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不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国中編
175/207

決勝戦_01



 アルベルトが決勝戦の会場に足を踏み入れると、彼の視線は自然と貴賓席に向かった。

 しかし、そこにはジークベルトの姿はない。

 ヴィリバルトによれば、ジークベルトは今朝早くから彼のお願い(・・・)で出かけたという。そのお願いが何であったのか、ヴィリバルトは詳しく語らなかった。

 アルベルトは、まだ幼いジークベルトが一体何を頼まれたのか、そしてそれがどうして今日の早朝になったのか、疑問に思わずにはいられなかった。

 ギルベルトがいない状況で、アーベル家の事柄を判断するのはヴィリバルトである。アルベルトはその采配を信用しており、ヴィリバルトがジークベルトを危険に巻き込むことはないと理解している。

 しかし、ジークベルトのことに関しては心配なのだ。

 アーベル家の至宝として、世間に認識されつつあるジークベルトは、誘拐などの危険もある。きな臭い噂が絶えないエスタニア国内で、護衛を付けずに外出したことも、アルベルトの不安が増大した──。



 ***



 朝食のあと、ヴィリバルトの客室を訪ねたアルベルトは、ヴィリバルトに詰め寄っていた。


「叔父上、ジークに何をお願いしたのですか」

「心配しなくても、アルが想像しているより、はるかにジークは強いよ」

「ジークが可憐で聡明で強いのはわかっています。しかし、単独で行動させるのはいかがなものかとっ……」


 彼が言おうとした瞬間、ヴィリバルトからの突然の圧力により、アルベルトは全身が硬直し、言葉を詰まらせた。


「私の判断に文句があるのかい」


 人を無意識に従わせる圧倒的な力が、アルベルトの前にいた。

 それに抵抗してでも、ジークベルトへの心配が上回る。アルベルトの中でどうしても不安が拭えないのだ。


「叔父上の判断に従いますが、ジークに危険はないと言い切れますか」

「アルは私がジークを危険な目にさらすと?」


 ヴィリバルトは赤い目を細め、アルベルトに問う。


「いいえ。叔父上を信用しています。ただ、頭では理解していますが、得体の知れない何かが渦巻いているようで、不安で仕方がないのです」


 困惑した表情を見せたアルベルトが否定をしながらも、胸の内を語る。

 その様子に圧を弱めたヴィリバルトがすぐに「アル、『鑑定眼』を使用するよ」と言って、アルベルトを視た。


「アル、君はユリアーナ殿下に好意をよせているのかい」

「叔父上、突然なにを!?」


 ヴィリバルトの突拍子もない発言に、アルベルトが頬を赤くしながら狼狽する。

 その反応を見たヴィリバルトが、額に手をあて表情を歪めた。


「そうなんだね。油断したよ。精霊の加護で魅了を完全に遮断できると思っていたが、そこに人の思いが入るとかかってしまうようだ」

「どういうことですか」

「君は今、微量の魅了にかかっている。私への不信感はその魅了に感化されているようだね。普段のアルならジークを心配しつつも黙認している。おかしいと思ったんだ」


 ヴィリバルトの説明に、アルベルトが眉を顰め考えこむ。


「私が叔父上に不信感を……」

「自覚はないかい。君の言動はジークへの不安もあるようだが、私への不信感からきている」


 その指摘に、アルベルトは己の行動と心境を思い出す。

 過去と今の違いを客観的に考えれば、ヴィリバルトの指摘はもっともな事であり、今、ヴィリバルトを問い詰めているアルベルトは、過去のアルベルトではありえないと結論できる。


「そうですね。そう言われれば、納得する面もあります」

「厄介なことだね。おそらくユリアーナ殿下の言葉はすべて信用し、他の者の言葉に疑問があれば不信に思う」

「なるほど」


 アルベルトが腑に落ちたようにうなずく。


「聖魔法で魅了を解除できるが、解除してもすぐに微量の魅了にかかってしまうだろう。アルがユリアーナ殿下に好意をよせているからね」

「まだ正常な判断ができているのは、精霊の加護のおかげですか」

「そうだね。完全に魅了されれば、ユリアーナ殿下の言いなりだね」


 ヴィリバルトが軽い調子でそう告げると、アルベルトが真剣な顔して言い出した。


「今の私ではユリアーナ嬢の言動に疑問を持てないとなれば、彼女と話したすべての内容を第三者に話さなければなりません」

「そうなるね」

「では、叔父上、ユリアーナ嬢との出会いは」

「アル、ちょっと待つんだ」


 アルベルトが口を開き、ふたりの馴れ初めを話し始めようとした瞬間、ヴィリバルトが慌てて彼を阻止した。


「叔父上、何か他に疑念がありますか」

「私が、アルとユリアーナ殿下の会話を聞くのかい」


 ヴィリバルトが驚きの表情でアルベルトを見つめ、反問すると、アルベルトは淡々とした態度で、「適任だと考えますが、なにか?」と答えた。それに対して、ヴィリバルトはやや不満げに、「いや、なにが悲しくて甥っ子の逢瀬の会話を私が聞かないといけないんだい」と、顔を顰めた。


「必要なことです。私の客観的な報告だけでは、ユリアーナ嬢が白であることを証明できません。彼女の言動に疑わしい点がなかったかどうかを判断する必要があります。決勝まで時間があまりありません」


 冷静に説明するアルベルトに、ヴィリバルトは頬をひきつかせる。


「アル、何時間話すつもりだい」

「そうですね。出会いから昨日までの話しですので、簡単に要約しても決勝までギリギリのところですね」


 アルベルトが考え込んでいる最中、ヴィリバルトから発せられる魔力を察知した彼は、すばやくその手首をつかんだ。そして、にっこりと微笑みながら、「どこに行こうとするのですか。叔父上」とアルベルトは問いかけた。

 その後、決勝戦が始まる直前まで、アルベルトはユリアーナとの会話をヴィリバルトに聞かせ続けた──。



 ***



 先ほどまでのヴィリバルトとの会話を思い出していたアルベルトは、視線を貴賓席からエスタニア王家がいる上座に向けた。

 そこには、王太子マティアスが鎮座しており、その下にトビアス、そしてユリアーナがいた。


「ユリアーナ嬢」


 無意識に彼女の名をつぶやいたアルベルトは、自身の心が軋む音が聞こえた。

 この感情を恋情と呼ぶには曖昧で、だからといって否定することもできない中途半端な気持ちに己の心が追いついていない。

 魅了により、未熟だった感情を無理やり完熟させたことにより生じた軋み。この先もこの感情の揺れに悩まされ続けるのだろうと、ユリアーナを見つめながらアルベルトは思った。

 アルベルトは邪念を払いのけるように頭を激しく振り、自分を奮い立たせるために頬を叩いた。彼は目の前の試合に全力で取り組むため、心を無にした。



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