第3話 スキル〝武具製造〟
人は誰しもスキルを持って生まれてくる。そのスキルの優劣が冒険者としての強さに直結する。戦闘に役立つ強力なスキルであれば、名声も欲しいままだろう。
であれば、そのスキルが平凡で取り立てる程でもなかった場合、どうなるか? 結論からいって、どうにもならない。スキルは完全に先天的なものだからだ。
だから、人は後天的にスキルを付与できる唯一の手段、〝レリックアイテム〟を求める。レリックアイテムとは現在の文明では製造不可能な最高クラスにレアな武器や防具、または装飾品の事を指す。レリックアイテムは所有者にスキルを与えるという絶大な効果を持ち、その希少性から一億シルバーの値が付く事もある。
アカツキのスキル〝武具製造〟は素材を集め武器を錬成するスキルだ。そして、スキルによって錬成した武器にはスキルが付くという破格の効力を持つ。レリックアイテムに遠く及ばないお粗末なフィジカルアップのスキルがほとんどだが、最後に錬成した武器には今までと違った強めのスキルが付与されていた。
つまり、使用する素材のレアリティによっては、強力なスキルの付与された武器が錬成される可能性があるという事だ。
「という訳だ。なので、このミスリルソードにも〝フィジカルアップ〟と〝アンチマジック〟のスキルが付与された。ちなみに、普通のミスリルソードにはアンチマジックなんて高等なスキルは付かないからな。それと、剣の事は口外はするなよ」
ミスリルは鉄よりも軽い上に強度と柔軟性が高く、おまけに魔法系スキルに対しての一定の耐性がある。だが、その耐魔性はあくまでもお守り程度だ。〝アンチマジック〟などという魔法系スキルを直接どうこうできる強力なスキルは付与されない。
銀よりも少し青みがかった刀身を天に翳し、鏡面の様な剣の腹に移り込んだ空を見る。それから、アカツキは満足いく仕上がりに錬成されたミスリルソードをエルフィに手渡した。
「わぁ! 綺麗な剣ですね~! ちょっと素振りしてみても良いですか!?」
ミスリルソードを受け取ったエルフィはにこやかに表情を弾ませる。剣を片手に取ると一呼吸置いて、先ほど待てとは別人と見間違う程の真剣な瞳に顔つきになった。
「ふぅ……、──やぁっ! えいっ!」
可愛い声音とは裏腹に、振るわれたエルフィの剣裁きは凄まじいものだった。彼女が剣を振るえば刀身が消え、リィンと鋭い風切り音が鳴り響く。銀色の剣閃が折り重なる様に幾度も閃き、虚空に描かれた美しき斬撃がピタリと止めば、遅れて微風がアカツキの頬を撫でた。
「エルフィ、お前凄いな! 本当に剣聖なんだな!!」
舞う様にして繰り出される鋭利な斬撃の数々に、アカツキは思わず感嘆の声を上げた。〝元〟ではあるが、これが教国の最強の騎士の実力。今まで共に戦場を駆けたパーティーメンバー達の動きが児戯にさえ思えた。
「わぁっ、そこまで褒められてしまうと何だか照れくさいですね、えへへ」
エルフィは剣を一度振り抜き、くるりと回して腰の吊革に下げた鞘に納めた。
「いや、マジで凄いよ。正直、お前がここまでやる奴だとは思わなかった。そこまで強いなら俺なんか戦わなくてもサファイアドラゴンの一体や二体余裕そうだな」
「ふふん、この剣聖エルフィにお任せください!」
そこそこ豊かな胸を張りながらドヤ顔を披露するエルフィ。おだてれば木にも登りそうだ。
「そうだ。説明が遅れて悪いんだけど、俺戦闘はからっきしなんだ。あんま役には立てないと思う、ごめん」
「何故アカツキさんが謝るのですか? 誰でも得手不得手があるものですよ!」
「……そ、そうか。実は俺、戦闘面で役に立たないからって前のパーティーから蹴られたんだ」
「酷いです! アカツキさんはこんな素敵な剣を作れる凄い人なのに!」
「まぁ、戦えないのは事実だからしょうがない。エルフィが気にしないって言うなら、俺はその好意に甘えるよ」
「はいっ、どうぞ好きなだけ甘えてください! 剣聖の名が伊達ではないという事をとくとご覧に入れましょう! ふん!」
アカツキは全ての事情は話し、それでも問題ないというエルフィに安堵した。前のパーティーの様に遺恨は残したくないからだ。
「よし、じゃあまずは商品を揃えるため、鉄鉱石を採掘しよう。ダンジョンや森の奥地みたいな冒険者じゃないと立ち入りが禁止されている区域に行かずとも、鉄なら取れるはずだ。幸い、この国は鉄が豊富に取れる」
「お手伝いしますよ!」
エルフィはむんと両脇を絞り気合を入れる。
「それでだ、鉄が採れる場所の情報を集めようと思う。ついでに三人目の仲間も探していこう」
「はいっ、了解です!」
「ただし、俺達は文無しだ。出費はなるべく抑える方針で頼むぞ。まずは冒険者ギルドだな。情報とは切っても切れぬ場所だ」
冒険者ギルドは中規模以上の全ての街に存在する。あらゆる国において冒険者への仕事の斡旋、管理を行う中立機関。ギルドは仕事だけではなく、飲食まで扱う。酒も入れば話の一つや二つ零れ落ちるものだ。なので基本的にはどの街でも情報が最も集まる場所とされている。
エルフィの案内によると、この街の冒険者ギルドは中心部にあると言う。街を十字に切り裂くメインストリートの中央に、目的地はあった。外観はただの酒場だが看板にはしっかりとギルドのマークが記されている。
開け放たれた木製の二枚扉を潜ると、赤レンガの壁と暖色の照明が出迎えた。床は木張りで丸テーブルとそれを囲むように幾つもの椅子が並べられている。その席にはコワモテの大男から白いローブを身に纏った少女までが座り、料理や酒と共に談笑に花を咲かせていた。
カウンターには受付嬢、奥には巨大な掲示板があり何やら紙が大量に張り出されている。冒険者であるアカツキには見慣れた光景だが、エルフィは巨大掲示板に目を輝かせていた。
「ここが冒険者ギルドなのですね! 何だか楽しそうな場所です!」
ウキウキした表情であちこちを見回すエルフィにアカツキもつられて頬が緩む。
「なんだ、ギルドは初めてだったか?」
「はい、ここを訪れる前に装備を買い揃える予定だったので」
「……あ、あぁ、そうだったな。じゃあ登録料やるから手続きして来いよ。冒険者として活動するためにはパーティーを組まなきゃいけないってのは話したが、それ以前に冒険者登録が必要だ。ほら」
アカツキはそう言うと財布を取り出し、登録手数料に必要な額をエルフィに渡した。それから巨大掲示板へと歩みを進めた。
「へぇ、最近は賞金首が増えたんだな。こりゃあバウンティーハンター共はかき入れ時だな。ん……?」
アカツキは巨大掲示板に張り出された紙を眺めていると、ふと一つの手配書に目が留まった。
冒険者の仕事といえば大きく分けて二つある。民間人や他の冒険者からの依頼と、行政からの依頼だ。前者の依頼内容は様々だが後者は一つ、討伐だ。その討伐対象には魔物も人も含まれる。手配書に名を連ねるのは、罪を犯し行政の敵に認定された者たちだ。
「なになに……、寄付を称した詐欺? 病気の子供をダシにした情に訴えかける手口で被害多数。エセ神父ローヴァン?」
同じ様な話を少し前に、お人よしの剣聖から聞いた気がするとアカツキは目眩がした。いつかこの賞金首はしばきまわそうと、手配書に描かれた胡散臭そうな男を見ながらアカツキは固く誓う。
それはそれとして、アカツキは掲示板の片隅。白い枠組みで分けられたスペースに張り出された紙に視線を移す。情報掲示板とされるそこは、情報を金で売る場所だ。探し物はもちろん鉄鉱石の情報だ。
「おっ、あったな。……だが五万シルバーか。くそ、これじゃあ明日の食費もままならねぇ」
この情報を得るためには五万シルバーの支払いが必要になる。そうした場合、アカツキの所持金は残り僅か。パーティー追放時の手切れ金と、元々の所持金を合わせてもいよいよ底が見えてきた。