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不運からの最強男  作者: フクフク
魔術学校編
215/220

魔力石の軌跡_01


「兄さんは、なんの魔属性でしたっけ?」


 エリアンがそう言った瞬間、広場の喧しさがすっと薄れた。

 弟とその取り巻きに囲まれたドミニクは、いつものベンチに座っている。

 エリアンの笑みはふざけているようでいて、刺すところは外さない。

 兄の反応なんて、沈黙か笑顔かの二択だと分かっている顔だ。

 取り巻きたちも控えめに笑っていたが、これが冗談じゃないことくらい察していた。

 それでも誰も口を挟まない。弟だからこそ許される問いだった。

 ドミニクは、いつもの調子で笑って答えた。


「魔属性は、ないよ」


 その笑みは場に向けたものだったが、冷えていたのは彼の内側だ。

 魔属性を持たないという事実は変わらない。

 それを口にするたび、胸の奥の冷えが少しずつ深くなる気がする。

 教室ではなんの問題もなく振る舞える。

 貴族としての礼節も、教養も、欠けてはいない。

 正しく立ち、正しく振る舞う。

 跡継ぎではなくとも、それが彼に許された唯一の居場所だった。

 けれど──それだけでは足りないと、最近の彼は思いはじめていた。

 その思いを、エリアンはまだ知らない。

 取り巻きたちも、触れることはないだろう。


「自分で言って、虚しくないの?」

「……事実、だから」

「だよねぇ。兄さんはラフェルト伯爵家の面汚し。追放されずに済んでるのは、魔力石を作れる無駄に高い魔力のおかげってわけ」


 エリアンは、軽い調子のまま刺すように言い放つ。

 兄が黙っているのをいいことに、言葉だけが場を支配していく。

 取り巻きたちは顔を見合わせ、小さく笑った。

 誰かがうなずけば、別の誰かが口元を隠して笑う。

 彼らにとって、ドミニクは笑いものにしてもいい相手だった。


「エリアン、魔力しかない兄さんに、そんなこと言うなって」


 取り巻きのひとりが茶化すように言うと、周りがすぐに笑いを重ねる。


「俺だったら、耐えられないよ。属性なしで貴族とか、地獄じゃん」

「魔力だけで生きてるの、哀れすぎるよな」

「でも、事実じゃん。魔属性がないなんてさ、貴族としてありえない。こいつのせいで、ラフェルト伯爵家は、ずいぶん言われのない中傷を食らったもんだぜ」

「でもさ、エリアンが土属性を持って生まれたから」

「そう、俺のおかげで、だろ?」


 エリアンの笑いが広がったあと、場が一瞬だけ静かになった。

 空気がわずかに濁り、ドミニクの指先がベンチの上でゆっくりほどける。

 そのときだった。

 広場の奥から、軽やかに空気を裂く声が響いた。


「また君たちかい、暇人だね。そんなに暇なら、鏡に向かって反省会でも開いたらどう?」


 朗らかで軽いけれど、芯を食った声だった。

 親衛隊を引き連れたレオポルトが、いつの間にか姿を見せていた。


「レオ様、相変わらず素敵です!」


 親衛隊のひとりが目を輝かせて叫び、他の子たちも、きゃっきゃと笑いながら続いた。


「……ちっ、行くぞ」


 エリアンが舌打ちを漏らし、眉をひそめながらその場を離れた。

 レオポルトの登場は、彼にとっていつも計算外だ。

 それに続くように、取り巻きたちもベンチから離れていく。

 わざとらしく視線をそらしながら、誰ひとりレオポルトに言い返さず、そして誰もドミニクを振り返らなかった。

 残されたドミニクは、ゆっくりと立ち上がる。

 一瞬だけレオポルトを見たが、口元に浮かんだのは笑みではない。

 レオポルトは、その表情に言葉を挟まなかった。

 視線だけが、静かにそこにあった。

 ドミニクは、わずかに首を振った。


「余計なことはしなくていいよ」


 低くつぶやくと、そのまま歩き出した。


「なにあれ?」

「レオ様が助けたのに、あれはないよね」


 親衛隊の子たちが肩を寄せ合いながら、レオポルトの背中を見つめる。

 空気がざわつきかけたところで、レオポルトが手をひらりと振って笑った。


「まあまあ、彼は照れてるだけさ。この俺に助けられたら、誰だってちょっと恥ずかしくなるもんでしょ?」


 その言葉に、親衛隊のひとりが頬を赤らめて叫ぶ。


「私がレオ様に助けられたら……きゃーっ!」


 他の子たちも顔を見合わせて笑い合う。

 その笑い声の中で、ドミニクの背は、誰にも気づかれないまま遠ざかっていった。



◇◇◇



 マリー姉様の臨時講師は、順調に進んでいるみたいだ。

 会うたびに「楽しいわ」と笑っていて、その表情が本当に楽しそうだから、きっと嘘じゃない。

 でも、今日は様子が違った。


「最近ね、院生が何人か、急に辞めちゃってね……」

「へえ、そうなんですか」


 俺は、なにも知らない顔して、とぼけた調子でうなずいてみせた。


《ご主人様が、ギルベルトに告げ口をしたからですね》


 うるさいよ、ヘルプ機能。

 中庭のカフェテラスでお茶をしながら、マリー姉様と俺は、次の授業までの時間を過ごしていた。

 レオポルトは、授業で必要なガラス石を自製するために、ひと足先に教室へ向かった。

 たぶん、今朝の準備風景を見て、自分もやってみようと思ったんだろう。

 それだけじゃなくて、俺たち姉弟の時間を邪魔しないように、気を回してくれたんだと思う。

 あいつなりの配慮だった。


「ええ、そうなの。その中にね、よく話しかけてくれた子がいて……なにかあったのかと思って、心配で」


 マリー姉様は目を伏せ、カップの縁にかかった指先をそっと滑らせた。

 言葉の調子は変わらないのに、その仕草に、いつもより少しだけ思い詰めた気配があった。


「大丈夫じゃないですか。もしなにかあったのなら、他の院生たちの間で噂になっているはずですし」


 俺はそう言いながら、マリー姉様の横顔をちらりと見た。

 少しでも不安を和らげるつもりだったけれど、目を合わせることができず、すぐに視線を逸らす。


「そうかしら?」

「そうだよ」


 辞めた院生たちの一部は、姉様の誘拐を企んでいた。

 そんなやつらのことなんて、知る価値もない。どうなったかなんて、俺も詳しくは知らない。


《ご主人様、知りたいですか? アーベル家の影が、けちょんけちょんにしたときの詳細情報はありますが》


 いいよ、ヘルプ機能。

 自業自得とはいえ、それを聞いたら、マリー姉様の前で、どんな顔すればいいかわからなくなる。


《残念です》


 そんなふうに考えていた矢先、テラスの外れから複数の足音が近づいてきた。

 ディアーナたちが手を振りながら、まっすぐこちらへ向かってくる。


「お姉様……お茶の時間、まだ終わってないですよね?」


 少し息を乱したセラが、そっと姉様の手を取った。


「うふふ、セラさん、もちろんよ」


 マリー姉様は、ゆるやかに微笑む。


「マリアンネ様、ご機嫌麗しく」


 ディアーナが完璧な所作で挨拶した。


「家族なんだから、堅苦しい挨拶はなしよ。ディアーナさんも座って。お茶をしましょう」

「はい」


 二人は席につくなり、今日の淑女教育の話を弾むように始めた。

 声も身振りもどこか嬉しそうで、マリー姉様に聞いてほしい気持ちが隠しきれていない。

 マリー姉様は、そんな二人を優しく見つめながら、微笑みを絶やさず耳を傾けている。

 俺の疎外感、ちょっと半端なくない。

 湯気の向こうで、みんなの会話だけがなめらかに流れていった。


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