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不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国前編
143/209

叔父は甘くない_03



「──ということです。他言無用でお願いします」


 叔父にすべてを打ち明けた。

 俺の前世が異世界人で、その記憶を所持したまま、この世界へ転生したこと。その経緯である前世の不運値が四十倍で生じた不運な出来事も。ハクが聖獣で隠蔽した経緯やシルビアが神獣であることも、俺の能力も含めて包み隠さず伝えた。

 その間、叔父は一言も口を挟まず、ただ黙って耳を傾けてくれた。

 肩の荷が下りるとは、こういうことを言うのだ。

 胸の奥につかえていた負荷が消え、気持ちが軽くなった。

 とても清々しく、いい気分だ。

 自己満足に浸って、暢気に隣にいるシルビアを見ると、彼女の顔がこわばっていた。

 はっと、沈黙している叔父に目を向ける。


 叔父の纏う空気が尋常じゃないことに気づき、緊張が走る。

 今の今まで、叔父を欺いていた事実は消えないのだ。

 俺ができる誠心誠意の謝罪はしたが、それを叔父が許すかは別だ。

 培った信用が底辺となったかもしれない。

 当然のように受け入れてくれると、甘く考えていた。

 得体の知れない者だと、切り捨てられる可能性もあるかもしれない。

 俺の思考が、ネガティブに染まりはじめた頃、沈黙していた叔父が、絞り出すように声を発した。


「ああ、やっと長年の謎が解けたよ。義姉さんが、ジークを産んだ奇跡が……なにもかも、ひとつに繋がったよ」


 普段の叔父からは、想像できない動揺した声だった。


「義姉さん、貴方が言ったことは、正しかった……。ジークベルト。アーベル家に、兄さんと義姉さんの子供として、生まれてきてくれたことに感謝する。ありがとう」


 赤い瞳から、一筋の涙が零れた。

 叔父が泣いている。

 はじめて見る叔父の涙に、俺は動揺して言葉がでない。

 叔父自身も、自分が涙したことに気づいたようで、驚きの表情とともに、素早く片手で瞳を覆った。

 その手は、震えている。

 冗談で感情を表したり、怒りで空気を揺らしたこともあるが、いつも飄々として掴めない叔父が、これほどまでに感情を乱す姿が衝撃であった。

 突然の事態に、なにがどうなのかわからない。

 確かなことは、俺の秘密が、母上のなにかと関係があるということだ。


「母上……」


 俺の今世の記憶は、母上の腕の中からはじまった。

 もう戻れない、あの幸せな世界。

 やばいな……。

 母上の事を思い出すと、どうしても感傷的になってしまう。

 未だに俺の記憶を侵食する色濃い後悔の念。

 払拭できないでいる母上の死。

 あの時の行動を何度も夢に見る。

 もう戻れないと理解しながらも、心はあの日に置いたままだ。

 母上が言った『前を向きなさいジーク』だけで、俺は前を見続けている。

 母上に会いたい。

 もう一度、あの腕に抱きしめられたい。


「……っ、母上」


 感情が爆発しそうになり、込み上げてくる涙を唇を噛み締めてぐっと我慢する。

 刹那、温かくて大きな腕が、俺を包み込んだ。

 ああ、この優しさに俺はどれだけ救われたのだろう。

 しばらくして、俺が叔父の肩から顔を上げると、端正な顔がひどく憔悴していた。


「ヴィリー叔父さん」


 俺の気遣わしげな声に、叔父が膝をついたまま答える。


「大丈夫かい?」

「取り乱しました。すみません」


 俺の声にシルビアが反応して、俺の腕を強く掴んだ。

 はっと、シルビアに顔を向けると、泣きそうな表情で俺の胸に顔を埋めた。

 シルビアの行動を叔父は黙認すると、俺の隣に座り、俺の頭をなでる。

 えっと……。

 叔父の沈黙に感謝しつつ、シルビアを落ち着かせる。

 彼女には悪いことをした。

 シルビアは、俺の近くに居れば居るほど、俺の強い感情を共感できるのだ。

 きっと負担となったにちがいない。

 今の俺の感情は、決してきれいなものではない。

 ごめんね。だけど、ありがとう。

 感情を共感してくれる人がそばにいる。それだけでなんて心強いんだ。

 謝罪と感謝の意を込めて、優しく何度もシルビアの頭をなでた。


 しばらくして、俺の腕の中で「スーッ、スーッ、ズッ」と、鼻水まじりの寝息が聞こえた。

 ここで寝れる神経の図太さに、ヘルプ機能から駄犬と言われるのだと思う。

 とても幸せそうな寝顔に、なぜかすごく癇に障った。

 なので、鼻を摘まんでみた。


「んむぅ。むっ」


 シルビアの眉間に皺が寄る。

 その顔を見て、俺の頬が緩む。

 俺がシルビアで遊んでいると、頭上からの視線に気づいた。


「仲が良いようで、なによりだよ」

「そう見えますか?」


 俺はシルビアの鼻を摘みながら、叔父に聞く。


「とても仲が良く見えるよ。ジークが、意地悪をする姿は、貴重だね。心を許しているんだね」

「それは心外です」


「そうなのかい」と、肩を上げる叔父の表情は普段と変わりなかい。

 その態度の変化から、あの話題はもう叔父の中で終わったのだと悟った。

 だけど……、聞くべきか、判断に迷う。

 きっと、答えてはくれない。

 でも、なにもなかったことにする選択肢は、俺にはなかった。


「……ヴィリー叔父さん。あの、ぼくの出生に、なにがあったのですか?」


 俺の質問に、叔父は一度、視線を上にあげる。

 そして、とても気まずそうな顔した。


「すまないね。ジーク。歳を重ねると、涙脆くなるようだ。感情が高ぶって失言をしてしまったね」


 叔父が「まいったな」と、片手で顔を覆う。

 深く息を吐いてうなずくと、赤い瞳が俺を捕えた。


「私の口からは話せない。ジークが真実を知るその時がきたら、兄さんから話をする。それまで待って欲しい。大人の勝手な言い分で申し訳ないね」

「わかりました。待ちます。一つだけ、一つだけ、答えて下さい」

「なんだい?」


 俺は怯える心を落ち着かせ、長年の疑問を口にする。 


「母上の死は、ぼくと関係がありますか?」

「ない。それだけは、はっきりと言えるよ」


 叔父の断言が、俺の心を震わす。

 だけど……『お前さえいなければっ』、憎悪のこもった茶色の瞳が、俺の脳裏をかすめた。


「そうですか……」

「ジーク、まさか、ゲルトの言葉をずっと気にしていたのかい」


 叔父が驚いた様子で、俺に問いかける。


「いえ、そうでは……。いや、気にしていなかったと言えば、嘘になります。ぼくは、生まれながらにして、人並み外れた能力がありました。それを母上の治療に使えたのではないかと、ずっと、そう思っていたんです。あの時、父上たちに伝えておけば、母上は助かったかもしれない。そう思って……」


 言葉が繋げられない。

 ポタポタと、溢れ落ちる涙。俺の涙腺が崩壊した。

 あれれっ。これとまんないっ。

 やばいなっ……。

 俺の異変に気づき、飛び起きたシルビアが、懸命に両手で涙を拭ってくれるが、追いつかない。

 まるで俺の後悔を表すように、涙が服に染みを作っていく。

 自分で思っていたよりも、俺の心は悲鳴をあげていたのだ。

 叔父の眉も下がり、痛々しげな表情で俺を見る。

 そんな顔をさせたいわけではないのに、涙は止まらない。


「ジークベルト。はっきりと断言するよ。あの時、君の能力を最大限に生かしても、義姉さんは助からなかった。世界でもトップクラスの魔術師『赤の魔術師』と呼ばれる私が断言しよう。だから君が背負うことは、何もないんだよ」

「ヴィリー叔父さんっ……」

「今まで気づかずに、すまなかったね」


 叔父が、シルビアごと俺を抱きしめた。

 ああ、やっと母上の死から解放されたのだと思った。

 胸の中にストンッと、叔父の言葉が落ちた。

 俺よりも格上の叔父が、断言してくれた。

 だから、俺は納得ができる。

 本当の意味で前を向けるよ、母上。



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