表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不運からの最強男  作者: フクフク
魔術学校編
219/221

跡継ぎの資質_01

 ドミニクとは、あの件を境に、少しずつ距離が縮まっていた。

 友人と呼ぶにはまだ早い。けれど、以前よりもずっと言葉を交わすようになっていた。

 そんな日々の中、ある午後のことだ。

 俺がひとりになった瞬間を狙ったかのように、ひとりの少年が近づいてきた。

 どこかで見た顔だ。一瞬、誰だったか思い出せずにいたが、すぐに気づく。

 ドミニクの弟、エリアン・ラフェルトだ。

 思い返せば、ここ数日、妙な視線を感じていた。

 あれは、彼だったのかもしれない。


《脅威ではないと判断したため、報告は控えていました》


 ヘルプ機能。そういう勝手な判断はしないでほしい。


《承知しました。では、現在ご主人様に視線を向けている人物をピックアップします》


 待って、それはやめて。


《現在、校内でご主人様に注目している人物は百二十七名。うち、好意的な視線が──》


 ストップ。ほんとにやめて。俺が悪かった。

 ヘルプ機能とのやりとりに気を取られていたせいで、エリアンの話はほとんど耳に入っていなかった。

 どうやら彼は、こちらの反応も待たずに、一方的に話を進めていたらしい。

 ただ、最後の一文だけは、はっきり聞こえた。


「──ですから、兄ドミニクよりも、ラフェルト伯爵家の跡継ぎである自分と親しくなるほうが、あなたのためになります」


 くだらない。返す価値すら感じなかった。

 俺は、無言で背を向ける。

 相手にするまでもない。そう判断するには十分すぎる一言だった。

 背後で、エリアンがなにか言いかけた気配があった。

 けれど、俺は振り返らなかった。


《よろしかったのですか。ああいった人物は、無視を契機に敵意を強める傾向があります》


 取捨選択をしただけだよ。

 ドミニクとはクラスメイトだが、エリアンとは今日が初対面。

 学年も違うし、接点なんてほとんどない。


《たしかに、ご主人様とエリアン・ラフェルトの間に直接的な接点はほとんどありません。ですが、ご主人様にしては、やや感情が先行した対応だったように見受けられます》


 俺だって、誰にでも優しいわけじゃないよ。

 今日は、ハクやスラがいなくてよかった。

 あのふたりがいたら、さすがに黙っていなかっただろう。


《ハクやスラは、悪意に対して敏感です。状況によっては、魔契約の主であるご主人様の責任が問われる可能性もあります》


 うん。だから、今日でよかったよ。


 次の登校日から、妙なことが続き始めた。

 俺たちがいつも座る席から、信じられないほどの悪臭が漂ってきたり、廊下を歩いていると、小石が頭上から落ちてきたりと、そんな子供じみた悪戯が、ぽつぽつと起きるようになっていた。

 俺自身に直接の被害はない。


「酸っぱい! なにこれ!?」


 食堂での昼食中、俺たちのすぐ後ろの席から、悲鳴に近い声が上がった。

 振り返ると、同じクラスの女子生徒が、皿を前に固まっている。

 鼻をつく酸味が、こちらまで漂ってきた。


「また……ですね」

「最近、こういう悪戯が多いですね」

「まあ、内容は子供じみていますし。誰かを狙っているというより、愉快犯なのかもしれません」


 セラは落ち着いた声で淡々と分析する。


「食事を粗末にする行為は、許されるものではないわ」


 ディアーナが眉をひそめる。


 ……これ、事の発端は俺だよね。


《はい。間違いなくご主人様です。私は忠告をしたはずです》


 ここまで執着されるとは思わなかったんだよ。

 被害というほどのものは、ほとんどないし。

 悪戯自体は幼稚なレベルだ。

 同じようなことばかりだし、そろそろ飽きるだろうと思って静かに様子を見ていた。

 でも、食べ物に手を出すのは、さすがにだめだ。


《では、制裁いたしますか。私にお任せいただければ、完膚なきまでに叩き潰すことは可能です。もちろん、証拠は一切残しません》


 それは、やめようか。


《残念です。ご希望があれば、いつでも実行可能です》


 ヘルプ機能。絶対にしないからね。


《仕方ありません。ご主人様の判断を尊重します。なお、ドミニクが先ほどからこちらを見ています。おそらく、エリアンに関する要件だと予想されます》


 気づいていたんだろ、最初から。


《黙秘します》


 食事を終え、席を立とうとしたときだった。


「アーベル。少し、いいか」


 背後から、ドミニクの静かな声が響いた。

 ディアーナが一瞬だけ俺を見たが、なにも言わず歩き出す。

 セラとエマもそれに続いた。


「悪い。……人目のないところで、少し話せるか」


 俺は黙ってうなずき、ドミニクのあとを歩く。

 食堂を抜け、廊下を少し進んだ先、人の気配が途切れる場所で彼は足を止めた。

 ドミニクの声は、いつもより低い。


「弟が、授業で使う魔道具に細工すると言っていた。……気をつけてくれ」

「わかった。注意する」


 そう答えると、ドミニクは軽く頭を下げた。


「すまない。最近になって気づいた。エリアンがアーベルに嫌がらせをしていたことに」

「僕自身には被害がなかったからね」

「ああ、なぜか周りの生徒のほうが巻き込まれているみたいだ。それで把握するのが遅れた。すまない」

「でも、よく僕がターゲットだってわかったね」

「恥ずかしい話だが、家の中で弟が執拗にアーベルの名を出していた。教室でも君の周囲で騒ぎが何度かあったし。極めつけは昨日、授業で使う魔道具に細工をしたらしいと聞いた。そこで止められればよかったんだが……あの家で、俺に発言権はないから」

「ドミニク」


 目を伏せた彼の拳が、わずかに震えていた。

 悔しさが伝わってきて、思わず手を差し伸べたくなるが、ぐっと堪える。


「迷惑をかけて、本当に申し訳ない」



 ***



 教室に戻ると、床の一部が泥で濡れていた。

 机の脚や椅子にも泥が跳ねている。

 まるで小規模な土砂崩れでも起きたかのようだった。

 その光景を前に、ディアーナとセラが呆然と立ち尽くしていた。


「……なにがあったの?」


 俺が声をかけた瞬間、セラの制服の内側がわずかに動いた。

 スニが、なにかを察したようにぬるりと姿を現す。

 黄色い小さな体を揺らしながら、床に広がった泥へと近づいていく。


「ポッ〈おそうじ〉」


 スニが『吸収』を使うと、泥が音もなく消えていった。

 あっという間に、教室内の床は元通りだ。


「ポッ!〈主、スニ、がんばった!〉」


 ひと仕事終えたスニが俺に気づき、黄色い体をぷるんと揺らす。

 近づくと、その体が跳ねて胸元に飛び込んできた。

 スニを褒めながら、体をなでる。


「ご褒美に、スニの大好物の柚子胡椒風オーク肉をあげるね」

「ポッ!〈主、好き!〉」

「スニちゃん、よかったですね」


 セラが声をかけると、スニは満足げに制服の中へ戻っていった。


「他に被害はなかった?」

「はい。私たちが教室に着いた時には、誰もおらず、すでに一部が泥まみれでした」

「そうだったんだ。今日の授業は、土魔法を用いた造形の練習だったよね」

「はい」

「土属性を持たない生徒のために、学校側が用意した魔道具が誤作動を起こしたのかな」


 周囲にも聞こえるように言うと、ディアーナがうなずいた。


「その可能性はあるかと思います」


 ディアーナの言葉で、誤作動だったという印象は十分に広まったはずだ。


「さすがに、これはひどいな」


 俺は背後にいたドミニクにだけ聞こえるように声を落とす。


「アーベル、俺がエリアンと話す。任せてくれるか」

「わかった」


 あとは、元凶の魔道具をどうにかしないといけない。


「他の魔道具も誤作動を起こす可能性があるから、僕が鑑定で確認するよ」


 その提案に、クラスメイトたちがざわめき始めた。


「えっ、ジークベルト様って鑑定持ちなの?」

「もう、なんでもありじゃん」

「さすが、アーベル侯爵家の秘蔵っ子」


 そんな声を背に、俺はエリアンが細工した魔道具を回収し、鑑定眼で確認したあと、細工箇所を修正した。


《なぜ、エリアンが細工した証拠を隠蔽なさるのですか》


 そのほうが、ドミニクも動きやすいだろ。


《ご主人様は、本当に甘いですね》


 エリアンは、俺が土属性持ちだと知らなかったのかな。


《詰めが甘いのは、あちらも同じようです》


 そんな会話を続けながら、魔道具の鑑定を進めていた。

 気づけば、背後のドミニクは音もなく姿を消していた。


 ──それを最後に、ドミニクは学校に来なくなった。


本文の一部に、誤って書籍版の設定が混ざったまま掲載されていました。

WEB版とは設定が異なるため、該当箇所を修正しています。

読者の皆さまには混乱を招いてしまい、申し訳ありません。

なお、書籍版ではエマが学園に通っている構成になっており、WEB版とは展開や設定が一部異なります。

もし興味を持っていただけましたら、書籍版も手に取っていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ