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不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国後編
187/208

暴かれる事実と嘘_03


 王妃が語った昔話は、前国王の狂気に満ちた行動についてだった。

 彼は金の瞳を持つ王家と血の繋がりがある者を次々と殺戮していた。少しでもその可能性があれば、彼の狂気の対象となった。


「王家に金の瞳が生まれれば、それは神話の少女の生まれ変わり。その者を王にすれば、約束された平和が続くとされています。これは王妃に語り継がれている伝承なのです」


 王妃の声は静かでありながらも、その言葉には重みがあり、それが事実であったことを確信させた。


「父王のそのような話は耳にしたことがありません」


 今まで傍観していたエリーアスが困惑しながらも、王妃の言葉を否定するように言った。

 疑念を浮かべているエリーアスに、アグネス側妃が諭すように話しかける。


「エリーアス、これは陛下がまだ王太子だった頃の話です。それに、陛下が犯人である証拠はどこにも残っていないのです」

「母上は、それをご存知で嫁がれたのですか?」


 エリーアスの質問に驚いた側妃は、一瞬目を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻して答えた。


「私の母から聞き及んでいました。覚悟の上で王家に嫁ぎましたが、すでに陛下は国王で、凶行されることはありませんでした。ただ、あなたが……」


 アグネス側妃が言葉を詰まらせると、エリーアスが気遣うように彼女に駆け寄った。

 なるほど。

 ここでエリーアス殿下が隠しているあのことが繋がるのか。

 以前、ヘルプ機能に調査を依頼して知ったエリーアス殿下の隠し事。ディアーナは堂々としているのに、なぜエリーアス殿下だけが秘密にしているのか、ずっと疑問だった。

 アグネス側妃の意向が強かったようだ。

 エリーアス殿下も母上に弱いんだな。親近感が沸くな。

 などと考えていると、叔父の冷静かつ配慮にかける声が聞こえてきた。


「要するに、前国王は王妃に語り継がれている伝承をどこかで聞き、王太子という地位が危ぶまれたから金の瞳を持つ王族の血筋を片っ端から粛清したってことだよね」

「叔父様、もう少し言葉を選んで発言してください」


 テオ兄さんが眉をひそめてたしなめるも、叔父は態度を変える様子はなく、「テオ、今その必要があるかい?」と悪びれもなく言い放った。

 王妃が呆れた様子で、話を再開させる。


「トビアス様がどこで誰からそのような話を聞いたのかはわかりません。ただ事実として、王家に金の瞳を持つ者が生まれると、性別に関係なく王太子に指名することが多々あったようです」

「なるほどね、重臣たちの中にはそれを知っている者もいたんだね」


 叔父の指摘に、王妃がうなずく。


「ええ、間違いなく。皇后から聞いた話ですが、王太子時代の陛下の素行は異常でしたから、気づいた者もいたでしょう」

「金の瞳ね、ディアーナ様も金の瞳を持つ王族だけどね」


 ディアーナは、突然叔父から自分の名前が挙がったことに驚いたが、その表情には全く動揺の色が見えなかった。

 彼女は冷静に叔父の方を見つめ、静かな声で答えた。


「私は先祖返りのため、限られた人としか接触を許されていませんでした。だから、私の顔を知らない重臣も多いのです」


 俺はディアーナの言葉に胸が痛んだ。

 彼女がどれだけ孤独で辛い思いをしてきたのかを考えると、徐々に怒りが込み上げてくる。

 拳を握りしめる俺に気づいた叔父が、そっと肩に手を置いて微笑んだ。


「ジーク、そんなに怒らなくても、今のディアーナ様は自由だからね」

「わかっていますよ」


 俺の不貞腐れた態度を見た、ディアーナが嬉しそうに笑った。

 王妃も微笑みながら、「まあまあね」と俺を評価する。

 部屋の空気が少し柔らかくなり、みんなの表情にも微笑みが戻った。

 そんな中、マティアスが話を戻すべく口を開いた。


「母上の話からトビアス兄上が、姉上を担いだ理由がはっきりした。ただトビアス兄上が王族である証拠がない」


 マティアスの発言に王妃は眉をひそめ、顎に指を添えて少し考えた後、口元をゆるめた。


「あら、まだそんなことを言っているの。だったら、私の名でトビアス様が陛下の子であると証言します」

「母上、それはやめてください」


 マティアスは焦りを隠せず、声を少し震わせた。

 そんなマティアスに王妃は目を細めて、一歩踏み出した。


「あの女狐はよくて、私がだめな理由はなに?」

「姉上は、エレオノーラ側妃からトビアス兄上が不義の子であると聞かされたと証言しています」

「もう、それが嘘だと言っているのよ。この、わからずや!」


 王妃は苛立ちを隠せず、足音を一度大きく鳴らせ、声を荒げた。


「どうして、母上はエレオノーラ側妃を庇うのですか。何度も命の危険にさらされているのに」

「エレオノーラ様は、私たちの憧れだったのよ」

「憧れですか?」


 マティアスは王妃の意外な動機に驚き、言葉を失くした。


「そうよ。私が王妃になる前は、素晴らしい方だったのよ」


 王妃は一瞬、遠くを見つめる。


「国民からは賢王妃と敬われ、影から陛下を支えていた。その献身は他国からも評価されていたのよ。でも、そのエレオノーラ様が、王妃から側妃に降格され、心を病んでしまった。その場所を奪ったのが私なの」

「いいえ、それは違います。シャルロッテ様が王妃になったのは、陛下が強く望まれたからです」


 突然側妃が、王妃の言葉を遮り、毅然とした態度で言い放った。


「エレオノーラ様は、賢王妃と称えられる一方で、嫉妬に狂い、多くの悪行を行ってきました。私もその被害者のひとりです。しかし、トビアス様が不義の子ではないことは、私も証言できます。当時、お世継ぎ問題が浮上し、王宮内は緊迫していました。陛下は毎日、私とエレオノーラ様の元に通われており、不義ができる状況ではなかったのです」

「しかし、この時期エレオノーラ側妃には不名誉な噂がながれているよね」

「それは……」


 叔父の指摘に側妃は言葉を詰まらせる。


「女狐よ。確証はないけど、当時その噂を流すとしたら、あの女狐しかいないわ」

「母上、根拠のない発言で姉上を侮辱するのはやめてください」


 マティアスが眉をひそめなが否定すると、王妃は盛大にため息をつき、呆れた様子でゆっくりと頭を振る。


「まぁ、女狐にうまく操られて、情けないわ」

「母上!」


 マティアスが強い口調で注意した。

 彼の目は怒りと失望が混じり、その肩はわずかに震えている。

 王妃は冷ややかな目で息子を見つめ、微かに笑みを浮かべた。


「私が王家に嫁いだ頃、あの女狐はその魅力で人々を虜にしていたわ。最初はそれも愛らしいものだったけれど、ここ二、三年で豹変したの。女狐は人々を操り始め、本性を現したのよ。まるで本物の狐のように」

「やはり、ユリアーナ殿下の『魅了』は最近発生したようだね」


 叔父が静かに口を挟むと、王妃が驚きと共に問い返した。


「魅了? 女狐は魅了を持っているの? それなら今までの違和感にも納得がいくわ」

「あれだけ強い魅了に気づかれていなかったのですか?」


 叔父が珍しく目を見開き驚くと、王妃は気まずそうにうなずいた。


「私たちエスタニア王国の王族は、身の危険や精神攻撃から自分を守るために、それぞれ強力な魔道具を持っています」


 王妃が指にはめている指輪を掲げ、周囲に見せる。


「私やアグネス様は指輪。マティアスはピアス、ディアーナはペンダント、エリーアス様は眼鏡ね」


 俺はディアーナのペンダントに目を向けた。

 その美しい細工を見ていると、以前ボフールに修理を依頼した時のことを思い出す。

 彼の職人技にはいつも感心させられるが、特にこのペンダントの精巧さには驚いていた。


「なるほど。王妃の記憶が正しければ、私たちの推測が確信に変わります」

「まぁ、失礼ね」


 叔父の皮肉混じりの発言に、王妃は軽く眉をひそめるも、すぐにマティアス向き直った。


「それよりも、今はトビアス様の名誉の回復よ」


 王妃が声を荒げると、アグネス側妃も同調し、再びマティアスに詰め寄る。

 ふたりの圧力に押され、マティアスは一歩後ずさりした。

 その姿を見て、俺は思わず叔父の名前を呼び訴えた。


「ヴィリー叔父さん!」


 叔父の端正な顔が困ったように歪み、諦めたかのように笑う。


「間違いなく、彼は前国王の子だよ。赤の魔術師である私の『鑑定眼』がそれを証明しよう」


 その場にいる全員が叔父に注視し、その事実に息をのんだ。


「それならどうして、ユリアーナお姉様は、そのような虚言を口にしたのですか! トビアスお兄様もどうしてもっと強く反論しなかったの。あれではまるでトビアスお兄様も事実だと認めているようではないですか!」


 ディアーナは感情を抑えられず、声を震わせながら言葉をつなげた。


「彼らにはそれが真実だった」


 叔父が冷静に告げると、ディアーナは拳を強く握り、目を閉じた。


「そんな、都合のいい話が……」

「本当に、都合のいい話だね。人は時に残酷なことをする。彼女はその噂を真実としてトビアス殿下に伝え、彼を支配していたのだろう」


 叔父の声は冷静でありながらも、どこか冷酷さを感じさせた。


「トビアスお兄様は、ユリアーナお姉様を誰よりも信頼されていたんです。そんなっ、そんなことが……」


 ディアーナは言葉を失い、震える声でつぶやいた。彼女の目には涙が溢れ、頬を伝って落ちた。

 王妃が駆け寄り、心痛な表情でそっと彼女を抱きしめた。


「トビアスお兄様が、お可哀そうすぎます」


 王妃の腕の中で、ディアーナのすすり泣きが聞こえ、俺の胸が締め付けられる。


「彼は虚偽の事実を真実だと信じ込み、彼女に都合よく操られてしまった。とても愚かなことだ。しかし、事実がどうであれ、王族を殺害しようとした罪は消えない。彼に未来はない」


 叔父の正論に、部屋は一瞬の沈黙に包まれた。


「むぅっ!?」


 俺が異議を唱えようと口を開いた瞬間、叔父が素早い動作で俺の口を手で塞いだ。

 彼の表情は厳しくも優しく、頭を横に振って静かに制止を促した。


「だめだよ、ジーク。優しさをはき違えてはいけない。君はアーベル侯爵家の子息だ。時には厳しい決断を下さなければならない。それを避けてはならない。現実を直視し、受け入れる覚悟が必要だ。我々貴族は、その責務から逃げることは許されないんだよ」


 叔父の言葉は重く、俺の胸に深く響いた。

 王妃やマティアスたちも沈黙し、叔父の言葉の重みを受け止めているようだった。

 王妃の腕の中で泣いていたディアーナが叔父に確信を求めるように問いかけた。


「ヴィリバルト様、ユリアーナお姉様は……」

「彼女はおそらく帝国の力を借りているだろう」


 その言葉に全員の表情が一変した。

 緊張が一気に高まり、空気がさらに重くなった。


「帝国はなにが目的なのだ」


 突然、パルが感情を爆発させ、拳を壁に叩きつけた。

 彼の怒りの叫びが部屋中に響き渡り、全員が驚きの表情で彼を見つめた。


「パル……」


 ディアーナが静かに彼の名前を呼びながら、そっと彼のそばに寄り添った。

 彼女は優しく彼の腕を掴み、その怒りを和らげようとしていた。

 俺はパルの激しい感情に驚きつつも、彼の気持ちを理解していた。

 ずっと黙って話を聞いていた彼が、帝国の横暴さに耐えきれず、ついに声を上げたのだ。

 部屋の空気が一層張り詰める中、叔父が再び静かに口を開いた。


「混乱に生じた多くの人の命だろうね」


 叔父の意外過ぎる回答に、全員が彼を見た。

 驚きと困惑が広がる中、俺は叔父の言葉を反芻した。

 国ではなく人の命だと、叔父は言ったのだ。エスタニア王国の支配ではなく、無数の命を奪うことが帝国の真の目的だというのか。

 その考えが頭をよぎると、背筋に冷たいものが走った。


「そうなると、姉上の目的は王位となるのでしょうね」


 エリーアスの冷静な声が部屋に響いた。


「エリーアス兄上まで、姉上が敵であるとそういうのですか!」


 その声に反応したマティアスが、エリーアスを鋭く睨み、激しく反論するも、その目には深い悲しみがあった。

 怒りの裏に隠された悲しみが、彼の全身から滲み出ていた。

「マティアス」と、王妃が優しく彼の名を呼ぶ。マティアスは王妃に名を呼ばれ、かすれた声で訴えた。


「姉上は身を呈して私を守ってくれました」


 王妃は一瞬、考え込むように視線を落とし、再びマティアスを見つめ直した。


「そうね、武道大会での出来事は聞いています」


 その声には温かみがあり、マティアスは少しだけ安堵した表情を見せた。しかし、王妃の次の言葉が彼の心を揺さぶった。


「それが、緻密に計算された芝居だったとしら、あなたはどうしますか」


 マティアスの顔は驚愕に染まり、彼の声は震えた。


「そんなことがあるわけがありません! 姉上は私の前で刺され、血を流して倒れたのですよ。アルベルト殿も近くで見ていましたよね」


 その問いかけに、アル兄さんは「そうですね」と肯定しつつも、マティアスから視線をそらした。

 その反応にマティアスが絶望した顔をする。


「あれが演技だと言うのですか?」

「マティアス、目に見えるものすべてが真実であるとは限らないのです」

「ですが、母上……」


 マティアスの声はかすれ、言葉が途切れた。

 彼の心の中では、疑念が渦巻き始めているのだろう。彼の目は動揺してか、激しく揺れ動いていた。


「ディアーナは、理解できますね」

「はい、お母様」


 そう答えたディアーナの声は落ち着いていた。

 王妃はその態度に満足したように微笑み、マティアスに視線を戻した。


「マティアス、目を背けてはなりません。ユリアーナの狙いがなになのか、あなたはもう検討がついているはずです」

「ですが、姉上は王位を辞退すると証言されたのです」


 マティアスの声は震え、彼の目には葛藤が浮かんでいた。

 彼の心の中では、姉への信頼と疑念が激しくぶつかり合っているのだ。

 どうしても姉のすべてが偽りだったとは認めたくないのだ。

 俺はマティアスの気持ちが痛いほどわかった。

 もし、俺が兄姉に裏切られたとしたら、同じように苦しむだろう。彼の苦悩がひしひしと伝わってくる。

 王妃はその様子を見て、深いため息をつく。彼女の表情には失望と呆れが見えた。


「誰を信じるのもあなたの勝手です。しかし、あなたはエスタニア王国の王太子です」


 王妃は続ける。


「そもそも女狐には王位継承権などありません。国民の声に後押しされ、トビアス様が担いだ結果、議論に上がっただけなのです。誰がこの状況を予想できましたか」


 王妃の言葉は冷静でありながらも鋭く、状況の深刻さを物語っていた。


「国民の支持をどのようにしてえたのか。どうして私が、わざわざ陛下の凶行を伝えたのかも考えて見なさい」

「姉上の真の目的は、すべての王族の排除……」


 目を閉じ、静かにつぶやいたマティアスの言葉には、深い悲しみが滲んでいた。


「悲しいことに、ユリアーナは陛下の王への執着と狂気を受け継いでしまったのよ」


 王妃の言葉は静かに部屋に浸透し、抗えない現実が彼らを包み込んだ。



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