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不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国後編
196/207

真実の顔


 玉座に優雅に腰をかけたユリアーナは、冷ややかな視線で俺たちを見つめていた。


「ユリアーナお姉様、どうして?」


 ディアーナが震える声で問いかけた。

 ユリアーナは冷たい笑みを浮かべ、唇を引き結んだ。


「どうして? それをディアーナ、お前が言うの?」


 ユリアーナの冷たい声にディアーナは一瞬怯んだが、すぐに鋭い目つきでユリアーナを見据えた。


「そうね、まだ時間がかかるようだから、特別にあなたたちの質問に答えてあげるわ」


 ユリアーナは玉座の横にある水晶を見つめながら冷ややかに言い放った。

 すると、ディアーナは一歩前に出て、決意を込めた顔で問いかけた。


「私をダンジョンへ転移させたのはユリアーナお姉様ですか?」

「えぇ、そうよ。目障りだったのよ」


 その言葉には一片の後悔も感じられなかった。


「私は命を落としかけました」


 ディアーナは拳を握りしめ、声を震わせた。

 ユリアーナは肩をすくめる。


「でも生きているじゃない?」


 その身勝手な言い分に、ディアーナの顔が一瞬強張るのを見て、俺の胸に怒りが込み上げた。

 しかし、それ以上にディアーナの心の痛みを考えると、彼女を守らなければならないという強い決意が湧き上がった。

 俺はユリアーナに視線を向け、平静を装いながら問いかけた。


「コールスパイダーの変異種を用意したのもあなたですね?」

「そうよ。帝国にお願いしたのよ」


 ユリアーナが妖艶に微笑んだ。その目には一切の迷いもなく、自分の行動が正しいと確信している態度をとる。

 俺は怒りを抑えきれず、拳を強く握りしめた。


「ダニエラが言っていたあの方もあなたですね?」


 ユリアーナの動きが一瞬止まり、首をかしげた。


「ダニエラ?」

「私の護衛騎士として配属された近衛騎士のダニエラ・フォン・マイヤーです」


 ディアーナはその名前を口にして一瞬目を伏せたが、すぐに顔を上げ、毅然とした表情を見せた。


「ああ、あのお花畑さんね」


 ユリアーナは一瞬目を細めたが、すぐに妖艶な笑みを浮かべた。


「お花畑?」

「そうよ。あのお花畑は平民の分際で、私に近づいたの」

「平民?」


 ディアーナは驚いて目を見開いた。


「ディアーナは知らなかったのね」


 ディアーナの戸惑いを見て、ユリアーナは面白そうに口角を上げた。


「いいわ、教えてあげる。お花畑はね、まだ成人していないマティアスと恋人同士だと思っていたのよ。妹のあなたがマティアスとの関係を邪魔して、婚約ができないと嘆いていたわ」


 ユリアーナは皮肉に笑いながら続ける。


「一度も会話を交わしたことがない相手を、なぜか相思相愛だと信じているなんて、妄想にもほどがあるわ。ねぇ、気持ち悪いでしょ?」


 ディアーナが言葉を失っていることに気をよくしたユリアーナは、さらに言葉を繋げる。


「だからそれを利用したの」


 ユリアーナの金の瞳が妖しく光る。


「お花畑には意外にも戦闘センスがあってね。ビーガーを利用してディアーナの護衛騎士に推薦させたの。言っておくけど、お花畑にはなにもしていないわよ」

「ダニエラをどうしたんですか?」


 俺の顔は緊張と疑念で曇り、声は一瞬震えた。


「さあ? どうしたかしら?」


 ユリアーナは楽しげに目を細め、肩をすくめた。


「ああ、そうよ。ディアーナの暗殺に失敗して、恥知らずにも戻ってきたのよ。それなら有益な情報を掴もうとしたけど、誓約魔書のせいで話せないって言うのよ」


 ユリアーナは玉座に深くもたれかけ、冷ややかに言い放つ。


「だから帝国にあげたの」


 誰かが息をのんだ音が聞こえた。


「でもすぐに壊れちゃって、処分に困っていたら、道具としての使い道を思いついて、使ったわ」

「なんてひどいことを」


 ディアーナが震える声で非難する。


「失敗した子に用はないわ。それにお花畑は、私と半分血の繋がった弟を身分も弁えずに見ていたのよ。だから、マティアスの姉として、当然の対応をしたまでよ」


 ユリアーナは冷ややかな視線を向けながら、さらりと言った。その目には一片の情けも見えなかった。

 その時、玉座の間の大扉が重々しく音を立てて開いた。

 そこには、険しい顔をしたアル兄さんが立っていた。


「あら残念。思っていたより使えなかったわ」


 ユリアーナは一瞬、失望の色を浮かべたが、すぐに表情を切り替え、にっこりと微笑んだ。


「アルベルト様、ようこそ!」

「ユリアーナ嬢どうして……」


 アル兄さんはユリアーナを見つめ、一瞬目を伏せた後、悲しみと怒りを押し殺すように再び彼女を見据えた。


「うふふ、どうしてなのでしょうね」


 ユリアーナは冷たい笑みを浮かべながら、腕をゆっくりと持ち上げた。彼女の腕輪が微かに光り、その光が闇の霧を呼び起こした。


《ご主人様、そこからすぐに逃げて下さい!》


 ヘルプ機能の警告を受け、隣にいたディアーナの腕を掴んで後退すると、俺たちがいた床から黒い闇が霧のように舞っていた。『光輝』と俺は光魔法で闇を払拭する。すると、別の場所から悲鳴が上がった。


「きゃあっ」


 俺たちから少し距離をとっていたエマが闇に捕まり、再び闇のカーテンに包まれたのだ。


「エマ!」


 エマを助けようと再び『光輝』を発動させようとしたその瞬間、鋭い閃光が俺の横を通り過ぎ、壁に大きな穴を空けた。


「ジーク!」


 アル兄さんの叫び声が響く。


「動かないで。動いたら、あの子を消すわよ」


 ユリアーナの冷たい声が響く中、エマが闇の中でもがき苦しんでいる。


「ユリアーナ嬢、やめるんだ!」


 アル兄さんは必死に叫びながら、一歩前に踏み出した。しかし、ユリアーナの冷たい視線に足を止められた。


「考えてもいいですよ。アルベルト様が私のお願いを聞いてくれるなら」


 ユリアーナは妖艶に微笑んで、アル兄さんを見つめた。ふたりの視線が交わり、一瞬の静寂が場を包む。


「私にできることならしよう」

「アルベルト様が腕に着けている赤糸のリボンを私にくださらない?」


 ユリアーナはその言葉を口にしながら、アル兄さんの腕に視線を向けた。


「だめです。アルベルト様!」


 ディアーナが叫んだ瞬間、黒い闇が衝撃波のように彼女を襲った。


「きゃあっ!」


 ディアーナは闇に包まれ、地面に倒れ込んだ。彼女の体は震え、苦しそうに息をしている。


「ディア!」

「ディアーナ!」


 俺とアル兄さんが同時に声を上げると、ユリアーナがディアーナを見下ろしながら冷たい声で言い放った。


「ディアーナ、醜い亜人のあなたが、誰の許可をえて、アルベルト様に話しかけているの?」

「ごほっ。ユ、ユリアーナっ、おねえさまっ」


 ディアーナは苦しそうに言葉を絞り出した。


「ユリアーナ嬢、君の言う通りにするから、ジークたちをこれ以上傷つけないでくれないか」


 ディアーナとエマの苦しむ姿を目の当たりにし、アル兄さんの顔は痛みに歪んでいた。

 その懇願を聞いて、ユリアーナは目を輝かせ、微笑んだ。


「まぁ、なんてお優しい。ジークベルトはいずれ手に入れるとして。今は諦めてあげます」


 アル兄さんは深く息をつき、頭を横に振りながら目を閉じた。


「私だけで満足してほしい」

「それは聞けないお願いです。私、一度欲しいと思ったものは、確実に手に入れないと気がすまないんです」


 すげなく返すと、ユリアーナはアル兄さんの目をじっと見つめながら命じた。


「その赤いリボンを外して、私の前で跪いて、そして私に永遠の忠誠を誓ってください」


 ユリアーナの手元に誓約魔書を見つけた俺は、心臓が一瞬止まったように感じた。


「アル兄さん、だめだ!」


 俺の声に反応したアル兄さんは一度俺に視線を向けると、優しく笑い、静かに頭を振った。そして無言で腕から赤いリボンを外すと、その体がゆらめいた。

 アル兄さんの赤い目から色がなくなり、ぼんやりと遠くを見つめている。その姿はまるで魂が抜けたかのように、空虚で儚げだった。

 アル兄さんが玉座に座るユリアーナの前に立つと、ゆっくりとした動作で跪いた。

 その仕草は洗練されていて、危機的状況の中でも輝いて見えた。


「やっぱり素敵。そうだ待って!」


 ユリアーナが声を上げ、手を軽く振った。アル兄さんの動きが止まる。


「アルベルト様、忠誠ではなく、私に愛を捧げてください」

「なっ、なにを」


 アル兄さんが顔を真っ赤にして、狼狽えた。

 その様子を見て、まだ完全に魅了されていないことに俺は安心した。


「アルベルト様は王配になるのだから、忠誠ではなく愛を私に捧げるべきだと思うのです」


 そう言ってユリアーナは、玉座から立ち上がった。

 彼女はアル兄さんの頬を両手で掴み、妖艶な表情で顔を近づけ、唇を重ねた。


「アルベルト様」とささやくように言いながら、ユリアーナがもう一度唇を重ねようと顔を近づけたその瞬間、玉座の間に『疾風』が吹き荒れた。


「お痛が過ぎるんじゃないかな。ユリアーナ殿下?」


 低く響く声が玉座の間にこだました。


「ヴィリー叔父さん!」

「これ以上、私の大切な者たちを傷つけると、許さないよ?」


 叔父は冷静に言い放ったが、その赤い瞳は怒りに燃えていた。

 叔父は両腕に荷物を抱え、一つはクリスタルのような容器で、神聖なものだとひと目でわかった。もう一つは、丸い大きな袋だった。叔父は慎重に足を運び、俺たちの前で立ち止まった。

 そして大きな袋を置くと、玉座に座り直したユリアーナを見据えた。

 ユリアーナは冷ややかな視線を返し、玉座の背もたれにゆっくりと体を預けた。


「赤の魔術師、ようやく登場ね」

「アルを返してもらおうか」

「だめよ。アルベルト様は私のもの」


 玉座の前で座っていたアル兄さんの頬をひとなでした。

 アル兄さんの目は虚ろで、彼の意識は完全にユリアーナに支配されているようだった。


「完全に魅了したようだね」

「うふふ、違うわ。愛を誓ったのよ」


 彼女の声には勝ち誇った響きがあった。


「一方的な愛をね。幸いなことに誓約魔書は交わしていないようだね」


 叔父は冷静に返したが、その目には警戒の色が浮かんでいた。

 叔父とユリアーナの間に、大きな魔力の波動を感じた。それはまるで空気が震えるような感覚で、肌に刺さるような冷たさがあった。話しながらお互いを牽制し合っている。その技量の高さに俺は驚いた。ユリアーナは形には見えない魔法を使い、叔父と互角に渡り合っているのだ。


「そのクリスタル、見たことがあるわ」


 ユリアーナの額には大量の汗が浮かんでいる。


「帝国の魔術師が王城の地下で管理していたはずよ」

「おしゃべりだね、それともそろそろ限界かい?」


 叔父がユリアーナを挑発するように冷笑する。


「アルベルト様」


 ユリアーナがその名を呼ぶと、アル兄さんは無言で立ち上がり、素早く剣を抜いて叔父に刃を向けた。

 叔父はその瞬間を待っていたかのように、容赦なく『疾風』を発動し、アル兄さんを地面に叩きつけた。アル兄さんは苦痛に顔を歪ませながらも、必死に立ち上がろうとしたが、続けざまに『拘束』を使われ、動きを封じられた。

 そして玉座にいるユリアーナへ強大な『暴風』をぶつけた。

 ユリアーナは玉座ごとうしろの壁に激突し、痛みと恐怖に包まれながら、闇の中へと忽然と姿を消した。

 叔父は地面に伏したアル兄さんを抱きかかえ、何度か『聖水』をかけた。アル兄さんが意識を取り戻し、赤い瞳から濁りが消えると、叔父は安心したように息をついた。


「アル、大丈夫かい?」

「ユリアーナ嬢……」


 アル兄さんが再び虚ろな目をし、苦しそうにかすれた声でユリアーナの名を呼んだ。


「ああ、これはだめだね」


 叔父はそう言って、すぐに手のひらでアル兄さんの首に一撃を与え、意識を失わせた。


「ジーク、聖魔法の『癒し』をアルにかけられるかい?」

「はい」

「精神支配から解き放つイメージで、できるだけ強くかけて欲しい」

「はい」


 俺は緊張しながらも、叔父の指示に従い、魅了された人が正常な精神に戻る場面を頭に想像し、魔力を高めた。手のひらから温かい光が溢れ出し、アル兄さんへ『癒し』を施した。

 これでアル兄さんの魅了は解除されたのだろうか。


《いいえ、アルベルトはまだ魅了状態です。しかし、ご主人様の『癒し』でその状態が軽減されました。魅了を完全に解除するには、『浄化』や『正常』などの聖魔法が必要です》


 やはりそうだよね。

 俺は少し落胆しながらも、心の中で聖魔法を極める決意を新たにした。

 ヘルプ機能の説明に耳を傾けながら、周囲の静けさを感じていると、叔父は赤いリボンをアル兄さんの腕に着け直し、そっと地面においた。

 エマが闇のカーテンから解放され、ふらふらと足元を確かめながら闇の衝撃波を受けたディアーナの元へ駆け寄る。


「姫様、大丈夫ですか」

「えぇ、私は大丈夫よ。エマあなたこそ」


 ディアーナがエマの腕を強く掴み、涙を浮かべながら無事であったことを喜んでいた。

 俺はふたりの邪魔をしないようにそっと『癒し』をかけた。


「ジークベルト様、ありがとうございます」


 それに気づいたディアーナが感謝の気持ちを込めて頭を下げると、エマも微笑みながらそれに続いた。


《誰でも気づきますよね》


 ヘルプ機能の余計な言葉を俺は心の中で無視した。



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