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不運からの最強男  作者: フクフク
魔術学校編
204/208

始まりの気配_02


 階段の奥深くに、ひっそりとその部屋はあった。

 扉はなかった。

 空間の境界が、自然に切れているだけだった。

 内部は暗く、魔法灯の反応もない。

 ただ、空気の質がわずかに変わっていた。

 足元にまとわりつく魔力の感触に、シルビアは眉をひそめる。


「ふむ? なんの魔力かえ」


 一拍の沈黙の後、ぐふっと鼻を鳴らして、にやりと笑う。


「まあ、よい。目的はすぐそこじゃ。隠しおって、どこに置いたのじゃ」


 そう言いながら足を踏み入れると、ひと呼吸のあと、すぐに棚を探り始めた。

 布に包まれた箱、分類されぬ古い魔道具。

 彼女の手は、一気に探査のテンポを上げていく。

 スラがハクの背から身を乗り出し、きょろきょろとあたりを見回してつぶやいた。


〈……ここ、ちょっと、ちがう。なんか、におい、しなくなった〉


 スラのつぶやきを受けて、ハクが低く声を出す。


〈ここの空気、魔力の流れが変。誰かに遮断されてる。シルビア、出た方がいい〉


 シルビアは棚を漁る手を止めて、背後に視線を向けた。


「まだダメじゃ!」


 布包みの端を指先で弾きながら、苛立ちを滲ませる。


「あやつ、フラウが『ジークベルトに近づけちゃ危険よ!』と言っておった! それをヴィリバルトが『ジークが判断することだよ』と、フラウを窘めておったのじゃ!」


 奥から引き抜いた小さな箱を乱暴に開けながら、シルビアは語気を強める。


「フラウ自身が『むう。わかってるわ! 黒い剣……。でも私が見つけたんだから、一旦保管庫で厳重に管理して』って言ったのじゃ。妾はそれを、確認しに来たまでじゃ!」


 その瞬間、ヘルプ機能の警告が響いた。


《駄犬、直ちにそこから退避してください》


 シルビアの手元で、布包みがかさりと動いた。

 黒い塊が、静かに転がり出る。

 バッジほどの大きさ。

 だが、その形は不定形で、光を吸い込むような漆黒だった。

 ハクが目を細める。


〈これ、ただの魔道具じゃない。魔力が……空間の外へ漏れてる!〉


 室内の温度が、わずかに下がる。

 空気の流れが止まり、魔力のざらつきが肌にまとわりついた。

 スラがくるりと身を縮める。


〈きけん!〉

《駄犬、魔力遮断進行中です。直ちにその物から離れてください》


 黒い塊がぴくりと動き、周囲からゆっくりと魔力が巻き起こった。

 重たい魔力の波が空間を揺らし、棚の魔道具を鈍く鳴らした。

 シルビアは塊を見つめたまま、息をひとつ吐いた。


「……これは、まずいのじゃ」


 黒い塊の魔力が空間に満ちたその瞬間、圧が一気に跳ね上がった。

 空気は重く、身体の自由がじわじわと奪われていく。

 声も、魔力も、外に出ない。

 ハクが小さく息を漏らした。


〈……動けない。魔力が押し返されてる……〉


 シルビアは塊に手を伸ばそうとして、肩を震わせる。


「これは魔力に近しいが、神力じゃ……今の妾の、力では……」

〈ヘルプ機能! 聞こえてるか!〉


 ハクが叫ぶように呼びかけるも、応答はなかった。

 室内は沈黙し、空間そのものが外界との接続を拒んでいた。

 スラがぎゅっと身を縮める。

 重たい空気が、念話すら押し返そうとしていた。

 それでもスラは、わずかな隙を縫うように、念話を放つ。


〈スニ、スミ、たすけて! 主、たすけて!〉



 ***



 アーベル侯爵家の敷地内、玄関前の馬車寄せ。

 午後の陽が中空にあり、空気にはまだ穏やかな熱が残っていた。

 一台の馬車が、静かに出発の準備を整えている。

 その乗り口に、ユリウスが手をかけた。

 長い金髪が、風に揺れてなびく。所作は無駄がなく、動きに迷いはない。

 その肩には、小さな影、護衛のスミが乗っていた。

 スミはじっと周囲を見渡しながら、ユリウスの動きに合わせて微かに揺れる。


 スミもまた、スラの魔力から生まれた分裂体のひとつ。

 魔契約の主であるジークベルトから離れ、現在は王太子殿下直属の護衛として任務に就いている。

 その配属経緯は公にされておらず、殿下自身が語ることもない。


 ちょうどその瞬間、スラから飛ばされた念話が届く。


〈スミ……たすけて……し……〉


 スミの緑色の表面がぷるんと揺れた。


「プッ! 〈スラ、たすけて? 誰を?〉」

〈……シ……シル……たすけ……〉


 途切れ途切れの念話は、なにかの影響を受けていて、言葉の輪郭が曖昧だった。

 スミは一瞬考え、こともなげに返す。


「プッ〈了解。シルビア、たすけて〉」


 わずかの沈黙のあと、スミの体が一度だけ明滅した。


「なにかあったのか?」


 ユリウスが肩越しに問いかける。


「プッ! 〈解決済み!〉」


 スミは明るく跳ね返す。

 だが、その声色に、どこかずれた空気が混ざっていた。


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