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21 ……嘘をつかないで。

 やってしまった……。俺は後悔していた。

 事故とはいえ、プリメラの胸を触ってしまうなんて……。


 思えば、右手の感触が柔らかいと思っていた。

 ほとんど服の感触だったが、ボス戦を前に深く考えていなかったのだ。


 俺はとっさに手をどかす。

 プリメラはゆっくり、胸を押さえながら起き上がっていく。


「……怪我はないか」

「……………………」


 返事はない。

 ただのしかばねのよう……でもない。

 プリメラは何も言わないのだ。

 手で胸をかばいながら、じっとこちらを見ているのだから。


 ああ……終わったな、俺……。

 嫌われたんだろうな……。

 そう悲観していた時だった。


「ミミ久さん、みみ子ちゃんの言う通り……」

「…………」

「甘えん坊将軍……だったんですね」

「……は?」


 真剣な表情で何を言っているんだろう……俺は固まってしまった。

 しかもみみ子ちゃんって……、ああ、女神の偽名の事か。


「その、洞窟へ行く間、みみ子ちゃんと会話の途中でミミ久さんの話題になったんです。クールそうに見えていつまでもバブみを求める甘えん坊将軍だって……。私の胸に飛びつく位だから、その通りだったんですね……。ごめんなさい、その、ぺったんな胸で……」

「いや、いい……。気にしないでくれ……」


 ……何なんだ。この茶番は。


 っていうか咄嗟とはいえ、何で『いい……』なんて返事してしまったんだろうか……。


 っていうか女神のやつ、そんな適当な事を吹き込んでいやがったのか……。

 えらい誤解をされてしまっているじゃないか……。


 だが、気まずい空気にはなったけど、嫌われたという訳でもないのは唯一の功績かもしれないな。

 普通なら嫌われてしまってもおかしくない流れだったろうに……。


 まあ、助かったよ。

 それでも、この右手がある意味犠牲になってしまったけどな。

 何というかこのまま一週間、手を洗わずとっておきたいと思ってしまうような感触……。


「ほう、今のを避けるとは、やるじゃねぇか」


 その時だった。

 俺たちのものとも違う、低い声が響いてきたのだ。


「悪いな。ノックしないで入ってきたヤツを、とにかくぶっ殺しておこうってのが、オレのポリシーなんだわ」

「な、何だと……」


 声の主。

 この暗い部屋のせいで姿は見えないが、凶暴な事を言うヤツだっていうのは分かった。

 恐らく、ヤツが洞窟のボスなんだろう。

 扉を開けて早々不意打ちをかまされるとは……。


「……嘘をつかないで。初めから判っていたんでしょう?」

「……えっ?」


 と、声の主に反応するのは女神の声。

 しかも挑発的で、どこか自信にあふれたものだ。


「私たちはハウンドドッグに擬態し、モンスターたちの目をかいくぐってきた。しかしアナタの目だけは誤魔化せなかった。アナタの強さと、特別な力によって……ね!」

「……ふっ、まあな」

「ええっ!」


 女神がご高説を語り、なぜかボスが同意し、そしてプリメラが驚いている……。


 一応、女神がボスの強さとやらを解説したシーンなんだろうなっていうのは分かる。

 ……が、擬態と言っても、あんな黒い布きれを被せただけの学芸会レベルの変装だぞ……。

 むしろ見抜く方が普通だろ……、って思う俺の方がおかしいんだろうか。


 俺が頭の中で困惑していた、その刹那。



ーードオオオオオオン!



 鳴り響く轟音。

 俺たちの背後から、それは響いてきた。


「キャ!な、何!」


 プリメラが悲鳴をあげた頃には、すでに手遅れだった。


 「扉が……」


 先程まで開いたままの重厚な扉が、ひとりでに閉じてしまったのだ。

 試しに扉を押してみる。

 びくともしない。

 力を込めても、何も変化しなかった。


「無駄だよ。ちょっとやそっとじゃ動かねぇように、魔法をかけておいたからな」


俺たちを小馬鹿にするような声が、奥から響いてくる。


「悪く思わねぇでくれや。これもオレのポリシーなんだわ。勇敢にも少人数でここまで来た冒険者共を、このオレ自ら歓迎してやろうってな!」

「よく言うわっ。私たちを袋のネズミにしたんでしょう?」

「ふ、袋の……?」

「簡単な話よ、ミミ久。罠にハメられたのよっ。この視界が悪く、部屋の規模が分からない空間で ……どこかに潜むボスを相手にしないといけない状況にね」

「そ、それは分かったけど、お前さっきから何でそんなに張り切って……」


 ……と、俺が状況を飲み込めず、女神に質問しようとした矢先だった。


「しゃがんでっ!」「うおっ!」「キャアア!」


 またも発生したのだ。

 しかも、今度は大きくなっていた。

 まるで竜巻のような威力で、こちらをなぎ払っていったのだった。

 が、今度も間一髪でかわす事ができた。

 咄嗟にしゃがみこんだおかげで、背中に突風を感じる程度に抑えられた。


「アッハッハ! 残念! このまま死んでくれたら、こっちとしちゃ楽だったのにな!」

「ああ、なる程……この攻撃、ドラゴンの爪ねっ」

「も、ドラゴン……え? これが?」

「冷静になってミミ久。平常を保たないと、やられる一方だよっ」


 なぜか女神が仕切っているのが気に入らないが、俺も恐らくプリメラも、その言葉に落ち着きを取り戻していく。


「ミミ久……さん、みみ子ちゃん……」

「プリメラ……大丈夫だ。下がっているんだ」


 いつまでも女神にばっかり頼っていられない。

 そう思って立ち上がる。

 そして、その先にいるかも分からない、闇の向こうから聞こえる、ボスに向かって睨みつけてやったのだった。


「お! やる気かい! 女の子を守るナイト様でも気取ってんのかい! ええ!」

「いちいちうるさいな……。戦いに守るものがあって何がいけないんだ?」

「その通りよっ。……けどね、アナタの不意打ちをする姿勢は評価してあげる。それは私たちミミック族にとって、正攻法なだからっ!」



 ミミック族。



 ……何それ?


 その言葉に、全員が静まってしまった。

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