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不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国後編
198/207

覚醒_02


 叔父はクリスタルに大量の魔力を注ぎ込む一方で、『守り』を広範囲に展開し、意識を失ったアル兄さんを守っていた。


「ヴィリー叔父さん」

「ジーク、悪いけど、今はこれ以上の援護はできない。少しの間だけ時間を稼いでほしい」


 叔父の声には疲労が滲んでいたが、その目には俺への信頼と期待がこめられていた。


「わかりました」


 俺は深く息を吸い、覚悟を決めた。

 腰にある黒い剣を抜くと、その冷たい感触が手に伝わり、心臓が激しく高鳴る。

 最後の戦いになるかもしれないという思いが頭をよぎったが、すぐに振り払った。


「ジークベルト様」


 ディアーナの声は微かに震え、切迫感がにじんでいた。


「ディアはここで待っていて」


 俺は優しく微笑み、彼女の肩に手を置いた。

 ディアーナは俺の目を見つめ、心配そうな表情を浮かべながらも、意を決したように小さくうなずいた。

 その姿を見届けた後、俺は一歩前に進み、叔父の『守り』の範囲から出た。

 途端に、周囲の空気が張り詰め、ユリアーナの巨大な魔力の波動が直接肌に伝わってきた。


「次はジークベルトが相手をしてくれるの?」


 ユリアーナが妖艶に微笑む。

 俺は黒い剣に魔力をこめた。剣が赤く輝き、手から伝わる魔力の震えが周囲の空気にも波及した。

 ユリアーナの腕輪が光を放ち始め、闇と光が交錯し、空間に螺旋を描きながら混ざり合っていく。その中心で力が集約され、エネルギーが渦巻く様子は目を奪うほどの迫力だった。

 その光景を前に、背中に冷たい汗が一筋流れ落ちた。

 これは一瞬の勝負だと直感し、全身が戦闘態勢に入る。

 心臓の鼓動が耳元で響き渡り、呼吸が荒くなるのを感じた。


《ご主人様、黒い剣に限界まで魔力を注いでください。そうでなければ防げません》


 ヘルプ機能のアドバイスが頭に響く。

 俺はその言葉に従い、全身の魔力を最大限まで高めて黒い剣に注ぎ込んだ。

 魔力が体内で渦巻き、手から剣へと流れ込む感覚が鮮明に感じられる。

 剣が赤く輝き始め、その光は血潮のように激しく、闇を切り裂くように強くなっていく。


「うふふ、すごいわね。でも私の混合魔法には勝てない」


 ユリアーナはそう言って、腕輪を振りかざした。

 それに応じて、空間に螺旋を描いていた闇と光の渦がひとつに融合し、巨大なエネルギー球となって俺に向かって飛んできた。

 エネルギー球が迫るにつれ、黒と白の光が周囲を激しく照らした。

 その輝きが消えると同時に、深い闇が押し寄せ、視界が瞬く間に暗闇に包まれた。

 俺はその圧倒的な力を感じながらも、赤く輝く黒い剣をしっかりと握りしめ、正面から受け止めた。

 剣とエネルギー球が激突した瞬間、凄まじい衝撃が走り、爆発音が轟いた。

 エネルギーの奔流が剣から放たれ、衝撃波が四方八方に広がり、大地が揺れ動くほどの力が伝わってきた。


「うっ、ダメか」


 俺は歯を食いしばりながら、全力で押し返そうとしたが、ユリアーナの混合魔法の力は想像以上に強大だった。

 エネルギー球の圧力が剣を通じて全身に伝わり、筋肉が悲鳴を上げる。

 力が尽き、膝から崩れ落ちる。


「くっ……」


 視界が揺れ、意識が遠のきそうになる中、俺は最後の力を振り絞って立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。

 俺はその場に倒れ込んだ。


「ほら、ディアーナ。あなたの大切な婚約者が危機的状況よ。そこから出てきなさい」


 ユリアーナの冷たい声が、俺の意識を引き戻した。

 視界にぼんやりとディアーナの姿が映り込む。

 彼女は躊躇することなく、俺の方へ歩み寄っていた。


「来るなっ!」


 最後の力を振り絞って叫んだが、ディアーナはその言葉を無視し、まっすぐ俺を見つめていた。

 その瞳には決意と覚悟が宿っており、彼女は叔父の『守り』の範囲を越え、一歩、また一歩と足を踏み出してきた。

 その姿に、俺の胸は焦りと無力感でいっぱいになった。

 彼女を守りたいという一心で、再び立ち上がろうとしたが、体が動かない。

 どうして俺はこんなにも無力なんだ。

 ディアーナを、みんなを守ることすらできないのか。

 俺はその場に倒れ込んだまま、彼女を見守ることしかできなかった。

 ディアーナが『守り』の範囲を越えると、ユリアーナの目が冷酷に輝いた。

 彼女はその状況を楽しむかのように笑い、腕輪から混合魔法を放った。

 闇と光のエネルギーが渦巻きながらディアーナに向かって飛んでくる。


「ディアーナ、危ない!」


 俺が叫ぶと同時に、シルビアがディアーナをかばうように前に立った。


「『守り』なのじゃ。小娘、はよう逃げるのじゃ!」


 シルビアの声が響き渡り、彼女の手から輝く光の盾が生成された。

 ユリアーナの混合魔法は光の盾にぶつかり、激しい閃光と共に弾かれた。

 その衝撃でエネルギーの波紋が広がり、光が辺りを一瞬照らし出す。

 その光が消えると、闇のエネルギーがシルビアの身体を貫いた。

 シルビアの体は闇の中へと消え、次の瞬間、壁に激突した。

 壁が崩れ、彼女は瓦礫の下に埋もれてしまった。


「シルビア!」

「うぅ、少し無理をしたのじゃ……」


 またもや瓦礫の下から、シルビアがゆっくりと這い出してきた。


「シルビア様っ」

「小娘、戦いのさなかにそのような顔をするのではない!」


 シルビアは今にも泣きそうなディアーナに叱咤した。


「あの攻撃を受けてもまだ生きているなんて、神獣ってしぶといのね」


 ユリアーナは冷笑を浮かべながら、再び混合魔法を放つ。

 闇と光の光線がシルビアに向かって一直線に飛んでいった。

 シルビアは瓦礫の上で立ち上がろうとするが、その身体は傷だらけで限界が近づいていた。

 混合魔法がシルビアに迫り、衝撃波と共に彼女を飲み込んだ。

 シルビアは再び床に倒れ込むが、まだ戦意を失っていない。


「うっ、兄上」


 シルビアが苦しそうに息を切らしながら、俺に向けて手をかざす。

 彼女の手のひらからわずかな白い光が漏れだし、俺を優しく包み込んだ。

 光は温かく、心地よい感覚が体中に広がり、俺の中に眠っているシロを呼び起こそうとしている。


「兄上、見ておるのじゃろ! このままじゃと、みんなやられてしまう。妾はジークベルトが死ぬのはいやじゃ!」


 シルビアの体から放たれた神々しい光が、まばゆいばかりに輝きながら俺に降り注いだ。

 光の温かさが全身に広がり、まるで守られているかのような安心感が心を満たす。

 その光は全身の傷をも癒し、痛みが徐々に和らいでいく。

 俺の中にいたシロが共感するように目覚め、その存在が強く感じられた。


『我、汝を助ける。我が真名を呼べ!』


 シロの声が心の中で反響し、突然、頭の中にひとつの名前が浮かび上がった。


「シルヴィオン」


 俺がその真名を呼ぶと、体の中心から神秘的な光が溢れ出した。

 次の瞬間、光の中から銀色の狼がゆっくりと姿を現した。

 その姿はまさに神話や絵本『白狼と少女の約束』に登場する狼そのものであり、荘厳さと輝きに満ちていた。

 狼の毛並みは月光のごとくきらめき、その瞳には鋭さと優しさが共存している。

 俺が立ち上がると、シルヴィオンはその横に寄り添い、愛おしそうに頭を押しつけた。

 その温もりを感じながら、優しくその頭をなでる。

 俺を見つめるその瞳には、確かな絆と信頼が感じられた。

 その光景を見ていたユリアーナは、一歩前に出てきて余裕そうに言い放った。


「次はなにかしら?」


 挑発的な態度が全身にみなぎり、腕輪が妖しく光る。

 彼女の腕輪から闇の力が放たれ、黒い霧が広がっていく。

 俺は一瞬身構えたが、シルヴィオンが吠えると、その霧は瞬く間に消え去った。


『今こそ我の力、解放しよう』


 シルヴィオンの声が力強く響き渡ると、彼の体からまばゆい銀の光がほとばしり、彼の姿は消え、銀の光が一本の光線となって、ディアーナの体を貫いた。

 光はディアーナの体を包み込み、その輝きが徐々に和らいでいく。

 やがて光が完全に収まると、そこには獣の耳と尻尾を持ったディアーナが本来の姿で立っていた。

 彼女の金の瞳は神秘的な光をたたえ、その存在感がいっそう際立っていた。


「この力はなに?」

「それは神力じゃ。小娘の神力は人の能力を支えるものじゃ。ジークベルトを頼むぞ……」


 シルビアはそう言い終わると、意識を失い、地面に倒れた。


「シルビア様」


 ディアーナはシルビアの思いを受け取り、静かにうなずいた。


「ジークベルト様、私がこの力で支えます。だからユリアーナお姉様を一緒に止めましょう」


 ディアーナが黒い剣に手を添えると、剣は再び力を取り戻すように赤い光を放ち始めた。


《ご主人様、解析の結果、ユリアーナの混合魔法は徐々に威力を弱めています。腕輪が混合魔法の形成を補っているようです。ディアーナとご主人様の力を合わせれば、勝機は十分にあります》


 俺はディアーナと目を合わせた。互いの決意が視線を通じて伝わり合う。

 俺がうなずくと、彼女の金の瞳は一段と光を増した。

 それを合図に目を閉じ、深く息を吸って魔力循環に集中する。

 全身を巡る魔力が体中に熱をもたらし、血液のように流れるのを感じ取った。

 今できる最大限に魔力を高め、黒い剣に注ぎ込んだ。

 剣はそれに応えるように震え、赤い光がさらに強く輝き、限界を超えて白く光り出した。


「ユリアーナ、これで最後だ!」


 俺たちはユリアーナに向けて黒い剣を高く振り上げ、全ての力をこめて振り下ろした。

 剣先から放たれた白く神々しい光は、ユリアーナを包み込む闇と光の融合した防御壁に衝突した。

 光と闇の壁は一瞬の閃光とともに砕け、黒と白の光の破片が四方に飛び散った。

 その残滓が空中で舞う中、剣の光は神々しさを保ったまま、勢いを失うことなく、ユリアーナの腕輪に命中した。

 衝撃とともに腕輪は砕け散り、その破片が光の中に消えていった。


「しまった。いやあああっ!」


 ユリアーナの声が震え、その場に悲鳴がこだました。

 高く鋭い声が空気を切り裂き、恐怖と絶望が混じり合ったその声は耳をつんざくようだった。

 腕輪が粉々に割れると、あちらこちらに点在していた黒き闇と白い光もしだいに消滅していった。

 俺たちはユリアーナの異変にすぐさま気づいた。

 彼女の顔は血の気が引いたように白くなり、全身が激しく痙攣していた。命が吸い取られていくかのように、力が抜け、視線が虚ろになっていた。


「お姉様……」


 ディアーナがユリアーナの痛ましい姿を見て、思わずその名をこぼした。


《ユリアーナは腕輪が壊れた反動により、肉体と精神に極度の負荷がかかっています。この腕輪はザムカイト製の魔道具で、ユリアーナの本来の魔力量を大幅に底上げし、混合魔法を自由自在に操れるように調整されていました。血液が魔力を補う役割を果たしていたため、腕輪の破壊はユリアーナに深刻なダメージを与えました》


 ヘルプ機能から詳細な説明が入り、俺は一瞬躊躇した。

 その判断の甘さが、彼女に復活の機会を与えてしまった。


「まだ、これからよ!」


 ユリアーナの目にわずかな力が戻っていた。

 彼女は俺たちに対抗しようと立ち上がり、その体から青い光が発生した。

 青い光は小さな人型を形成し、光の精霊が姿を現した。

 しかし、精霊はすぐに動きを止め、砂のように消え去った。


「どういうこと!?」


 ユリアーナの困惑した声が耳に届いた。彼女は状況を理解しようと焦っている様子だった。


「間に合ったようだ」


 突然背後から叔父の声が聞こえ、俺は反射的に振り返った。

 その姿を見た途端、心が少し安らいだ。


「ヴィリー叔父さん」

「ふたりとも、よくがんばった」


 叔父の冷静な表情と力強い声が、俺たちに安堵感を与える。

 叔父の存在が、どれだけ心強いかを改めて感じた。

 叔父はゆっくりとユリアーナに歩み寄り、その目を見つめながら続けた。


「ユリアーナ殿下、あなたはもう光の精霊の力は使えません」

「なにをしたの」


 ユリアーナが鋭い目で叔父を睨みつけた。

 叔父はその視線を受け止めながら、重いため息をつき、瞳を細めた。


「あなたが利用していた力は、この容器の中で消滅した魂の欠片なのです。その痕跡をすべて消し去りました」

「余計なことを!」


 ユリアーナは激高して叫んだ。

 その様子を冷静に見つめていたディアーナが、静かに口を開いた。


「ユリアーナお姉様、あなたの負けです」

「いいえ、ディアーナ。まだ終わっていないわ。私には闇魔法がある」


 ユリアーナは悔しさと怒りに震えながら、すべての魔力を解放した。

 彼女の手のひらの上に闇のエネルギーが集まり、次々と黒い玉が形作られていく。それらの玉は不気味な光を発していた。


「これで終わりよ!」


 ユリアーナは叫び、黒い玉をディアーナに向けて放った。

 玉は音を立てて空中を飛び、ディアーナに迫っていった。

 ディアーナが俺の手を強く握りしめると、彼女の神力が再び俺の体に流れ込んでくる。

 体中に力がみなぎり、『光輝』と俺が光魔法を発動すると、ディアーナの頭から獣耳が消えた。

 光が闇を押し返し、ユリアーナの黒い玉を次々と消し去っていく。

 黒い玉は光に触れると、音もなく消え去った。


「まだよ、まだ……」


 ユリアーナは弱々しく言いながらも、再び魔力を絞り出そうとしていた。

 枯渇したはずの魔力が徐々に復活し始める。


《ユリアーナは、自身の生命力を魔力に変えています!》

「そんな……」


 勝利を確信していた俺は、目の前で繰り広げられる光景に、ただ立ち尽くしてしまう。

 ユリアーナの顔は蒼白で、その瞳は狂気と決意が揺れていた。

 彼女は最後の力を振り絞り、魔力を手のひらに集中させた。

 闇が彼女の周りを覆い、広がり続ける。

 しかし、その闇を切り裂くように、真紅の炎が突如現れ、闇を焼き尽くしていった。

 炎の中から姿を現したのはアル兄さんだった。


「ユリアーナ嬢、君の負けだ」


 アル兄さんが、ユリアーナの肩を掴み、頭を横に振った。


「アルベルト様……」


 ユリアーナはその場に崩れ落ちるように座り込み、呆然としたまま、前を見つめた。

 その金の瞳は黒く濁り、彼女の頬にはひと筋の涙が流れた。


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