表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国後編
199/207

覚醒_03


「カミル!」


 救護室の一角で、ディアーナが駆け寄ってくるのが見えた。

 彼女は息を切らしながら、カミルの手を握りしめる。

 俺はその光景を見ながら、ハク、スラ、シルビアの前に立ち、ふたりの会話に耳を傾けていた。


「姫様……」

「テオバルト様からお聞きしました。私のために無理をしたと。敵の中に潜入するなんて、なんて無茶をしたのです!」


 ディアーナは目を潤ませ、声を震わせながらカミルの顔を見つめた。

 カミルは少し戸惑ってから、弱々しく微笑んだ。


「姫様、私はエスタニア王国を離れることになりました。シラー家からは除名されました」

「なぜです? シラー家にはマティアスお兄様から説明があったはずです」

「これは私が自ら望んだことなのです。姫様の護衛騎士としてではなく、アーベル家に仕えることになりました」

「えっ?」


 カミルの突拍子もない発言に、ディアーナは唖然として口を開けたまま、固まってしまった。


「今後も姫様たちのおそばにおります。ただ残念ながら、侯爵家ではなく、主に伯爵家に仕えることになります。私はヴィリバルト様の臣下となりました」


 えっ、そんな話は聞いていないけど?


《ヴィリバルトは、カミルの師匠となる代わりに、一生臣下として仕えることを条件にしたようです》

「カミル殿、いつ叔父様とそのような契約を交わしたのですか?」


 突然、テオ兄さんがふたりの話に割り込んできた。

 ディアーナとカミルは、その声のトーンに驚き、テオ兄さんの顔つきを見て息をのんだ。

 テオ兄さんの顔は怒りで般若のように変わり、その目は据わっていた。

 これはまずい!

 テオ兄さんがこんなに怒っているなんて……。

 ヴィリー叔父さん、なんで事前に相談していないんだ!

 俺は心の中で激しく動揺し、思わず頭を抱えそうになった。


「ダンジョンで刺された傷が完治してすぐです」


 カミルは冷静に答えたが、その声には微かな緊張が感じられた。


「テオ、知らなかったのか?」


 アル兄さんが横から口を挟んだ。

 テオ兄さんは驚きの表情でアル兄さんを見つめ返した。


「アル兄さんは、知っていたのですか?」

「ああ、叔父上の臣下になるとしても、アーベル家に仕えることには変わりないだろう。アーベル家の教育が終了した時点で、その話を聞かされた。父上もすでに承知している」


 アル兄さんはふとなにかを思い出し、再び口を開いた。


「ああ、そうだ。テオには叔父上が直接話すと言っていたな」

《ぴきっ》


 あれ、今、聞こえてはならない音が聞こえたような?


《それはテオバルトの堪忍袋の緒が切れる音ですね。私が再現しました》


 犯人はお前か、ヘルプ機能。

 あっ、ヘルプ機能と話している間に、テオ兄さんがヴィリー叔父さんの首根っこを掴んで引っ張っていってる。

 うわぁ、あれは相当やばいぞ。


「あれは相当やばいぞ」


 隣にいたニコライが、俺の思考と同じことをつぶやいた。


「ふふん、いい気味じゃ」


 ベッドの上でクッキーを一枚頬張りながら、その様子を見ていたシルビアは、満足げに微笑んだ。

 そして、もう一枚クッキーを手に取ってゆっくりと口に運んだ。


「シルビア、怪我人はお菓子ばかり食べないよ」

「妾はがんばったのじゃ! だからこれはご褒美なのじゃ!」


 シルビアは頬を膨らませながら、手に持ったクッキーをもうひと口かじった。


「シルビア様、太りますよ」


 カミルとの会話を終えたディアーナが冷静に指摘した。


「なんじゃと、小娘!」


 ふたりの小言の応戦が始まり、救護室にはいつもの賑やかな雰囲気が戻ってきた。

 そんな中、シルビアのベッドの脇で、ハクがしょんぼりと座っていた。

 体を丸め、耳を垂らしている姿は、どこか寂しげだった。


「ハク、まだ眠い?」


 俺は優しく声をかけ、ハクのそばにしゃがみ込んだ。


「ガウッ〈ハク、ジークと一緒に悪い奴倒せなかった〉」


 ハクの声には悔しさが滲んでいた。俺はハクの頭をそっとなでて、微笑みかけた。


「でも、ハクは『眠り』の魔法で体の自由が利かない中、アル兄さんたちに助けを求めてくれたよね」


 ハクは少しだけ顔を上げ、俺の目を見つめた。


「ガウッ〈スラが起こしてくれて、ハクはそれしかできなかった〉」

「アル兄さんたちに助けを求めてくれて、すごく助かったよ」

「ガウ?〈本当?〉」


 ハクは大きな瞳で俺を見上げ、少しだけ尻尾を振ったが、まだ元気がない様子だった。


「うん。ありがとう。もちろんスラもね」

「ピッ!〈気にするな!〉」


 スラは大好物のオークの肉を頬張りながら、嬉しそうに返事をする。

 スラの普段通りの様子を見て、ハクは少しだけ元気を取り戻し、尻尾をもう少し振った。

 ハクが少し元気になってほっとしていると、ニコライが小言の応戦を終え、ひとり佇むディアーナに近づいて話しかけた。


「そういえば、姫さん。エマはどこにいったんだ?」

「エマにはしばらく休暇を与えました」


 ディアーナは目を伏せ、少し寂しそうな表情を浮かべた。


「そうか、それは寂しいな」


 ニコライが優しい眼差しでディアーナを見つめ、彼女の頭にぽんと手を置いた。

 ディアーナは一瞬驚いたが、すぐに微笑んだ。

 俺はその様子を見守りながら、救護室に広がる温かい雰囲気を感じ取っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ