05 それじゃ、名前の方を……
ミークへの罵倒が始まってしまった。
それはもう、穏やかそうな少女とは思えないくらいに、激しく勢いついていて……。
「私が聞いたウワサでよければ話ますけれど、まず山賊に襲われていた貴族を助けたと思ったら、高額な金額をふんだくろうとして、断ったりしたら八つ裂きにするぞっ! って脅迫したんですよね。それだけじゃありません、町に入ろうとするのに通行許可証が必要な所もあるんですけど、それを門番に賄賂を渡して入ろうとしたり、それが叶わないとなると、門の近くで騒ぎを起こして門番が出払ったスキにこっそり忍び込もうなんてセコい行為を企てたんですよ。さらに最低なのが、ゴブリンに若い女性が攫われた時です。あろう事か、女性が襲われて服を脱がされているっていうのに全く助けようとしないで、裸になった姿を堪能してから助けに入ったっていうんですよ! さ、最低っ! いやらしいのもそうですが、あたかも自分は正義の冒険者として助けに来た!……って取り繕うとする所がもう……き、気持ち悪くて……あんなの女性の敵です! 敵としか言いようがありません! あ、それとある商売での話なんですけど、明らかに砂粒でしかないのに、貴重な胡椒である! ……とか言って商人に無理矢理売りつけようとしたって話です。ほんっと、何から何まで迷惑な話ですよね! そうそう、さらに歯向かった冒険者たちを公衆の面前で素っ裸にした所を逆さまにして釣り上げて…………」
「お、おう……」
俺は正直、自分より幼いはずの少女に怖じけついていた。
何せあの大人しそうだった彼女が、鬼気迫る表情を見せてきたのだから。
っていうか嫌われているんだな……ミーク……。全国指名手配って……よっぽどだと思うぞ……。
何やったんだ……ってああ、そうか。村人を驚かしたんだっけな。
たったそれだけの事だって思うが……。
それだけ異世界の人の嘘に対する価値観が段違いだというのか。
それとも、他に何かやらかした理由が……。
「はいはい! ストップゥ!」
激しく手を叩く音。女神のものだった。
「プリメラちゃん! ミークの事で熱くなるのはいいけど、話おしまいにしよっ! 私たちの名前を聞きたかったんじゃないのっ!」
「え? ……あ。そ、……そうでした! すみません、私ばかりペラペラしゃべっちゃって……!」
「そうだよぉ! 全くもう、ぷんぷんだよぉ!」
怒った仕草をみせるように頬をふくらませる女神に、プリメラが平謝りしている。
まあ、何にせよ、ミークへの罵倒ラッシュは止まったわけだ。
「あの、……それじゃ、名前の方を……」
おっと、いけない。肝心の問題が解決していなかったんだ。
プリメラが遠慮がちに尋ねている中、もはや断れない空気だ。
「あ、えっと……」
俺は考えた。
この異世界で生きていく名だ。この子に何て読んでもらうべきなのか……。
ジョミーデップ……トミクルーズ……ブルースミィルス……ダミエルラドクリフ……ミュワちゃん……。
「ミミ久。きたみミミ久だ。ミミ久と呼んでくれ」
考えた末、結局本名を名乗る事にした。
「うわ……、変な名前」
「え?」
「あ……い、いえ! 人には色んな名前がありますもんね! み、ミミ久さんですね! よ、よろしくお願いします!」
丁寧に頭を下げるプリメラ。
だがな……聞こえたぞ? 俺の名前、変って言っただろ?
傷つくんだぞ……俺の名前。会う人々にバカにされ続けたら俺のメンタルが……。
「はーい! 次は私の番ね!」
と、俺が心の中でグチグチと不満をたれていた所で、女神が手を上げる。
今度は彼女が名乗る番だ。
やれやれ、あいつはどんな名前を語ってくれるのか……。
もし変な名前だったら鬱憤晴らしにからかってやろうか……。
「私、女神ー」
「はっ?」
「女神みみ子っていうの。みみ子ちゃんって呼んでほしいな? よろしくニャン♫」
「…………………………」
悪びれる様子もなく、満面の笑みを浮かべる女神。
しかも猫でもないのに語尾にニャンをつけるあざとさに、俺は絶句していた。
戸惑いを隠せそうになかったからだ。
っていうか大丈夫なのか? そんな安易なネーミングで……。
このプリメラ、大人しそうな見た目に反してミークの時のように罵倒同然のコメントを返すかもしれないぞ?
俺も一瞬バカされたっていうのに、下手をすれば女神といえどメンタルを八つ裂きに……。
「かわいい〜! とってもいい名前ですね!」
意外な事に、評価は上々だった。
「え? あれが……?」
「はい! だって名字が女神ですよ! すごく光栄じゃないですか! 彼女――みみ子ちゃん、すごくキレイだし、どこか神々しくて、……そう、あの私たちが信仰する女神……ミューラ・ミューラ・コーデリアスのようで美人で! ……それに、みみ子ちゃん! かわい過ぎじゃないですか! あだ名でみみって呼んでも、みこって呼んでも何て呼んでも完璧じゃないですか! いいなぁ〜、きっとみみ子ちゃんのお母さん、すっごく愛情を込めて名前をつけてくれたんだろうな〜羨ましいな〜」
「え……え……?」
「やぁだぁ〜! そんなに褒めないでよぉ〜! 私って、確かにキレイだし、女神に似てるってよく言われるけどぉ、プリメラちゃんだって私と並んでても見劣りしないレベルにかわいいんだからねっ!」
俺は頭が痛くなってきた。
この異世界人との価値観の違いに、早くもついていけそうになかったからだ。
っていうか女神よ……お前また白々しくウソをつきやがったな。
何が女神に似てるだよ、お前さっきまで女神そのものだったじゃねぇか……。
「ねぇミミ久、大丈夫?」
「……えっ、あ、……俺?」
女神に顔をグイッと近づけられてしまう。
妙に真剣な表情を見せる女神の様子。
素直に認めたくなる程の愛らしい顔と蒼い瞳に吸い込まれそうな気持ちになりそうだ。
そうなってしまうと、あれこれ言葉をつむぐ自信がもてない。
俺は力を振り絞り、何とか返事をするのだった。
「あ、ああ……問題ない」
「そう? だったらいいけど、ノリ悪いぞミミ久! これから私たち集団行動するんだから、ちゃんと周りに合わせなきゃだめでしょっ!」
プリプリと頬を膨らませている女神。
ってあれ? 何だこれ?
何だこの流れ? 何で怒られてる? 何で俺、説教されているんだ?
「自分ペースばっかは人を困らせちゃうんだぞっ! これからプリメラちゃんに村まで案内してもらうんだから、ちゃんとついてきてよね! 約束よっ!」
「あ、ああ……」
女神に怒られた(?)のち、俺たちは行動を共にした。
まあいい……さっきみたいに無言で歩いているあいだに、状況整理はおこなっておくさ……。
っていうか女神よ、自分ペースがどうたら……とか俺に偉そうにほざいていたよな?
今は右も左も分からん状態。
情報収集が先だから、ここはこらえておいてやる。
けどな……これだけは言わせてくれ。
お前が……言うな!
読んでくださりありがとうございました。
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