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不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国後編
194/208

王城での決戦_02


 アルベルトとパルは、急ぎ足で玉座の間へと向かっていた。

 前方から静かに甲冑をまとった男が現れる。男の姿を確認したパルは、その名を叫んだ。


「アイゼン!」

「バルシュミーデ、お前の首をもらう」


 アイゼンは鋭い声で言い放ち、その甲冑が不気味に光った。

 パルはアルベルトを先に玉座の間に行かせるため、彼の腕を引っ張った。


「アルベルト殿、ここは私に任せて、玉座の間へ」


 アルベルトは一瞬ためらったが、パルの決意を感じ取り、うなずいた。


「気をつけて、パル」


 パルはアイゼンに向き直り、冷静な声で言った。


「アイゼン、ここでなにをしている? 我々の敵ではないはずだ」

「時代は変わったのだ、バルシュミーデ。今や我が主ユリアーナ女王の命令に従うのみ」


 パルは剣を抜き、戦闘態勢に入った。


「ならば、ここで決着をつけるしかない」


 パルは剣を構え、アイゼンとの距離を詰めた。アイゼンもまた、剣を抜き、冷たい笑みを浮かべた。


「バルシュミーデ、覚悟はできているか?」

「もちろんだ、アイゼン。ここで終わらせる」


 ふたりの剣が交錯し、鋭い金属音が響き渡った。パルはアイゼンの攻撃をかわしながら、反撃の機会をうかがった。アイゼンの動きは素早く、力強いが、パルもまたその技量で応戦した。戦いが激しさを増す中、パルはアイゼンの隙を見つけ、鋭い一撃を放った。アイゼンは驚いた表情を浮かべ、一瞬動きを止めたが、すぐに体勢を立て直した。


「やるな、バルシュミーデ。しかし、これで終わりではない」


 アイゼンは再び攻撃を仕掛け、パルもまた全力で応戦した。ふたりの戦いは続き、玉座の間へと向かうアルベルトの背中にその音が響いていた。

 アイゼンは遠ざかるアルベルトに一瞬目をやった。


「アイゼン、よそ見をする余裕はないぞ!」


 パルの鋭い声が響き渡り、その一撃がアイゼンに迫った。アイゼンは素早く振り向き、パルの剣を受け止めた。剣が激しくぶつかり、火花が飛び散る。


「くっ、バルシュミーデ、その腕は衰えていないな」


 アイゼンは息を切らしながらも、一歩後退し、すぐに体勢を立て直して反撃に転じる。


「当然だ。姫様の護衛騎士だからな。お前のように戦線を離れることなどない」


 パルは胸を張り、再び鋭い一撃を繰り出した。アイゼンが巧みに受け流す中、激しい剣戟が繰り広げられる。

 互いに譲らないふたりの剣は、まるで閃光のように交錯し、金属音が響き渡る中で、パルの刃が甲冑をかすめた。その瞬間、アイゼンの顔が苦渋に歪み、「くっ」と息を漏らした。パルはその機会を逃さず、一気に攻勢を強める。


「アイゼン、お前の意地は認めるが、これで終わりだ!」


 パルは叫びながら鋭い一撃を繰り出し、アイゼンの防御を突き破った。


「ぐっ……」アイゼンは体勢を崩し、膝をついた。

 しかし、彼の心はまだ折れていなかった。息を切らしながら、最後の力を振り絞り、再び立ち上がろうとする。


「もう勝敗はついた、アイゼン…」


 パルは苦しげな表情を浮かべながら、愛剣を振り下ろした。その一撃がアイゼンの頭部に軽く打ちつける。アイゼンは視界が暗くなるのを感じながら、意識を失い、地面に崩れ落ちた。



 ***



「戦え! 死ぬまで戦うんだ!」


 マクシミリアンが『扇動』を発動し、帝国の新薬で異形の姿となった一部の同胞たちをコントロールしていた。

 彼らの筋肉は膨れ上がり、目は血走っていた。意志を失った彼らの動きは機械的で、マクシミリアンの命令通りに動く、ただの人形に過ぎなかった。

 マクシミリアンの額にはおびただしい汗が流れ、呼吸は荒く、目は焦点を失っている。

 彼は『扇動』を使い過ぎていたのだ。

 すでに彼の魔力は枯渇していたが、手元のMP回復薬を握りしめ、なんとかその場を凌いでいた。彼の体は限界に達していたが、それでも戦いを続けるしかなかった。

 その時、マクシミリアンを支えていたひとりの男が、非難めいた言葉をあげる。


「マックス、お前を信じてここまで来たのに、同胞たちのあの姿はなんだ?」


 男の顔には怒りと失望が浮かんでいた。


「はあ? 今さら信じるもなにも、見ての通りだろ?」

「はじめから俺たちは捨て駒だったのか!」


 男の言葉に、その場にいた他の仲間たちもざわめき始めた。視線がマクシミリアンに集中する。


「あはは! それは誤解だ! お前たちには、飲ませてないだろ?」


 マクシミリアンはポケットから帝国の新薬を取り出し、冷笑を浮かべながら彼らに見せた。


「今後の活動を考えて取捨選択しただけだよ。まさかスラム街のやつらに情でも移ったのか? あいつら全員犯罪者だぞ?」

「だが、今は仲間だ」と男は毅然とした声で言った。

「きれいごとは聞き飽きたよ。じゃあ、お前が代わりに飲むか?」


 その提案に男は一瞬動揺し、目を逸らした。彼の仕草にマクシミリアンは嘲笑を浮かべ、「やはりきれいごとだな」と言い放った。

 残っていた同胞たちに不安が漂っていることに気づいたマクシミリアンは、拳を握りしめ、声を張り上げて主張した。


「みんな、よく聞け! 俺たちは平民で、魔属性がない者がほとんどだ。しかし、王城にいる騎士たちは貴族で、魔属性を持ち、魔法を使える。だからこそ、俺たちは苦渋の決断をした。帝国の新薬を使い、魔法に対抗できる体にしたのだ!」


 マクシミリアンは、新たな薬を高々と掲げる。


「安心しろ! 解毒薬はある! この戦いが終わり、俺たちが勝利を掴んだら、同胞たちも元に戻るんだ!」


 その言葉に、同胞たちは互いに目を合わせ、決意を新たにした。そして、一斉に「おおー!」と声を上げ、戦意を高めた。

 その背後には、アーベル家の家紋を付けた影が密かに佇んでいた。


「テオバルト様、『扇動』の発動者マクシミリアンの位置を特定しました」


 影が音もなく姿を現し、テオバルトへ戦況を報告した。


「早いね」

「今、他の者が捕獲に動いておりますが、体を酷使し過ぎています」

「それは残念だ」


 テオバルトが冷酷に言い放つ。その一言で、影はマクシミリアンが見限られたことを即座に悟った。

 影の顔には一瞬の驚きが走り、すぐに冷たい汗が額に滲んだ。


「『守り』の魔道具の解除状況は?」

「もう少し時間が必要です」


 影の答えにテオバルトは静かにうなずき、次の指示を出す。


「わかった。『守り』が解除され次第、トビアス殿下ならびにビーガー侯爵を確保する。彼らは重要な証人だ。必ず捕まえるんだ」

「御意」


 影はその一言を残し、音もなく暗闇に消えた。


「ニコライ、行こう」


 テオバルトは隣に立つニコライを見つめると、ニコライは拳を掲げて応じた。


「腕がなるぜ」


 ふたりの視線の先には、帝国の薬で異形の姿に変わった哀れな者たちと影たちが激しい戦いを繰り広げていた。

 テオバルトの一言が合図となり、ふたりは無言のまま戦場に向かって歩き出した。

 冷たい風が吹き抜ける中、彼らの姿は戦場の喧騒の中に消えていった。



 ***



 戦場の喧騒の中で、トビアスは汗だくになりながら拠点に戻ってきた。守りの魔道具で結界が張られたこの場所だけが、戦場の中で唯一の安息地だ。


「トビアス殿下!」


 息を切らし、全身が震えているトビアスの元へ、ビーガーが急ぎ足で駆け寄る。


「ビーガー、魔力切れだ。MP回復薬をくれ」


 トビアスは荒い息をつきながら、手を差し出した。


「なりません。これ以上のMP回復薬の使用は命に関わります」

「ちっ、戦況がおもわしくないのはわかっているだろ?」

「わかっております。ですが、これ以上の使用はできません」


 トビアスが苛立ちを隠さずに声を荒げるも、ビーガーは冷静に応じ、それを強く拒否した。ふたりの視線が交わり、一歩も引かない。

 突然、パリンッという大きな音が本拠地全体に響き渡る。


「なんの音だ?」


 トビアスは眉をひそめ、不信感を抱きながら周囲を見渡した。

 守りの魔道具で張られていた結界が破壊され、戦場の淀んだ空気が一気に流れ込んできた。なにが起きたのか理解できず、彼らの緊張はさらに高まる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 拠点の入り口から、人々の叫び声が聞こえた。


「なにがあった!」


 トビアスが逃げてきた男を捕まえ問い詰めると、彼は真っ青な顔で唇を震わせた。


「守りの魔道具が壊れました。戦場にいた同胞たちが襲ってきています」

「ちっ、どういうことだ! マクシミリアンはなにをしている!」


 トビアスは男を投げ捨て、怒声を上げた。男は地面に転がりながらも、恐怖の表情を崩さずにトビアスを見つめた。


「マックスは別の場所で……」


 その時、異形の形をした同胞たちが、トビアスたちの前にも現れた。拠点の中は混乱の極みで、戦況がさらに悪化している。ビーガーが冷静に決断する。


「トビアス殿下、お逃げください」

「ビーガー、なにを言っている?」

「戦況は決しました。このまま殿下が捕まれば極刑は免れません。逃げるのです」


 ビーガーがトビアスの肩を掴み、冷静に告げる。

 その言葉にトビアスは全身を震わせ、ビーガーを見つめた。


「お前はどうするんだ?」

「私はここに残ります」


 ビーガーは静かにそう答えると、トビアスは目を見開き、言葉を失った。


「なにを驚いているのです。私は侯爵ですよ。それぐらいの覚悟はあります」


 ビーガーはトビアスの肩から手を放し、彼の目をじっと見つめながら続けた。


「それに私も攻撃魔法の一つぐらい使えます」


 ビーガーは微笑みながら、手のひらの上に小さな竜巻を作り上げた。


「だめだ! お前は俺と一緒に来るんだ」


 トビアスが叫んだその瞬間、異形の形をした同胞がトビアスに襲いかかった。

 ビーガーは即座に反応し、手のひらの竜巻を放って異形の同胞を撃退した。風の力が異形を吹き飛ばし、地面に叩きつけた。


「トビアス殿下、早く!」


 ビーガーは叫びながら次の異形の同胞に向き直った。


「私はここで時間を稼ぎます。どうかお逃げください!」


 トビアスはビーガーの覚悟に目を見開き、一瞬のためらいの後、彼の言葉に従ってその場を離れた。

 後ろから聞こえる風のうねりと戦闘の音が、ビーガーの奮闘を物語っていた。



 ***



 テオバルトは異形の者たちとの激しい戦いの最中、突然パリンッという大きな音を聞いた。周囲の気配から、結界が破壊されたことをすぐに察した。


「結界が壊れたか……」


 テオバルトは冷静に状況を分析し、即座に指示を出した。


「トビアス殿下とビーガー侯爵を確保しに行く!」


 ニコライと共に移動を始めると、道中で異形たちに襲われている満身創痍のトビアスを発見した。

 異形の者たちが群がる中、テオバルトは鋭い一撃で次々と異形を倒していった。ニコライもその後に続き、戦いの混乱の中でトビアスを確保し守り抜く。

 しばらくして異形の者たちが一斉に倒れ始めた。戦場に響くその音は、異様に静かで重い。薬の副作用が彼らを襲い、命を奪っていくことを、テオバルトは事前に知っていた。冷酷な策略の裏側に隠された真実。それが今、目の前で展開されていた。


「息がある者は助けるんだ」


 テオバルトの指示に、影たちがすぐに動き出した。倒れた異形の者たちを調べ、まだ息がある者を手早く救出していく。


「ビーガーを……助けてくれ……」


 テオバルトの腕を掴み、トビアスは意識が遠のく中、かすれた声でつぶやいた。


「安心してください、トビアス殿下。ビーガー侯爵も無事です」


 影から先ほどビーガーを確保したとの報告を受けたテオバルトは、安心させるように答えた。

 ニコライに意識を失くしたトビアスを任せ、テオバルトは戦場となった王城前の景色に目を向けた。

 沈黙が一瞬訪れ、重くのしかかるような戦場の空気がテオバルトの心に染み込んだ。


「犠牲者が少なければいいが……」


 テオバルトのつぶやきは、風にかき消されるほど弱々しかった。彼にとって、この戦場は勝利の象徴ではなく、数多くの命が無意味に失われる場所だった。

 影がテオバルトの背後に忍び寄る。


「テオバルト様、革命の光のリーダー、マクシミリアン及びその配下数十名を確保しました」

「そうか、よくやったね」

「しかし、マクシミリアンはMP回復薬の加重摂取により、すでに体調に変化が起きています」

「どれだけ使用したんだ」


 ニコライがあきれたようにつぶやいた。


「もちそうかい?」

「はい。エスタニア王国への譲渡までは問題ありませんが、裁判までは」


 影が途中で言葉を切り、頭を横に振った。


「譲渡までもつならいいよ。あとは新国王の判断だ。我々が手助けする義理はない。帝国の魔道具と薬は?」

「はい。それも確保しております」

「上出来だ。後宮への進軍はどうなった?」

「カミル殿が計画通りに進め、後宮までたどり着くことはできませんでした」

「さすがだね」

「ただ、カミル殿が魔力を枯渇されています」

「すごい魔力の波動を後宮の方向から感じたから、カミル殿だと思ったよ。手厚く看病をしてくれ」

「御意」

「ほぼ計画通りだな」

「そうだね、あとは──」


 テオバルトが闇夜に浮き上がる王城に視線を向けた。


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