第7話 〝アナライズ〟覚醒
海岸の洞窟の地下奥深くに隠されていたダンジョン。そこは青白いタイルで舗装され、紫の炎が照らす不気味な場所だった。細い通路の脇には排水用の溝が走っており、海底にあるのか天井からは水滴が滴り落ちる。
ダンジョンの至るところに騎士の石像が設置されていた。アカツキ達が近づけば瞳を紅く輝かせて襲い掛かってくるのだが、エルフィとバレイシアの二人の手で悉く破壊されていく。
「これで最後。まぁ、相手が悪いわね」
最後の一体を破壊したバレイシアが溜息を零した。流石に疲労が溜まってきたのかと思えば、ただ同じ相手に飽きただけのようだ。つまらなさそうに戦斧を担ぎ直し、衣服についた埃を払う。
「ここが最奥部でしょうか? 思ったよりも狭かったですね」
最後の扉を開き、三人は大広間へと歩みを進める。
ガラス張りの天井は高く、海の青い光が降り注いでくる。円形の大広間を囲む様にアカツキの三倍はある巨躯の騎士が佇む。十の騎士の視線の先には祭壇らしき壇がある。
祭壇には大剣が突き立っていたが、刀身は風化し錆びだらけだ。刃こぼれも酷く、まともに使える武器ではない事だけは確かだろう。それ以外にはこの広間にはなく、先もない。ここが終着点で間違いなかった。
「うーん、お宝ないじゃない。しけたダンジョンねぇ。まっ、少しは楽しめそうだから、それはそれで良いんだけど……!」
来訪者に警笛を鳴らしたのか、守る宝物などないはずなのに騎士達が一斉に動き始めた。それぞれが違う得物を構え、じりじりとにじり寄ってくる。
「バレイシアさん、これはちょっと骨が折れそうですよ!」
騎士達が放つ今までの敵になかった威圧感を感じ取り、エルフィが叫んだ。バレイシアも頷くと真剣そうに大戦斧を構えた。
「なぁ、お前ら。俺はあの大剣を調べても良いか!?」
二人の間を抜け、アカツキは中央の錆びた大剣目掛けて走り出す。その進路を塞ぐ様に騎士が襲いかかってくるものの、エルフィが代わりに敵の攻撃を受けた。
「アカツキさん、敵は私達にお任せください!」
「悪い!」
騎士達の狙いは全て祭壇へと向かって走るアカツキだ。襲い掛かる攻撃の手をエルフィとバレイシアの二人が息を合わせて撃ち返す。アカツキは完全に防御を捨て、二人の力を信じてひたすらに走った。
「何故俺を狙う? やはりあの剣がこのダンジョンの秘宝なのか……?」
錆びた大剣へと辿りついたアカツキは、脇目も振らずに持ち手を掴んだ。
そして──、
「〝アナライズ〟ッ!!」
アカツキのもう一つのスキル、〝アナライズ〟を使った。これは武器や防具の素材を解析するスキルだ。例え錆びて使えなくても武器は武器。もしもこの大剣がレリックアイテムの成れの果てだとすれば、素材を解析するだけでもアカツキの目標の手助けになる。判明した素材を集める事に成功すれば、レリックアイテムの作成も可能かもしれない。
「これは、オリハルコン……? 聞いた事ないぞ、そんな素材。金属か? それに……、なんだコレはっ!」
明かされた正体不明の素材と共に、アカツキの脳裏に謎の景色が流れ込んでくる。数多の戦場、慟哭する兵士、そして謎の人物の生き様。その人物がこの大剣の持ち主である事は、なんとなく理解できた。一瞬にしてアカツキの心に膨大な記憶が焼き付けられる。
「ちょっと、アカツキ! 様子がおかしいけど、大丈夫!?」
圧倒的な情報の奔流にアカツキの脳が焼き切れる寸前になる。激しい頭痛と引き換えに、アカツキに芽生える確かな感触。それは、かつてこの大剣と共に戦い抜いた剛剣使いの剣技だ。全身に帯びる熱が確かな感触として残っている。
アカツキは錆びた大剣を引き抜くと、眼前に構えた。重いが振り抜けない程ではない。何よりも、この大剣の扱い方をアカツキは知っている。
〝アナライズ〟はただの素材を解析するスキルではなかったのだ。使い込まれた武器に宿る使い手の記憶。それを読み取り、使い手の技を自分のものとするスキルだったのだ。今までアカツキが生きてきた環境では、アナライズの真価など発揮されるはずもなかった。
「大丈夫だ、問題ない。それより、俺にも戦わせてくれないか?」
「構わないけど、こいつら思ったよりやるわ。無理するんじゃないわよ!」
十体いた騎士の内、七体は既に土塊となっていたが、いまだに交戦中だ。バレイシアが二体の猛攻を一人で裁き、エルフィは真剣勝負の真っただ中だ。しかし、二人とも片手に鉄の剣が詰まった革袋を携えているとは思えない目覚ましい戦いぶりだ。
「俺だって役に立ちたいんだ。借りるぜお前の技ッ!」
記憶に焼き付いた剛健使いの技は、すでにアカツキのものだ。呼吸を整え、体験を下段に構えて敵を見据える。もう後は実践するだけだ。
アカツキが地面を蹴った。遠心力の力を借りて、弧を描く様に大剣を振り抜く。バレイシアを襲おうとした騎士の一体を捉え、壁まで吹き飛ばした。騎士も咄嗟に得物で防いだが、アカツキの重撃の威力は殺せなかった。
「へぇ、やるじゃない。アナタ、自分は役立たずなんて言っていたけど、謙遜だったのね?」
アカツキに続く様にしてバレイシアが戦斧でもう一体の騎士を打ち砕いた。離れた場所で戦っていたエルフィも決着をつけたらしい。両断されて崩れ落ちる騎士が見えた。
「そんな事ねぇよ、見ての通りだ」
巨躯の騎士を弾き飛ばしてみせたアカツキだったが、大剣を完全に我が物とできるほど身体が出来上がっていないため、大剣に振り回されて尻餅をついてしまった。アナライズでせっかく技を獲得したとしても、完全に模倣しきるには地力が足りていない。光明は見えたが課題が残る結果だ。
「でも、良い顔になったじゃない。卑屈にしてるよりも、ずっと良いわ」
バレイシアは戦斧を地面に突き立ててから、にししと笑って手を差し出してくる。
「そうかもな。そういや、この大剣が宝物で間違いなかったぞ。こいつは朽ち果てたレリックアイテムだった」
「そうなの? じゃあ、来た甲斐があったわね。ワタシはキラキラしたお宝が好きだから、欲しかったらそれはアカツキが貰っていいわよ」
「本当か?」
「えぇ。でも残念ねぇ、金銀財宝を期待してたのに……」
そう言ってバレイシアは本気で落ち込みだした。確かに、バレイシアにとっては無駄足だったかもしれない。アカツキは気の毒になって、大剣の持ち主の記憶を手繰り寄せてみる。
「あー、待てバレイシア。財宝、あるかもしれない。あの祭壇だがずらせるぞ。たぶん、その下にある」
剛健使いの記憶の端に、この場所の景色もあった。ちゃっかり財宝も隠していた。ただ、どんな想いでこの場所を築き、愛剣を突き立てたのかは定かではない。
アカツキの言葉通り、祭壇は押せば簡単に動いた。人が一人収まる程度のスペースには、大量の金貨と宝石が詰まっていた。まるでこのダンジョンを踏破したもののために用意した報酬だ。
「ステキ! キラキラの次くらいにはアナタの事愛してるわ、山分けよ!」
財宝の換金価値は凄まじい。それだけの資金があれば、アカツキの計画も軌道になるはずだ。謎の素材オリハルコンの解明、アカツキ自身の身体能力向上など、課題は山積みとなったがダンジョン攻略は実りあるものとなった。