プロローグ5 アナタの名前、教えてほしいの
「はい、ストップ! 離れて離れて〜」
女神の号令。
手を叩く音が合図になったのか、宝箱――ミミックが離れていく。
「お、おい……」
俺の心臓が鳴り止まない。
バクバク……と激しい鼓動が胸に響いている。
「これ……俺をだましたのか?」
「ううん、違うの! この子、アナタを歓迎しようとしたの!」
女神は弁解するも、俺には捕食されかけたようにしか考えられない。
「ほら、よく見て? この子の口の中、花束が入ってるでしょ? 本当は歓迎の印としてアナタにあげようとしたの。けど嬉しすぎたのか、勢いあまって飛びかかっちゃったみたい」
「みたいって……」
半信半疑ながらも、俺は目を凝らしてみる。
確かにミミックの口の中に、色とりどりの花束が姿を見せているのがわかる。
「……で、何で歓迎するんだ? そのミミックが、何で俺に懐くんだ?」
「この子ね、ミークの相棒だったの」
「……は?」
「ミークはずっとね、宝箱に擬態したこのミミックを連れて冒険していたの。もちろん、周りには内緒にして、ね」
何だろう……また呆然としてきたぞ……。
擬態って言ったよな……。
擬態っていうのは確か、虫や動物が身を隠すため、あるいはエモノが近づいて来るのを待つために草木や景色に成りすまそうとする、アレだよな……。
いや、日本のRPGでも見た事はある。
この宝箱がそうだ。
洞窟でアイテムを手に入れようと調べてみると、突如現れるモンスター。
しかも手強い上にこっちを即死させるようなイヤらしい魔法を使ってくる……できれば出会いたくない部類だ。
定番ではあるが……。
まあ、引っかかった俺が言っても締まらない話だが。
それがどうして……内緒にしていたって……?
え、何?
つまりミークって、モンスターを担いで冒険していたって事?
いや、モンスターを仲間にするゲームくらいある、それはいい。問題なのは、そのモンスターの口の中に、仲間たちの荷物を放り込んでいたって事だよな……?
「このミミック、ただのミミックじゃないんです」
俺の疑心暗鬼な態度に気がついたのか、女神がフォローを入れてきた。
「このミミックにはね、『アイテムボックス』っていうスキルがあって、見た目以上に多くの荷物をつめる事ができるの」
「えっ、そうなの?」
「もちろん、取り出しも整理も自由自在。……ちなみにね、この子、サラサラがキライだったの。だからサラサラの荷物だけいつもグチャグチャだったの」
「そ、そうなんだ……。いや、けどそれって、擬態を超えているような……」
「けど宝箱じゃないの。モンスターなの。収納はできるけど、中身はやっぱりモンスターなの」
「そ、そうなんだ……」
意外な真実を知ったところで。
「……クゥゥ〜ン……」
犬のような鳴き声が、ミミックから聞こえてくる。
「この子もね、ミークの死に悲しんでいるの」
「ミークの……」
「ミミックは、ミークが冒険に出て間もない頃から世話をしてもらったの。だからこの子にとって、ミークはかけがえのない存在だったのよ」
「世話をした……この凶暴なのが?」
「ええ。旅を出る前に、ミークはこの子と出会った
。この子はケガをしていて、今にも死にそうだったのをミークが看病したの。それからミミックが彼に懐くようになったのよ」
「鳴き声といい成り行きといい……まるで犬みたいだな」
「そうなの。だからミミックにとっても、ミークの死はとてもやりきれないもの。できる事なら、パーティーから追放された汚名を返してやりたい……そう思っているはずよ」
ミミックが口を閉じている。
女神にそう言われると、本当に悲しんでいるように見えた。
そうだよな……ミークの冒険にずっとついてきたって事は、それだけミークとの付き合いが長かったって事だもんな。荷物持ちとして、時には一緒に戦う相棒として……まさにミークの半身も同然だったんだろうな……。
そう思うと、自分を残して逝ってしまった、取り残されてしまった悲しみが、少しだけ分かる気がする……。
「分かった。ミミックも一緒に連れていけばいいんだな?」
「本当に? 約束してくれるの? ミミックと仲よくしてくれるって」
「ああ、するよ。まだこのミミックについて知らない事ばかりだけど、旅を通じて少しずつ分かっていけばいいさ」
「やったぁ! よかったね、ミミック!」
「――ワンッ! ――ワンッ!」
ミミックが口を開くたび、犬のような吠える声が聞こえてくる。
端から見れば宝箱がパカパカ開いている感じだが、喜んでいるっていうのは伝わってきたよ。
……まあ、口の中から覗いてくる巨大なベロとサメのように無数に生えたキバは正直……怖いけどな。
「それでは、今からアナタを異世界転移します」
するとその時。俺の体が光に包まれ始めたのだ。
これは……そうか。いよいよってヤツだな。
「それじゃあ、もう一度約束して。ミミックを大事にする事。そして……ミークの汚名を返上してあげる事を」
「うん、分かったよ。約束する」
「あ、そうだ! ……最後に」
包まれていく光が輝きを増していく。そんな時に呼び止める、女神の声。
「アナタの名前、教えてほしいの!」
俺か……。
そうだな。最後に自己紹介くらいしておくか。
「俺はミミ久。きたみミミ久だ。よろしくな」
「ぇ、……ぅわ、名前ダサ」
一瞬の逡巡ののち、
「……ええ。よろしくね。行ってらっしゃい」
笑顔で手を振り、俺たちを見送るのだった。
その直後、視界が光に覆われる。何も見えず、体の感覚も無くなっていく。
間もなく転移する合図だな……これが。
っていうか聞こえたぞ? 俺の名前、ダサって言ったよな?
直前に言いやがって。結構気にしているんだからな、これ。
以上でプロローグは終了です。
本日中にまだまだ投稿予定です。
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