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不運からの最強男  作者: フクフク
ダンジョン編
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踏破前夜_02



 砂漠地帯に突如現れた階段を前に、やっとここまでたどり着けたかという安堵と、不気味なほど静寂した空気に緊張がはしる。

 その様子を察した叔父が、俺の肩を静かに叩いた。

 ぐっと手のひらに力をこめ、階段を見すえた。

 ここまでの道のりが、走馬灯のように駆けめぐる――。

 エスタニア王国一行と行動を共にしてから、ジークベルトの人生で、はじめてアーベル家以外の他人と触れ合った貴重な旅だった。

 国が変われば価値観も違うし、俺がいかに異端(イレギュラー)なのか、また生家がいかに俺にとって過ごしやすい場所だったのか、周囲の気配りはもちろん家族に守られていたんだと改めて実感した。

 ――砂漠の砂が頬をかすめる。後方で最後の野営準備をしている王女たちの元へ足を向けた。

 二十四階層は砂漠地帯で、最下層手前の砂漠は体力的にも辛く、行動スピードが極端に下がった。

 特にエマの疲れが色濃く、話合いの結果、無理をせずエマのペースで進むことになった。

 エマはとても恐縮していたが、食事面をサポートしているエマが倒れては大変だと、俺と王女が助言したことで、全員が納得した。

 それ以前に全員疲れのピークがきていたのもある。そもそも二十一階層の洞窟からここまで七日を要した。

 特に二十三階層は、広大な草原地帯で、叔父の『索敵』の範囲内に正しい階段が見つからず、俺の『地図』で誘導をしても、最長の四日もかかった。

 肉体的疲労より精神的疲労が強い。

 慣れた手つきで、砂を使った家を土魔法で形成する。

 砂漠地帯は、昼夜での気温が急激にちがう。体温調整するマントなどの魔道具がなければ、砂漠の夜を外で過ごすことは難しい。

 そこで俺は、本で得た知識を活かし、砂を使った家を作ってみた。

 はじめは驚かれたが、事情を説明すると感心していた。

 完成した砂の家は、中々の硬度を保ってはいるが、一応、叔父に『守り』を使用してもらう。

『魔テント』を使用している王女が、物珍しさから泊まりたいとのリクエストがでるほど、砂の家はとても好評だった。

 もちろん王女の願いは叶えられることなく、あえなく却下されていた。

 今日の出来栄えに満足していると、頭上から男騎士の感心した声が聞こえた。


「いつみても、おまえの魔法はすごいな」

「カミル殿。これは初期の土魔法『土塊』です。イメージさえ固めれば簡単に作れますよ」


 魔力と魔力制御も必要ですけどと、心の中でつぶやく。

 男騎士もといカミルは「俺でも修練すれば作れるのか」と、俺の言葉に素直に反応している。

 カミルとは、この七日で剣を幾度となく交え親交を深めた。手合わせすることで人となりをより深く把握できた。

 根は悪い人ではないが、単純で無駄に熱く嫉妬深い、総じて単細胞なのだ。単なる筋肉バカでもあるけどね。

 剣の指導を同じ伯爵から受けているので、徐々にカミルの態度が軟化されていき、今では軽い雑談を交わすまでになった。

 俺にとって兄弟子にもあたるわけで、邪険には扱いません。

 カミルと土魔法について語っていると、俺の名を呼びながら走ってくるエマの姿が見えた。


「ジークベルトさまー。こちらにきゃあっ」


 危ないなぁーと思っていたら、頭から砂に突っ込んでいます。

 相変わらずのドジッ娘侍女ぶりに苦笑いになる。


「大丈夫? エマ?」

「あぃ、だいじょうぶでっず」


 エマは、砂が口の中に入ったようで舌足らずな話し方で俺に答えた。

 どう転んだら全身砂まみれになるのか、一度実践してみたい。

 全身の砂をせっせっと払い、身だしなみを整えているエマに俺は声をかけた。


「エマ、ぼくになにか用事があったんだよね」


「あっ、はい!」と、元気のいい返事をして、エマは砂をはたくのをやめる。

 そして俺に顔をむけると、遠慮がちにうかがってきた。


「本日の夕食はスープだけを作るようにとのことでしたが、他に何かお手伝いすることはありませんか?」

「有難い申し出だけど、すでに夕食は完成しているものがあるんだ。この中にね」


 俺は魔法袋を指して応えると、エマは納得したようで「そうなのですか」とうなずいた。

 ダンジョン最後の晩餐なので、料理長が再現してくれた天ぷらや揚げ物をだす予定なのだ。もちろんデザートのプリンも準備している。

 エマの料理の腕は素晴らしいが、やはりシンプルなのだ。

 素材本来の味を上手く調理しているともいえるが、あと少し手を加えれば、また違った味になるのに、その一歩の創作が思いつかないようだ。

 料理人たちのくいつき具合から探究心がないのではないことはわかる。

 この世界の料理の基礎が焼くなのだ。揚げるや蒸すなどと言った調理法がほぼ確立されていないため、焼くだけの料理となる。

 すると答えはでる。


「お前が作ったのか?」と、カミルが興味深そうに聞いてくる。


「いえ、我が家の料理人が作ったものなので、安心してください」


「そういう意味じゃなく」と、カミルの弁明に重なるようにして、エマの感激した声が響いた。


「わぁー。アーベル侯爵家の料理人様の料理を食すことができるんですね! 感動です!!」

「それほどのものなのか?」


 カミルの素朴な疑問に、エマが興奮した様子で勢いよく話しだした。


「カミル様、なにをおっしゃっているんです。いいですか、アーベル侯爵家と言えば『アーベルレシピ』の大元ですよ! 私の料理も『アーベルレシピ』を基礎にアレンジしているぐらいなのです。特にスープ! 骨からうま味成分が取れるなんて誰が思いつきますか! もう革命ですよ。革命です!!」


 俺はエマたちから、少し距離をとりそれを静観していた。

 どう考えても、テンプレが起きそうな予感がする。

 しばらく『アーベルレシピ』について熱弁していたエマは、気づかないうちにカミルのすぐそばにまでいた。

 それに気づいたカミルが少し距離をとろうとするが、興奮しているエマがさらに近づく。

 

「あっ」

「きゃっ」

「わぁー」


 三者三様の立場で声があがる。

 エマが、カミルに詰め寄ろうとして砂に足を取られ、カミルを巻き込んで盛大にこけた。

 その様子を離れた場所から見ていた俺は「ほら、やっぱり……」と、呆れた声がでる。

 興奮状態のエマに近づくのは危険。本当に危険。

 エマの下敷きになったカミルは……。

 チッ、リア充野郎め! 

 どう転んで巻き込んだらそうなるのか、エマの胸の下敷きとなって身動きが取れなくなっているようである。

 じょじょにカミルの頬から耳が赤くなっていく。状況を把握したようだ。

「カミル様、すみません!!」と、エマが両手を砂に伸ばし、体勢を立て直そうとする。

 それは悪手だエマ! との俺の心の叫びはエマには届かず、砂に手を取られ、さらに深く胸をカミルに押し潰す体勢となる。

「ふぐっ」と、エマの胸の下から蛙が踏みつぶされたような声が聞こえた。

 俺は二次被害を避けるため気配を消して、二人の行動を見守る。

 むやみに手助けをして巻き込まれたら、恐ろしい。ドジッ娘侍女の本領を侮ってはいけません。

 そうこうするうちに、カミルが負の連鎖からやっと抜けだす。

 エマは立ち上がるとすぐに頭を下げた。


「カミル様、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「うん、いい、わかった。だから動くな」


 カミルは額に左手をあて右手を前にだして、動こうとしたエマを静止させる。

 その行動に心で拍手する。

 脳筋も学んだようである。

 いまエマに近づくと、おそらく第三弾が始まるはずだ。

 二度あることは三度ある。ことわざ通りです。

 エマは首を少し傾げながらも「はい」と返事して、謝罪が受け入れられたことに安堵していた。



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