11 眠りの息
「あ、あの……。そろそろ説明しても、いいですか……?」
恐る恐る尋ねるプリメラに、俺は気を取り戻す。
そうだった、これから戦いが始まるかもしれないんだ。
こんな女神の言う事なんかにいつまでも反応していちゃいられないよな。
「よしっ!」と小声で気合を入れ直し、口元のマフラーを整える。
俺の姿勢が伝わったのか、プリメラは少しだけ安堵の表情を見せてくれた。
「あの前に見えている洞窟が、私たちが潜っていったダンジョンです。仲間を捕らえた盗賊たちは、みんな慣れた手さばきで私たちを手にかけていったんです。私が命からがら洞窟を抜け出す途中、盗賊たちが洞窟の主の話をしていました。恐らく彼らもここのモンスターを関わりがあるか、あるいは入り口付近を砦にしているのかもしれません。いずれにせよ、戦闘は避けられないと思います」
「人数とかは……分かるのか?」
「はい。私が知ってる限りですけど、盗賊は四人。みんなレベル二十後半の手練であり、どんな卑怯な罠や手段を使ってくるのか分かりません」
「それでプリメラちゃん、その人たちの名前、分かってたりする?」
「いやいやおいおい、名前なんてどうでも……」
女神の質問に、何か嫌な予感がしたので止めようとするも……。
「ディべスティコンはそれぞれ、ブターミクリーム、サウンドムェーブ、ショックムェーブ、ピルトロン……とそれぞれ名乗っていました。各々がリーダーシップに参謀、残虐キャラにインテリと……的確に役割をこなしていたのです」
あああ……何だろう……このまたやっちまったような、胃が締めつけられる感じは……。
どうしよう……これ、どっかから怒られたりしないよな……?
……と、俺が漫然とした不安を抱いていると……。
「静かに! 何か音がする!」
女神がぴしゃり! と呼び止める。
何事かと思い、耳を傾けてみると……。
「……足音?」
それは、森を駆ける音。
それも一つではない。無数の足音が何重にも重なっているのだ。
さらに聞こえる息遣い。
人間のそれではない。――ハッ、ハッ、ハッ……と荒い口呼吸に感じられる。
「……これ、モンスターです! ブラウンウルフの大群ですよ!」
プリメラが叫ぶと同時に木々の中から現れる、茶色いオオカミの群れ。
二匹や三匹でははい。ざっと十匹以上はいる勢いだ。
「こいつら! いつの間に!」
「多分、私たちのあとをつけていたんです! 森じゃ足場が悪いから、こっちへ!」
プリメラの指示で、俺たちが森を抜け、洞窟の絵前まで駆けつける。
モンスター――ブラウンウルフとやらも森を飛び出し、こちらへ向かってやってくる。
牙を剥け、目を血走らせながら。
「いけません! 戦わなきゃだけど、この数じゃ……!」
「ミミ久! ミミックを使って! この子ならきっとやっつけられる!」
「よ、よーし……!」
内心、緊張していた。
ゴブリンの時とは違う。初めての実戦だったからだ。
俺は紐を引っ張り、ミミックを引き寄せる。
試したい戦法があり、そのためにミミックを手で掴む必要があった。
「急いで! モンスターが迫ってくる!」
女神の叫び通り、ブラウンウルフとの距離はすぐそこまで近づいていた。
接触するまで、あと数秒……。
しかし、俺はタイミングを見計らっていた。全てのブラウンウルフが森から飛び出すまで。
「……よしっ! 今だ!」
森からブラウンウルフが途切れた所で、俺はミミックを放り投げた。
放物線状に描きながら飛んでいくミミック。
ブラウンウルフの群れにに近づくのに合わせたのか、口を開け牙とベロをひん剥いていた。
「……ミミック! 『眠りの息』だ! いけぇぇぇぇぇっ!」
俺が叫ぶ。命令する。
正直、ミミックのスキル発動がこれで合っているのか確証はなかったが、とりあえずアニメやゲームでよく見た、電気ネズミを相棒にする主人公になりきった気持ちで命令したのだ。
「え! 待って! それ……!」
女神が叫んだのもつかの間。
――ブハァァァァ……!
俺の視界が一瞬にして、ピンク色の煙に覆われてしまう。
「うわっ! 何だよこれ!」
思わず口を手で覆ってしまう俺。
周囲が煙で塞がれ、何も見えなくなってしまった。
「グ……! ガウ……!」
と思いきや、獣たちのうめき声が耳に届いてきた。
「あれ……? これ、効いているのか……?」
そう言えば、さっきからブラウンウルフの鳴き声も、無数の駆ける足音も聞こえてこないのだ。
もしや……と思っていると、煙が薄くなり、視界が鮮明になってきた。
俺の目に映ったのは、大量に横たわるブラウンウルフたち。
「やった……! これで成功……!」
うまく行った……と思った矢先。
俺のそばで、プリメラが横たわっていた。
「え? あれ?」
「あーあ。プリメラちゃん、巻き込まれちゃったのよねぇ」
「え……うそ……?」
息はしているようだ、寝息は聞こえてくる。
しかし起きる気配がない。
俺は試しに、プリメラの肩をゆすってみた。
しかし、反応がなかった。
俺は知らない間に、プリメラを巻き込んでしまったという事だ。