表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国中編
149/207

武道大会と影_04



 一方その頃、アルベルトが見失った不審者マントの人物は、ならず者と騎士が入り混じったいびつな集団に囲われ、退路を断たれていた。


「おらっ、死ねよ」

「ぐっ、なぜっ」


 集団の中でもひときわ体格のいい、左目の上から右頬にかけて大きな傷がある男が、マントの人物に一方的な攻撃をしていた。

 マントの人物は、その攻撃を耐え忍んでいたが、傷の男の拳が数度みぞおちに入り、苦しげな声をマントの中からもらすと、とうとう地面に片膝をついた。


「なぜってか、冥土の土産に教えてやるよっ。おらっ」

「ぐっ」


 傷の男がマントの人物の顔面に容赦なく蹴りを喰らわせると、マントが宙を舞い、砂埃とともに体が地面を跳ね上がった。

 傷の男がマントに手をかけ、フードを掴む。

 その顔を近づけると、ニタッと馬鹿にしたような表情で告げる。


「中途半端な『隠蔽』と『願望』が仇と成したなあ。『願望』に正と導くを込めたのになあ」

「なぜ、それを、うっ」

「なぜだろうなぁ、おらっ」

「ぐっ」


 傷の男は、フードから手を離すと、地面に横たわったマントの人物の腹を蹴り続ける。

 止まらない攻撃。それでもマントの人物は、足掻くように立ち上がろうとする。

 その姿に傷の男の口角が上がる。


「しぶといねぇ」

「おい、いい加減にしろ」


 これからという時に、ひとりの騎士が水を差し、傷の男の肩を引く。

 傷の男が、イラついた表情で騎士の手を振り払った。


「うっせぇんだよ。てめぇ、俺に指図するきか」

「お前たちと違い、我々は弱っている者をいたぶる趣味はない。さっさと処分しろ」

「けっ、よく言うぜ。お偉い騎士様は自分の手を汚したくねぇだけだろう。そうだ、お前。こっちにこいよ」


 傷の男が、水を差した騎士のうしろにいる若い騎士に声をかける。


「ぼっ、ぼくですか」

「そうだ。お前だよ。せっかくだから、手柄を譲ってやるよ」

「えっ」


 新人と思われる若い騎士に、傷の男は自身の短剣を差し出す。

 若い騎士は、躊躇しながらも短剣を受け取ると、マントの人物の前に立たされた。


「おらっ、殺せよ」

「殺せ、殺せ」


 ならず者たちが、若い騎士を煽る。

 異様な空気が包む中、他の騎士たちは、ならず者たちの野次を止めることもなく静観している。

 若い騎士の短剣を持つ手が震え、身動きができないでいると、地面から真っ白な煙が湧き出て、一瞬で辺りを覆った。

 白い煙が、彼らの視界を隠し、傷の男の怒号が響く。


「ちっ、やつはどこだ!」

 

 男たちの混乱は白い煙が消えるまで、しばらく続いたのだった。



 ***



 男が目を開けると、見慣れない天井が広がっていた。

 男の記憶は白い煙で途切れてはいたが、助かったのだと自覚する。

 残虐性の高い傷の男が、このような小奇麗な場所に自身を確保するはずはない。

 死を覚悟した傷も手当てされ、手厚い看護を受けている状況を把握した男は安堵したのか、ほっと息を吐く。


「おいっ、大丈夫か?」


 男の目覚めに気づいた金髪の青年が、心配げな表情で男を見ていた。

 それに応えようと男が体を起こそうとすると、体の痛みを感じたのか顔を顰める。


「ここは? くっ」

「動かないほうがいいよ。僕の『聖水』は、折れた骨を完治できるほどの精度はないからね」


 別の方向から物腰の柔らかい赤い髪の青年が、男に声をかけた。

 男は青年たちを見つめ、一呼吸置く。


「貴方がたは?」

「名乗ったほうがいいかい」


 赤い青年の問いかけに、その意図に気づいた男は口を噤むと、視線が中空を漂う。

 沈黙が部屋を支配する中、男の視線が、椅子の上にあるマントに止まった。

 驚いた表情でマントを見た男は、すぐに自身の体を見て、再びマントに目をやる。

 そして、期待と不安が入り交じった目を向け、青年たちに頭を下げた。


「命を助けて頂きありがとうございます。私はエリーアス殿下にお仕えするルートヴィヒ・フォン・ベンケンと申します。ルイスとお呼び下さい」


 ルイスはそう名乗ると、懐からエスタニア王家の家紋が入った懐中時計を見せ、その身分を示した。

 その覚悟を前に、赤い青年が口を開いた。


「私は、テオバルト・フォン・アーベル。彼は護衛のニコライだ」

「アーベル家の方! 私はなんて運がいい」


 ルイスは目に涙を浮かべ、口元を手で覆った。

 そんな彼の様子に、テオバルトとニコライは視線を交え、厄介事に首を突っ込んだと苦笑いした。



 ***



「『願望』とは面白い魔法だね」

「無属性の魔法です。術者の魔力と熟練度で効力は変わります」


 ルイスの事情と説明を受けたテオバルトたちは、ルイスがすぐに身元を示した理由に納得をする。

 いまルイスの手元にあるマントは魔道具で、『隠蔽』と『願望』が施されている。

 ルイス曰く、マントの『願望』に一致した人物には『隠蔽』が効かない。

 またマントを羽織っている本人、もしくは『願望』と一致した人物でしか、マントを脱がすことができないのだという。

 すなわち、テオバルトたちは、ルイスたちのお眼鏡に叶った人物となる。


「すげぇ魔道具だな。あれだけ争ってもフードがとれないわけだ」

「エリーアス殿下、渾身の魔道具ですから」


 ニコライの感想に、ルイスが誇らしげな顔をして、嬉しそうに答える。


「そうだとしたら、なぜ彼らにルイス殿の正体がバレたのかな」

「おそらく『隠蔽』を看破する魔道具を所持していたのだと」

「そりゃすげぇな。末端の騎士に与える代物じゃねぇぞ。どうするテオ」

「そうだね。僕たちだけでは大事過ぎる。叔父様に相談しよう」


 ふたりの気兼ねないやりとりを見たルイスが、羨望の眼差しをニコライに向ける。


「ニコライ殿は主に対して、随分と大柄な態度ですね」

「ルイスは真面目だな。俺とテオは昔馴染みで気安い仲だから許されてるんだ」

「そうなのですか。私はエリーアス殿下の幼少期からお側にいますが、一度たりともそのような砕けた会話をしたことがございません」

「おいおい。俺とお前では仕える主の身分が違うだろうよ」

「そうなのですが、おふたりの関係が私にはとても眩しく見えます」


 ルイスの素直な言葉に、テオバルトとニコライはお互いの顔を見合わせる。


「だそうですよ。テオバルト様?」

「冗談がきついよニコライ。それに気持ちが悪いよ」

「ひっでえ、言いようだな」


 テオバルトが、とても不愉快そうに表情を歪めると、ニコライが笑いながらその肩を叩いていた。

 その様子に、ルイスだけが戸惑っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ