表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不運からの最強男  作者: フクフク
ダンジョン編
82/209

踏破前夜_04



『――おやすみ、ハク』


 ハクとの念話を切り、砂のベッドに寝転ぶ。

 大きく伸びをして、目を閉じた。

 明日、ダンジョンボスのレッドソードキングを俺ひとりで討伐する。

 不安がないわけではない。それ以上にとても楽しみで仕方がない。考えただけでソワソワする。

 遠足前の子供のようだと頬が緩む。

 この数週間のダンジョン生活で、大きく成長した確信が、いまの自信に繋がっている。

 そろそろ身体を休めないと。

 独り寝の権利を得るために、ヴィリー叔父さんを説得した苦労が無駄になる。

 興奮状態の身体を整えるために、深く息を吐き、瞑想の準備に入ろうとすると、外から声がした。


「ジークベルト様、少しよろしいですか」

「その声は、ディア?」


 遠慮がちな声の主にあたりをつけ、砂の扉を開けると、マントを羽織ったディアーナ王女が立っていた。

 周囲に護衛や侍女のエマもいない。どうやら魔テントから抜け出してきたようだ。


「お疲れのところ申し訳ございません。明日は最下層、二人でお話がしたくて参りました」


 大きな金の瞳が、不安気に揺れまつ毛が影を作る。

 その様子から、緊張しているのが伺えた。


「エマたちには?」


 俺の問いかけに、王女は軽く首を振ると「二人でお話がしたくて」と、金の瞳がまっすぐ俺を見た。

 視線が絡み合う。

 ほんの数秒、先に視線を外した俺は、二人で話せる場所を『地図』を起動し探す。

 近くの砂山に見当をつけ、魔物が周辺にいないこと、半径一キロ以内に魔物が出現するとアラームが鳴る設定をした。

 叔父は俺たちの位置を把握できるので、少し離れた場所でも問題ないはずだ。

 子供とはいえ、密室に二人はまずい。

 敗者に言えた義理ではないが、王女の纏う雰囲気が、色気が、可愛さが、大人の女性なんです。

 額に冷や汗を掻きつつ、王女を誘う。


「近くの砂山に行こうか?」

「はい!」


 さきほどの雰囲気と一変した元気な返事に、心の中で苦笑いしつつ、王女に手を差し出す。

 戸惑うこともない小さな手が、俺の手に重なり、二つの影が砂山に向かって歩き出した。

 頭上には、二つの月『朱月』『蒼月』が、幻想的に揺れて見えた。




 ***




「よし着いた。ディア、足元に気をつけて」

「はぃ……」


 頬が赤い王女を腕から降ろす。

 小さく返事をした王女は恥ずかしいのか目線を下げた。

 俺もつい勢いで、やってしまったのだが、そもそも王女が悪いと思う。

 普段被っているフードを今日は被っていなかった。

 王女が歩く度に、白い耳がピクピクと俺を誘うように至近距離で揺れるのだ。

 しかも、話の途中で黙ってしまった俺に「ジークベルト様?」と小首を傾げる仕草が小悪魔すぎた。

 俺の触りたい欲望が、我慢の限界を超え「失礼」と王女の肩と足に手を入れ抱き上げていた。

 所謂、お姫様抱っこだ。

 俺の行動に「えっえー!!」と、王女らしからぬ声を出して慌てている彼女の反応を無視して『倍速』を使用して、一気に砂山をかけ登った。

 いま考えれば、お姫様抱っこも耳モフモフと同じぐらいダメな行動だったが、もう手遅れだ。

 まだ動揺している王女を尻目に、『土塊』で、座るスペースを作製する。


「まぁ、これぐらいかな」


 そこそこの出来栄えに満足して、椅子に布を被せ、王女を椅子に招く。


「ジークベルト様は、やはりすごいお方ですね」


 椅子に腰をかけた王女が、椅子の感触を確かめながら感心した様子で話す。


「わたくしと同じ年なのに、魔法だけではなく、博識で礼儀や作法も完璧。何より気配りが素晴らしいです」

「博識かどうかは別として、礼儀や作法と気配りは、侍女のおかげだよ」

「侍女ですか?」


 意外な答えだったのか、王女が興味深そうな目を俺に向けた。


「うん。我が家の侍女長のアンナがスパルタで、物心がつくかつかない頃から叩き込まれたからね。自然と身についたんだ」

「そうなのですね」

「うん。感謝しているよ。だけど少しは手加減してほしいかな」


 俺が、おどけたように肩をすくめると、王女から「うふふ」と笑い声が聞こえる。

 うん。美少女の笑顔は癒されます。

 そこから緊張の糸がほぐれたようで、他愛無い会話が続き、お互いの家族の話にまで至った。


 エスタニア王国には、国王と正妃の他、側室が二名いる。

 王子が三名、王女が三名おり、ディアーナ王女は、正妃の第二子、六兄姉の末っ子で、王位継承権がある。

 王位継承権、第一は、正妃の第一子でディアーナ王女の兄である王太子の三男。

 次いで長男が第一側室の子で、次男が第二側室の子で三番となり、ディアーナ王女が四番目となるそうだ。

 正妃の子以外の女児には、王位継承権は与えられないため、三姉妹は争うことなく仲が良く、お茶会を開催しては、兄王子たちの悪口を言いあっているそうだ。

 だが、国王が病に倒れてから、継承争いが加熱しているという。

 王太子が成人していないこともあり、兄弟間での衝突もあるそうだ。

 今回のダンジョン転移も、おそらくこれが関わっているのではないかと、肩を落とした。

 深刻な内容に言葉を詰まらしていると、王女の雰囲気が一変した。


「あらためて、エスタニア王国第三王女ディアーナ・フォン・エスタニアとして感謝いたします。わたくしたちだけでは、このダンジョンは踏破できませんでした。このご恩は一生忘れません。ディアーナ・フォン・エスタニアとして、ジークベルト様に何かあれば必ず尽力いたします。――捧げます。ジークベルト様、ありがとうございました」


 王女は立ち上がると、俺に深く頭を垂れ、洗練されたカーテシーをした。

 その美しさと品位に圧倒され、最後の感謝の前の言葉を正確に聞き取れなかった。

 なにを捧げるんだ?

 王女も意識してかその部分だけ、早口だったような……。

 思い出そうとして、はっと気づく。

 先に返事をしないと、マナー違反になる。

 スパルタ教育のアンナの怒った顔が横切り、考える暇もなく、王女の前に膝まつき手を取ってそれに答えた。


「ジークベルト・フォン・アーベル、ディアーナ・フォン・エスタニア様の感謝の言葉、御意に受け入れます」


 俺の言葉を受け、王女が顔を上げ、破顔する。

 その顔は、もう可愛いのなんのって。

 王女が勢いそのまま俺に抱きついた。俺は王女を支え、抱きしめ返す。


「ジークベルト様、わたくし嬉しいです」


 感極まった王女の声が聞こえ、さきほどの疑問を俺はすっかり忘れた。

 あとで、王女の言葉の意味を知ることになる。

 うん。事前の確認は大事です。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ