09 ゾクゾクしちゃったっ♡
「ま、待たれよ若いの」
俺の宣言に固まっていた村人たち。
ようやく村長が口を開いた。
「み、ミミックの戦士とは一体……? っていうか、何が目的なんじゃ? ゼニーを用意しろというのかの?」
「ゼニー? …ああ、金の事か。そういうんじゃないよ。ただ、俺がやりたいって思ったらからさ」
「いや、しかし! 適正レベルは二十って言ってたけどもじゃ、それは入り口付近の話で、奥はもっと三十かそれ以上は求められる……」
「問題ないよ。これでもレベルは七十もあるんだ。散歩気分で終わらせてくるよ」
「な……七十!」
俺のレベルを聞いた途端、周囲のざわめきが一層大きくなった。
どうやらこのレベル、何となく想像はついていたが、やはり高い部類らしい。
村長が騒ぎを手で制する。そして代表としてか一歩前に出て、口を開いた。
「お主……冒険者を助けるとか、レベルが七十もあるとか……一体、何者なんじゃ? ミミックの戦士といい、よかったら、教えてくれんかの……?」
「これだよ……」
俺はミミックを持ち上げる。
するとどうだろう。どことなくだが、力がみなぎってくる気がするのだ。
「ミミックを……知っているか?」
「み、ミミックって、あの宝箱に擬態したモンスターの……じゃろ?」
「そうだ。そしてその力は強大で、獲物を確実に仕留める強さを持っている」
「う、うむ……」
「俺はこの宝箱で、プリメラをゴブリンから救い出した。この宝箱には、強大な力が秘められていて、それをコントロールする事ができるのだ」
「そ、そうなのか……」
「その名も……」
「ゴクリ……」
ツバを飲む音。みんなが俺に注目している。
そこで俺はミミックをこれみよがしに振り回し……。
「この宝箱を武器に、どんな敵も獲物に変えてしまう、最強の戦士――それこそ、『ミミックの戦士』なのだ!」
高らかに宣言してみせたのだった。
――ブンッ! ――ブンッ! ――ブンッ!
風を薙ぐ轟音。
宝箱を――ミミックを縦横無尽に振り回す音がこだまする。
村人たちに静寂がおとずれていた。
しかし聞こえてくる、小さく手を叩く音。
――パチパチパチパチ……!
それはやがて、村人全員から発する大きな音へと変わっていったのだった。
「何と! アナタのような方がいらっしゃるとは……!」
村長が涙ながらに、俺を歓迎してくれる。
「冒険者とは己のためにしか動かないもの……そう思っていましたが、アナタ様のような方がいらっしゃったのですね……! 分かりました。この件はアナタにお任せします。ぜひ冒険者を騙る盗賊たちを蹴散らし、我々の前に無事な姿をお見せ下さい……!」
拍手喝采。
村人みんなが俺を盛り上げてくれている。
「み、ミミ久さん、あの……」
「もちろん、お前もついてきていいんだぞ、プリメラ?」
「ミミ久さん……! ……はい、ありがとう……ございます……!」
プリメラの瞳が涙で溢れている。
今にも零れそうな勢いだ。
これで万事解決かな……と、俺は宝箱を振り下ろした。
みんなが俺を尊敬し、褒め称えてくれる光景。
これだよ、俺が求めていたものは……。
「うんうん、感動的よねぇ〜?」
と、ここで俺の耳に囁いてくるのは、笑顔で黙っていた女神の声だった。
「な、何だよ?」
「さっきのミミ久、カッコよかったわよぉ〜? 盗賊から冒険者たちを助け出すって」
女神まで俺を褒めてくれているようだ。
こういうの、うれしいな。
かつての日本じゃこんなに喜んでもらえた事がないから、何だか照れてしまうよ。
「ま、まあ、そうかな?」
「しかもカッコいい事ポーズ決めて、村の人々から称賛されてて、ずいぶん張り切っちゃったよねぇ〜?」
「……え、まあ……」
どうしたんだろう……そんなに改まって……?
疑問に感じていた、その瞬間だった。
満面の笑みを浮かべる女神の表情に、胡散臭さを感じたのは。
「しかもゼニーの事聞かれて、そういうんじゃないって……。私たち一文無しなのに、ずいぶん張り切っちゃったよねぇ〜?」
「……え?」
というより、俺の視界から熱が奪われていく感じだ。
……え? 今、何て言った?
一文無し……?
金が無いって、言ったのか……?
そういえば、所持金の事を一度も考えた事がなかった。
試しに足を動かしてみる。しかし、硬貨が動く音も感触もない。
そんな時、俺の頭からサーッと、血の気が抜けていく感覚に襲われていったのだ。
「え、『ゼニー』って……?」
「この異世界でいうところの、お金だよっ!」
「え、お金がないって……」
「あのねっ、ゼニーがないとね、アイテムも買えないし、それに宿にも泊まれないのっ。おまけにご飯も食べられないから、飲まず食わずで一日過ごさなきゃいけない……ね?」
「お前……金持ってないの?」
「ある訳ないじゃな〜い! 女神だからって、何でもありと思ったら大間違いでぇーすっ! あ、でも……」
女神がさらに、俺との距離を縮めてきた。
「それなのに……『ミミックの戦士』……だったよね? カッコよかったよ? イキった中学生みたいで……ゾクゾクしちゃったっ♡」
俺の耳元で、女神が囁きかける。
即座に離れるも、女神の頬は少しだけ紅くなっていた。
一方、俺の方は身体をこわばらせていたのだった。
女神の吐息が耳に当たった件と、
恥ずかしいセリフを吐いてしまった自分に対して……。
「う、うわあああああああさあああああああ――!」
俺はその場で、膝をついてしまったね。
村人たちからは、気合を入れているように見えたみたいだったけど……。