉし、見せてみな!」
スキンヘッドの男は豪快に笑うと、快くアカツキの申し出を受け入れてくれた。店主は革袋から剣を取り出し、鑑定を始める。
「ほぉ……、上物だな。良く斬れそうだ。刀身も美しく磨かれている。しかも、このクオリティを五本も用意して来やがったのか、大したもんだ! あんちゃん、その歳でかなりの腕だな!」
どうやら、武器屋の店主のお眼鏡にかなったらしい。店主は大喜びでアカツキが作った鉄の剣をカウンターに並べ、何度も深く頷いた。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。あんたなら幾らで買う?」
アカツキの質問に店主はうなる。丸太の様に太い腕を組み、しばらく思考に耽った後、ようやく口を開いた。
「仕入れ値は一本十万だ。それを十五万で売る。アイアンソードの相場よりちょいと高いが、これなら売れるだろうさ。どうだい、売る気は?」
「正直だな」
アカツキは店に並んだ実際の商品の値札に視線を巡らせる。園主は嘘を言っていないのは、その値札を見れば確かにわかる。相場は十三万だ。店主の言葉は、アカツキを良質な商売相手と見込んでのものらしい。
「まぁな。商売ってのは、利益よりも信用を大切にした方が上手くいくもんさ。あんちゃんも商人なら覚えておいて損はない言葉だ。それで、売るのか?」
「あぁ、良い取引だ。よろしく頼む。それで、ものは相談なんだが、俺はこれから隣国のロクムスに行こうと思ってるんだ。同業者の紹介とかしてもらえないか?」
「おぉ、ロクムスか! 俺の弟が防具屋をやってんだ! あんちゃん甲冑も打てる口かい?」
店主の言葉にアカツキは頷いてみせた。前のパーティーでもそれなりに防具の整備はやってきた。できるはずだ。
「専門は武器だが、やってみせる」
「そうかい! じゃあ、悪いがついでに弟への届け物も頼んで良いか?」
「あぁ、お安い御用だ。助かるよ!」
「良しきた。そんじゃあ、ちょいと手紙をしたためてやる。荷物も持ってくるから少し待っててくれ」
店主はカウンターの奥へと引っ込んだ。今のやり取りを経て、アカツキは一つの案を思いついた。素材探しのために街から街へ、国から国へと旅をしながらの行商だ。運び屋も兼ねてみるのも良いかもしれない。
「おう、待たせたな! これが荷物と手紙だ」
店主に渡されたのは小包が一つと、添えられた便箋だ。書類には丁寧に封蝋まで押されており、店主の真摯さが窺えた。
「ロクムスに着いたらドンティという男を訪ねな。防具屋と言えばそれなりに名の通った店だから、すぐにわかるさ」
「おう、ありがとう。これも何かの縁だ、あんたの名前も聞いて良いか? 俺はアカツキだ」
「ドッジィだ、また会えばよろしくな、アカツキの兄ちゃん!」
アカツキは店主と拳を突き合わせて絆を結んだ。革袋に預かった荷物とシルバーを収納して、アカツキは武器屋を去った。