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不運からの最強男  作者: フクフク
魔術学校編
221/222

跡継ぎの資質_03


 しばらくして、ドミニクの呼吸は安定し、顔色も戻っていた。

 俺はようやく息を吐く。

 それでも、握った手を離す気にはなれず、しばらく動けなかった。

 そのとき、扉が叩きつけられるように開いた。


「兄さん!」


 エリアンだった。

 息を切らし、血相を変えて部屋に飛び込んでくる。

 視線がベッドへ向かい、俺とドミニクを見た瞬間、言葉を失った。

 レオポルトが制止しようとしたが、間に合わない。

 俺はゆっくりと立ち上がり、エリアンを見据えた。

 胸の奥で、鈍い怒りが軋む。


「なぜ、こんなことになったんだ」


 一歩、彼に近づく。

 視線を逸らさず、低く問いかけた。


「限界までMP回復薬を飲ませてまで……誰がドミニクに魔力石を作らせた」


 エリアンは言葉を詰まらせ、視線を揺らす。


「……俺じゃない。俺は、ただ……兄さんが俺に指図してきたから……父上に少し話しただけだ。判断したのは父上だ」


 エリアンの揺れていた視線が、ふと定まった。

 眉がわずかに上がり、こちらをまっすぐに捉える。

 さっきまでの戸惑いが消え、妙な確信がその目に宿った。

 呼吸が落ち着き、声の調子が変わる。


「当然のことだ。兄さんには魔属性がない。跡取りの俺に意見するなんて、筋違いだ」

「その通りだ。他家のことに口を出すなど、無用だ」


 低く、よく通る声が部屋に響いた。

 振り返ると、扉の前にラフェルト伯爵が立っていた。


「父上!」


 エリアンが安堵したように声を上げる。

 伯爵はうなずき、俺に一瞥をくれたあと、レオポルトを見て目を細めた。

 その視線だけで、空気が硬く張り詰める。


「アーベル侯爵家の子息であるあなたが、ベルク伯爵家のような連中と交わるから、他家に迷惑をかけることになる。交友は慎重に選ぶべきです」

「父上、申し訳ございません」


 ドミニクはベッドの上で身を縮めるように頭を下げた。


「役立たずのお前にしては、上出来だ」


 伯爵の目は冷たく、息子を気遣う色は一片もない。


「随分と元気そうだな。ならば、これまで以上に魔力石を作らせても問題あるまい」

「なっ……」


 レオポルトが前に踏み出しかける。


「レオポルト」


 ドミニクが首を横に振った。

 その小さな動きに、確かな拒絶があった。

 レオポルトは動きを止め、重苦しい沈黙が部屋を満たす。

 俺はドミニクを見てから、伯爵に向き直った。


「ラフェルト伯爵家では、命を削ってまで魔力石を作ることが認められているのですか」

「命を削るとは、大袈裟な言い方です」


 伯爵は肩をすくめる。

 だが、その目には感情らしきものは微塵もなかった。


「家の当主が命じ、家の者が従う。それが我々の秩序です」

「その秩序を、ぜひ説明いただきたい」


 聞き慣れた声が聞こえ、そちらに視線を移す。

 扉の前に、伯爵家の執事を従えたアル兄さんが立っていた。

 姿勢は揺るがず、視線は伯爵をまっすぐに捉えている。


「アル兄さん!」

「あなたは?」


 いぶしげな態度で尋ねる伯爵に、アル兄さんは一礼し、礼節を崩さず答えた。


「お取込み中、失礼いたします。私は、第一騎士団副団長アルベルト・フォン・アーベルです。王太子ユリウス様の命により、本日、ラフェルト伯爵家を訪問しております」

「そのような連絡は……」


 執事が、真っ青な顔で手紙を差し出す。

 伯爵は目を通し、わずかに眉を動かした。


「失礼した。どうやら行き違いがあったようです」

「問題ありません」


 伯爵が一拍置いて言う。


「それでは、場所を変えましょうか」

「いえ。この場でお話をさせていただきます」


 アル兄さんは穏やかな口調で告げた。

 伯爵の目が細まり、警戒の色が浮かぶ。


「ここで?」

「はい。ユリウス殿下は、近頃出回っている良質な魔力石について調査を進めておられます。その大半がラフェルト伯爵家から流通していることが判明し、経路の確認が必要となりました。ただ、ご子息にまで無理を強いていたとは……少々、想定外でした」

「これは……」

「さきほど、弟に秩序のお話をされていましたよね。詳しくお聞きしたいと思いまして」


 ふたりの間に、目に見えぬ火花が散ったように感じられた。


「ユリウス殿下が非人道的な行為を好まれないのは、ご存知でしょう」


 伯爵は顎を引き、応じた。


「承知しました。内々のことではありますが、殿下に嫌疑を抱かれては本意ではありません。……エリアン、説明しなさい」


 伯爵の視線を受け、エリアンは緊張を隠せぬまま口を開いた。

 初めはエリアンの独壇場だった。

 だが、俺とレオポルトが指摘を重ねるうちに、少しずつ状況が整理されていく。

 詳細が明らかになるにつれ、なぜドミニクがエリアンを咎めたのか、その理由が浮かび上がった。

 すべてを聞き終えた伯爵は、沈黙したまま顔色を失っていた。


「なるほど。ラフェルト伯爵家は、アーベル侯爵家に敵意があると」

「そんなことはありません」


 伯爵は即座に否定する。

 しかし、アル兄さんは語調を崩さず、冷静に追い打ちをかけた。


「ですが、現にジークベルトに向けて執拗な嫌がらせがあった。それを止めようとしたドミニク殿に対し、ラフェルト伯爵家は罰を与えた。そう見えますが」

「それは……」

「まさか、一方だけの意見を聞いて判断したわけではないでしょう」


 伯爵は言葉を失った。

 エリアンの報告だけを鵜呑みにし、秩序を口にした手前、反論の余地はない。

 ドミニクを追い込んだ事実が、なにより雄弁だった。

 アル兄さんは淡々と告げる。


「この件は、アーベル侯爵家当主の耳に入れさせていただきます」

「お待ちください」


 伯爵が制するように声を発した。


「今回の件は、我らラフェルト伯爵家の落ち度です」

「それで、どうなさるのですか」

「エリアンの跡継ぎとしての自覚の欠如が招いた結果です。ラフェルト伯爵家として、然るべき対応を取らせていただきます」

「父上!?」


 エリアンが声を上げるが、伯爵は一瞥もくれず言い放つ。


「エリアン、黙りなさい」

「跡継ぎとして再教育なさる、ということですか」

「はい。ですので、この件については、侯爵にはお話を通さないでいただければと」


 アル兄さんは、わざとらしく眉をひそめた。


「それは、無理な話です」

「なっ……」


 伯爵の顔が引きつる。

 アル兄さんはその反応を見て、口角をわずかに動かした。


「それなら、条件を提示させていただきます。エリアン殿の再教育はアーベル家が推薦した者が行う。そして、ドミニク殿にはアーベル家が後見人をつける。これが条件です」

「えっ?」


 伯爵は理解が追いつかず、間の抜けた声を漏らした。

 家の中で立場が曖昧だったドミニクにとって、この提案は、彼の将来に対する庇護と保証を意味していた。


「父には話を通さなければなりませんが、ラフェルト伯爵家に敵意はなかったと説明いたしましょう。ただし、この条件を受け入れていただくことが前提です」

「ドミニクは、魔属性を持っていませんが……」

「ええ、存じております」


 伯爵はわずかに息を吐いた。


「……承知しました。アーベル家のご判断に従わせていただきます」


 そのまま伯爵はなにも言わずに部屋を後にした。

 アル兄さんもそれに続く。


「アル兄さん」


 俺が声をかけると、アル兄さんは足を止め、肩越しにこちらを振り返った。

 そして、親指を小さく立ててみせると、なにも言わずに伯爵のあとを追っていった。


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