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不運からの最強男  作者: フクフク
魔術学校編
203/208

始まりの気配_01


 最終授業の途中、俺の思考を遮るように、ヘルプ機能の報告が割り込んできた。


《ご主人様、駄犬より緊急事態発生の通知がありました。保管庫にて異常事態が発生した可能性があります。駄犬たちの動向を監視しておりましたが、保管庫に入った直後より映像・音声ともに取得不能となりました。なんらかの遮断干渉が発生したものと思われます。現在、駄犬、ハク、スラの所在は確認できておりません。直接の要請は『助けて』とのことです》


 ああ、やっぱり。

 今朝から、嫌な予感はしていたけど、まさか本当に起きるとは……。

 俺の直感って、こういうときに限って外れない。

 まあ、ただの勘じゃなく、『直感』のスキルなんだけどね。

 気づけばスキルレベルは5。いつの間にか上級の域に入っていた。


《直感スキルの成長要因は、ご主人様の称号『苦労人』の影響によるものと推測されます。称号の効果により、直感スキルは望ましくない事象への感知精度が高くなっており、それらを繰り返し回避されたことで、スキル経験値が蓄積されたものと思われます》


 ……それもう直感っていうより、災難予報だよね。


《ご主人様、ぼやいているところ失礼します。駄犬たちを助けに行かなくてもよろしいのですか? 念のため申し上げますが、駄犬を心配しているわけではございません。ハクとスラの安否が懸念されます》


 あっ、そうだった。

 邸内のことだし、外よりは安全だと思ってのんきにしてた。

 ヴィリー叔父さんが張った強力な結界が敷地全体を覆っている限り、めったなことは起きないはず……。

 なんだけど、シルビアが『助けて』なんて言うのは、そうそうあることじゃない。


「先生!」

「どうしたのかね、アーベル君」

「体調がすぐれませんので、家に帰らせていただきたいです」

「そっ、それは大変だ! すぐに帰りたまえ!」

「ありがとうございます」


 温厚なライナー教授で助かった。

 これがウーリッヒ教授だったら、すんなりとは帰してもらえない。

 きっと尋問に次ぐ尋問で、授業が終わる頃になって、ようやく解放されるか……いや、それすら怪しい。


 隣のディアーナたちに視線を送ると、彼女はこちらを見返して、小さくうなずいた。

 目が合っただけで察してくれるあたり、さすが俺の婚約者だ。


 教室の空気を乱すことなく、静かに席を立ち、そのまま扉へ向かう。

 帰りの馬車での言い訳も、彼女たちがうまく取り繕ってくれるだろう。

 扉を抜けて廊下へ出ると、俺は人目を避けて裏手の中庭へと回り込んだ。

 生徒の気配がないのを確認して、そっと移動魔法を展開する。


 空間が揺れた次の瞬間には、保管庫の前に立っていた。



 ***



 今朝、アーベル侯爵家では保管庫の整理が予定されていた。

 ある出来事をきっかけに、保管庫にはヴィリバルトの結界が幾重にも張られ、許可された者以外は立ち入れない重警備区域となっている。

 だが今日だけは、整理作業の都合で、その結界の一部が緩んでいた。

 神獣としての力を取り戻しつつあるシルビアにとっては、またとない好機だった。


〈シルビア、どこに行くの?〉


 ハクが声をかけると、彼女はにんまりと口元を緩めた。


「行けばわかるのじゃ! ジークベルトがきっと喜ぶのじゃ、のう、ヘルプ機能?」

《ご主人様が喜ぶかどうかの判断は、状況に依存します。目的地は保管庫ですね?》

「察しがよいのう。盗み聞きしておったのじゃな。で、ヘルプ機能はどう思う?」

《盗み聞きとは言葉の選び方が不適切かと。……まあ駄犬にしては、勘が冴えていますね。確かに黒い剣と所縁のあるものだと推測されます》

「そうじゃろ、妾もそう思ったのじゃ」

〈黒い剣? ジークベルトが使用している剣のこと?〉


 ハクが首を傾ける背の上で、スラはオークの肉を頬張りながら、もふもふの毛並みに顔をうずめていた。


「そうじゃ!」


 シルビアは満足げにうなずき、くるりと踵を返すと、先頭に立って歩き出した。


「ささ、妾に続くのじゃ! 保管庫へ急ぐのじゃ!」


 ハクは一瞬だけ足を止め、微かに身を縮めると、ためらいがちにシルビアのあとを追った。

 スラはハクの背中の上で、肉片を頬張りながらも、〈肉……まだある?〉とつぶやいていた。


 屋敷の敷地奥、保管庫の扉の前。

 通常なら、幾重もの魔力の膜が張り巡らされ、立ち入ることさえ困難な重警備区域。

 だが今日は、重層の張力がわずかにほどけ、抵抗の圧が緩んでいた。

 ハクは鼻先を動かし、空気の匂いを確かめる。


〈……膜の具合が、いつもと違う気がする〉

「心配性じゃのう。整理日の仕様じゃ……。ふむ。通れるのじゃ。運がよいのう」


 シルビアが結界の縁にそっと触れると、膜は音もなく開いた。

 魔力の縁が波紋のように揺れ、スラがぴょんっと跳ねて通り抜ける。


〈やわらかーい〉


 ハクは一度、地面に視線を落としたが、すぐにふたりの後を追った。

 そして三人は、暗がりの中へと足を踏み入れた。


 保管庫の内部は、想像以上に広かった。

 部屋に入るたび、魔法灯がぽっと灯る。明かりはやわらかく、温度もない。

 棚はどれも手入れが行き届いていて、物品も整然と並んでいた。


「ふむ、ここでもないのう」


 シルビアは足を止め、静かに視線を巡らせた。

 棚には申請書類や、用途別に分類された魔道具が並んでいる。

 どれも名目付きの保管物ばかりだ。

 そのとき、スラがふとハクの背中から身を乗り出した。


〈あっち、においする。なにか……ある!〉


 もぞもぞと滑るように下りると、壁際の隙間へと顔をのぞかせる。


「ほほぅ、よき嗅覚じゃ。買収した甲斐があったのう。よいぞ、スラ! もっと貢献せい!」


 シルビアがスラの方へ向かうと、壁の一部が微かに凹んでいた。

 魔力の感知では拾えないほどの、わずかな段差。

 手をかけて引くと、内部から冷たい空気が漏れ出す。

 冷気の奥から、隠された階段が現れた。


「見つけたのじゃ!」


 シルビアが嬉々として声を上げる。

 だが、魔法灯は反応しない。

 階段の入口は、暗がりのまま、ぽっかりと口を開けていた。

 空気は地上とは違い、冷たく、湿り気を含んでいる。

 それは、長いあいだ誰にも触れられていなかった空間の匂いだった。


「ふむ、よき空気……。妾の目的地に間違いなかろう。隠しおって」


 シルビアは鼻息を荒くしながら、階段を降りていく。

 あとを追うように、ハクが一歩踏み出した。

 その足元に、蜘蛛の糸が絡む。

 スラはハクの背の上で、小さく体を動かしながらつぶやく。


〈におい、する。……肉じゃない。もっと……ふるい〉


 ハクはちらりと背後を振り返る。

 保管庫の部屋には、整理された棚と、魔法灯の残光だけが残っていた。

 階段の入口とは、まるで別世界のようだった。


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