表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不運からの最強男  作者: フクフク
魔術学校編
210/220

はじめての友人_01

 腰の魔道具が、軽く揺れた。歩くたび、重心がわずかにずれる。

 その違和感に、指先が勝手に動いた。


 ……違う。これは、ゼレムじゃない。


 ゼレムの重さは、もう少し軽かった。

 なのに、空気が張り詰めるような、妙なずっしり感だけは、いつもあった。

 今、腰にあるのは、あくまでゼレムを呼び出すための媒体だ。

 魔力循環に優れ、戦闘にも十分耐えうる。

 叔父が、ゼレムの『我以外を使うな』っていうわがままに応えるために、過剰なくらい手を加えてくれた一品だ。

 装飾には、高価な宝石が、無意味なほど散りばめられている。

 けれど不思議といやらしさはない。

 むしろ品があり、端正な印象すら与える。

 叔父には似つかわしくないセンスの滲み方に、ゼレムの意思が反映されているような気配すらある。

 おまけに、腰への負担を減らすために、重さまで細かく調整されたらしい。

 なにその気配り。

 優しさの方向、ちょっとズレてない?


 ──あの時。

 いつものように、代わりの剣に手を伸ばそうとした瞬間だった。

 空間が、ぐにゃりと歪み、疲れ切った顔の叔父が、ゼレムを伴って現れた。


「我以外の剣を手に取ることは、許さん」


 ぴしゃりと告げたその声に、思わず手が止まった。

 目の下に深い隈を浮かべた叔父が、見たことのない魔道具を差し出してくる。


「なかなか忠誠心が強いようだね」


 皮肉と疲労が滲んだ笑みだった。

 ごめんね、ヴィリー叔父さん。

 そんな顔をさせるほど、ゼレムが無理を言ったなんて。

 あれ? ゼレムって、こういうキャラだっけ。

 ふとよぎった疑問は、言葉にはしなかった──。


「ジークベルト様、どうかされました?」


 隣から届いたディアーナの声に、思考がふっと現実に引き戻される。


「まだ、ゼレムがいないことに慣れなくて」


 俺が答えると、肩にいたスラがぴょんと跳ねて、ぷるんと体を張らせるように主張した。


「ピッ!〈主! スラが守る!〉」


 ディアーナが、スラの声に目を細めて微笑む。


「うふふ、スラちゃん。心強いですね」

「ピッ!〈任せろ!〉」


 セラが、俺の反対側からそっと顔を出し、スラの言葉を褒めるように笑った。

 彼女はスニと一緒にいる時間が長いせいか、スラが言っていることもなんとなく理解できているようだった。

 すると、セラの制服の中から、むくれたような声がもぞっと響く。


「ポッ!〈スニも守る!〉」


 スラが肩の上で小さく跳ねた。


「ピッ?〈スニ、不機嫌?〉」

「ポッ〈不機嫌じゃない……〉」

「ピッ〈なら一緒に守ろう〉」


 微笑ましいやりとりが続くなか、ディアーナがふと、思い出したように声を紡いだ。


「ジークベルト様、もうすぐお誕生日ですね」


 その言葉に、セラが小さくうなずく。


「今年は、どんなお料理が出てくるのでしょうか」

「ピッ!〈肉!〉」


 スラが肩の上で、ぴょんぴょん跳ねながら声を弾ませる。


「ガルッ!〈肉!〉」


 その声に釣られるように、足元のハクが尻尾を揺らし、短く吠えた。


「ふふっ、なんだか楽しみにしていますね」


 ディアーナが微笑み、セラも嬉しそうにうなずく。


「今年は、ラピスを使った料理をお願いしてあるんだ」


 俺がそう返すと、スラがさらに跳ねる。


「ピッ!〈ラピス! スラも食べる!〉」

「ガルッ!〈ハクも!〉」


 その空気のなかで、スラとハクがはしゃぐ声も遠くに響いていた。

 のどかな時間のはず──だったんだけど。


 ……あれは?


 視線の端に、なにかが引っかかった。

 複数の男子生徒に囲まれたドミニクの姿。その輪の空気が、妙に沈んで見えた。

 笑っているようで、笑っていない顔。

 どう見ても、よくない感じだ。

 気づけば、足を踏み出しかけていた。

 けれど、それよりも早く。朗らかで軽い、芯を食った声が空気を割った。


「一年が三年に指導だって? その構図、全然映えてないよ。まったく美しくないね……退場、かな」


 レオポルトだった。

 親衛隊の女子たちを引き連れて、どこからともなく現れた。


「レオ様、素敵です!」


 親衛隊のひとりが目を輝かせて叫び、他の子たちも黄色い声援を飛ばしながら後に続く。

 声援は次第に熱を帯び、レオポルトの名を呼ぶ声が次々と上がった。


「ちっ、行くぞ」


 男子生徒のひとりが舌打ちを漏らし、眉をひそめてその場を離れた。

 それに倣うように、囲んでいた生徒たちも、ぞろぞろと引いていく。

 空気が入れ替わったように、場が静まり返った。

 親衛隊も声をひそめる。

 その沈黙に合わせるように、金の刺繍がふわりと揺れ、レオポルトがゆるやかに振り返る。

 こちらに視線を向け、俺と目が合うと、口元に笑みが浮かべた。


「そこにいるのは、麗しのディアーナ様!」


 誇らしげな声を張って、親衛隊を従えたレオポルトが堂々とこちらへ歩み寄ってくる。

 金刺繍のマントを纏い、笑顔で場をさらう彼の姿を、もう半年も見続けてきた。

 性格は、まあ……だいたい掴めてきた。

 悪い奴じゃない。

 教養もあるし、判断もできる。振る舞いも、案外きっちりしている。

 見た目は派手だし、言葉も変わってるけど、ああいうのが、良い貴族の模範なんだろうな。

 それも含めて彼らしいなって、最近は思う。

 でも、ディアーナたちを追いかけているように見えて、実は俺に、なにか目的があるんじゃないかって、ふと感じる時がある。

 ほら、今だってそうだ。

 親衛隊の子たちが、ちらちらと俺を見てくる。

 なにかを伝えようとしているような、そんな気配がある。

 ディアーナたちも、レオポルトの相手をしながら、視線だけで、時々俺を確認している。

 そんな妙な空気のなかで、レオポルトが思い出したふうに言った。


「そういえば、もうすぐ、ジークベルトの誕生日じゃないか?」


 声の調子は朗らか。

 でも、その間の取り方だけが、どこか芝居めいている。


「えっ、そうなんですか?」


 親衛隊のひとりが、すぐさま乗ってくる。


「そっ、そうなんだよ。麗しのレディ」

「レオ様、そのお言葉、ちょっと雑じゃないですか?」


 別の子が笑いながら、ひじでつつく。


「すまないね。美しい君たちの前じゃ、どうにも言葉が滑ってしまうようで」

「きゃーっ!」

「やっぱり素敵です!」


 親衛隊が一斉に沸き立った。

 ……俺は、なにを見せられているんだ。


《三文芝居ですかね》


 ヘルプ機能のツッコミが、聞こえた気がした。

 沸き立つ空気のなか、ディアーナがそっと一言。


「誕生日の話題をなさるとは、意外に細やかですね」


 親衛隊がざわめき、レオポルトは一瞬だけ黙った。

 そして、芝居がかった笑顔を浮かべる。


「さすがディアーナ様ね」


 親衛隊の何人かが、声を潜めてささやいた。

 俺は混乱していた。

 なんでディアーナが、わざわざレオポルトに助け舟をだしたんだろう。

 その意味が、よくわからない。

 でも、なんだ、この空気。

 ……俺だけ、場違いな気がしてきた。


「そうだ、ジークベルト。誕生会をするなら、俺が、出席してやってもいいぞ」

「いや、わる──」


 俺の声を遮るように、レオポルトがすぐに続ける。


「かっ、勘違いするなよ! 俺はただ、お前の姉、マリアンネ様をひと目見にだな」

「ごめん。誕生日は、家族だけで過ごすって決まりで。成人になるまでは、そういうの、やってないんだ」


 親衛隊のひとりが、あっちゃーと顔をしかめた。

 他の子たちも、ちらりと視線を交わしてから、そっと目を逸らす。

 空気が、すっと静まり返った。

 レオポルトは一瞬だけ硬直し、それから、ぎこちなく笑みを作る。

 あれ、俺なにかした?

 なんか空気が、ちょっと変だ。


「ガウッ〈派手な人、肉、食べたかったのか〉」


 足元にいたハクが、ふいに声を上げる。

 首をちょこんと傾けて、前足で床をぽふっと叩いた。

 あざとい。だけど、かわいい。

 何歳になっても、ハクはかわいい。

 親衛隊も同じだったようで、「かわいい」「触りたい」と小さく声が弾ける。

 沈んでいた空気が、ハクの一声でふわりと持ち直した。

 ディアーナは、そっと笑みだけで応える。

 俺は、ハクの頭をそっとなでながら、小さく息を吐いた。


「なんだか、助かった気がする」


 その言葉は、誰にも拾われないまま、場は静かにお開きとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ