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不運からの最強男  作者: フクフク
魔術学校編
220/221

跡継ぎの資質_02


 最初の一カ月は「貴族の事情だろう」と誰もが思っていた。

 魔術学校は週三日。家の都合での欠席は珍しくはない。

 だが、二カ月目に入ってもドミニクは戻らなかった。

 このままでは進級が危うい。

 俺もディアーナたちも、ただ事ではないと感じ始めていた。

 俺はラフェルト伯爵家を訪ねることにした。


 お忍び用の馬車の中。向かいでレオポルトが足を組んでいる。


「レオポルト、君まで一緒に来る必要はないだろ?」

「泥まみれの教室、あいにく現場を見逃してしまってね」

「今日はその話じゃないよ」

「わかっているさ。ジークベルトがひとりでラフェルト伯爵家を訪ねるなんて、無謀なことを耳にしたからね」

「心配してくれるのは有難いけど。別に、ドミニクの様子を確認に行くだけだよ」

「ノンノン」


 レオポルトが指を振る。


「ラフェルト伯爵家は由緒ある古い貴族だ。アポなしでは、門前払いされるのが関の山さ」

「何度か正式に申し入れはしたんだけど、返事はすべてエリアンからで、どうでもいい話ばっかりなんだよ」

「それで、強行突破ってわけか。まあ、俺がいれば問題ないさ」

「ドミニクのことも、心配なんだね」


 レオポルトは答えなかったが、その沈黙がすべてを物語っていた。



 ***



 ラフェルト伯爵家の門前。

 門番が槍に手を添え、無表情で告げる。


「お約束のない方をお通しすることはできません」

「レオポルト」


 俺が名を呼ぶと、彼は顎を上げた。


「同じ伯爵家じゃないか」


 門番の目が鋭くなる。


「ラフェルト伯爵家とベルク伯爵家は、マンジェスタ王国の建国以来、長きにわたり確執があります。その事情を踏まえ、今回はお通しできません」

「それは先代までの話じゃないか」


 レオポルトは半歩前へ身を移し、笑みを浮かべた。


「ベルク伯爵家の跡取りである俺、レオポルト・フォン・ベルクと、ドミニク・フォン・ラフェルトは友人さ」

「お通しできません」


 門番の声は低く、槍の穂先がわずかに下がる。

 レオポルトがさらに詰め寄ろうとしたのを、俺は手で制した。


「あの、ドミニクの様子だけでも、教えてくれませんか」

「あなたは?」

「僕は、ドミニクと同じクラスのジークベルト・フォン・アーベルです」


 門番の目が揺れた。


「あのっ、アーベル侯爵家のご子息!」


 俺の顔を見て、言葉を探すように口を開きかけては閉じる。


「本当に、アーベル侯爵家のご子息なのですか」

「はい、一応」

「おい、おまえ。失礼じゃないか? すぐに執事を呼べ」

「失礼しました」


 門番は腰の小さな革袋から、家紋入りの通信具を取り出した。

 指先で軽くひねると、内側に淡い光が灯る。


「執事殿、至急、門前へ」


 声は光に呑まれ、魔道具の奥へと消えていった。

 ほどなくして、慌てた様子の男が門の奥から駆け寄ってきた。

 執事は立ち止まり、俺の顔をまじまじと見つめた。

 一礼もなく、目を見開く。


「銀髪に紫の瞳! その色を持つのは、アーベル侯爵家の末のご子息ジークベルト・フォン・アーベル様だけ!」


 なんか、頭の悪そうな執事が現れたよ。


《ご主人様、本当のことでも口に出してはいけません》


 口に出してないよ。心の中でつぶやいただけだってば。

 執事は迷うように眉を動かし、やがて言った。


「……本来なら、旦那様に伺うべきですが」


 彼は小さく息を吐いた。


「アーベル侯爵家のご子息がご訪問となれば、無下にはできません。どうぞ、こちらへ」


 こんなに簡単に通していいのかな。

 もっと手順を踏むべきなんじゃないの?

 まあ、アポなしの俺たちにとっては都合がいいけど。


《ご主人様、それを便宜と呼ぶのです》


 皮肉のつもりだったんだけど。


《承知しております》


 ヘルプ機能と軽い愚痴を交わしながら、俺たちは門をくぐった。



 ***



 執事に案内されたのは、屋敷の奥ではなく、裏手の廊下だった。

 装飾は少なく、床板が軋む。

 角を二度曲がり、古びた木扉の前で執事が立ち止まった。


「こちらです」


 執事はノックもせず、ためらいなく扉を押し開けた。

 軋む音とともに、古びた埃の匂いが漏れ出す。

 レオポルトが眉をひそめる。


「……伯爵家の部屋とは思えないな」


 開かれた部屋は質素で、薄暗かった。天井は低く、窓も小さい。

 壁紙は色褪せ、家具は擦り切れ、長年の使用に耐えた痕跡を残している。

 そのベッドの上に、ドミニクの姿があった。


「ドミニク!」


 俺は思わず駆け寄り、顔をのぞき込んだ。

 顔は青白く、頬はこけ、唇に血の気がない。まるで別人のようだった。

 瞳は閉じたまま、呼吸は浅く、返事はない。

 俺は声を落とし、もう一度名前を呼んだ。


「ドミニク」


 沈黙が続き、呼吸の音さえ遠く感じた。

 そのとき、まぶたがかすかに震えた。


「……アーベル、か?」

「うん。僕だよ」


 背後でレオポルトが押し殺した息を吐く。


「これが、伯爵家の子息の部屋か?」


 執事は答えず、視線を逸らした。

 レオポルトが一歩踏み出す。


「どういう扱いをしてるんだ。答えろ」

「私どもは、旦那様のご意向に従っております。ラフェルト家の内情に、他家の方が口を挟まれる筋合いはございません」


 執事の正論に、レオポルトは言葉を飲み込み、唇を噛んだ。


「ベルクもいるのか」


 ドミニクの瞳が揺れたが、その目はどこも見ていなかった。

 それでも、レオポルトの声に反応したようだった。

 そのとき、ヘルプ機能が状況を伝えてきた。


《ドミニク・フォン・ラフェルトは、二カ月以上にわたり魔力枯渇状態が継続しています。視力低下、ならびに身体機能の著しい減退が確認されます》


 俺は、息を詰めた。


「まさか、魔力石を限界まで作り続けているのか」


 ドミニクは無言のまま、視線を落とし、やがて瞼を閉じた。

 沈黙が、答えよりも重く肯定していた。


《ご主人様。それだけではなく、MP回復薬を限界まで摂取させている形跡があります。副作用の蓄積が懸念されます》

「すぐに治療を行う」

「お待ちください。旦那様の許可なく、治療は認められません」


 執事が声を荒げかけたその瞬間、俺は振り返らずに言った。


「レオポルト」


 レオポルトが片手を掲げる。

 水の気配が、空気の底を震わせる。


『守り』


 ひと息の間に、ベッドの周囲に水の膜が立ち上がる。

 強固な守りの盾が出来上がった。

 執事は、動けずに立ち尽くしていた。


《ご主人様。ドミニクの状態に対し、最適な魔法は『再生』です。光魔法と聖魔法の系統がありますが、より高い効果が期待できるのは、上級魔法である聖魔法の『再生』です。体力・精神・魔力の同時回復が可能です》


 俺は、ドミニクの手を取った。冷たい。


「アーベル、いいんだ」

「よくないよ。見過ごすことはできない。それに、マリー姉様から預かった『再生石』があるんだ」


 俺は魔法袋に手を差し入れ、ひとつのガラス石を取り出した。

 守りの盾の外にいるレオポルトや執事には、俺の声だけが届く。

 手元のガラス石は、誰にも見えない。

 視力が低下しているドミニクには、それで十分だった。


『再生』


 淡い光がドミニクを包む。

 冷たかったドミニクの手に、ほんのりと温もりが戻る。

 指がわずかに動き、呼吸が深くなる。喉が小さく震えた。

 枯れていた魔力がゆっくりと灯り、瞳に微かな光が戻った。

 眉間のこわばりがほどけ、重くまとわりついていた薬の副作用も、沈んでいくようだった。


「ドミニク、どう?」

「嘘みたいに、体が楽だ……息をするのも軽い。また、マリアンネ嬢に借りができてしまった」

「マリアンネ嬢に借りだって。なっ、なぜ、君とマリアンネ嬢に接点があるんだ」


 レオポルトが、ベッドに駆け寄ると、身を乗り出すようにドミニクに詰め寄った。


「レオポルト、落ち着け」


 俺が強めに言うと、レオポルトははっとして振り返った。


「……すまない。つい」


 守りの盾はすでに消えていた。

 執事の姿もなく、おそらく報告に走ったのだろう。


本文の一部に、誤って書籍版の設定が混ざったまま掲載されていました。

WEB版とは設定が異なるため、該当箇所を修正しています。

読者の皆さまには混乱を招いてしまい、申し訳ありません。

なお、書籍版ではエマが学園に通っている構成になっており、WEB版とは展開や設定が一部異なります。

もし興味を持っていただけましたら、書籍版も手に取っていただけると嬉しいです。

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