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不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国前編
131/207

はじまりの森_02



 湖の畔にある野営地に着いた俺たちは『魔テント』の中で、今後の行動についてヨハンに説明をした。


「早くて、二、三日……」


 今にも泣きそうなヨハンに俺が慌てて説明を補足する。


「ここは王都からだいぶ離れた場所なんだ。ヴィリー叔父さんの『移動魔法』を使用しても、早くて二、三日かな。遅くても武道大会が始まる前には迎えに来るよ。ここに生息する魔物であれば、僕が倒せるから、安心していいし、食料も十分ある。野外キャンプだと思って楽しもうね!」

「うん……わかった。おれ、がんばる!」


 空元気なのはわかっているが、ほんの少しヨハンの声に張りがでてきた。

 これは大丈夫そうだと安心する。

 ヨハンぐらいの年であれば、家に帰れない不安で、情緒不安定に陥り、意思疎通や行動ができない状態になってもおかしくはないだけに、空元気でも安心はする。

 まぁ不安はあるだろうけどね。

 そうヨハンに説明したが、すぐに助けがくるわけではない。

『移動魔法』は、術者が行った場所しか転移ができないという欠点がある。

 どの術者も最初は移動石で転移し、実績をつくるのだ。

 ヴィリー叔父さんも、エスタニア王国への訪問は初めてだったため、先に移動石で転移している。

 そこにきての『はじまりの森』だ。

 訪れたことがないことはわかる。

 今日の夜、念話で詳しく話し合いをするが、『はじまりの森』の近隣で、移動石の登録がある町を探すことから始まるだろう。

 移動石は、稀少でほぼ流通していない。

 ヨハンが『移動石』を『お守り』と勘違いしたのもうなずけるのだ。

 また移動石に登録のある町は、ほぼ主要都市である。

 ここから一番近い町、村の移動石を手に入れることは、困難だろう。

 そうなれば、ここから近く大きな都市が候補となる。 移動距離も考えれば、到着まで二、三日となる計算だ。

 まぁ俺が『移動魔法』を使用すれば、すぐに戻れる話なのだが、秘密にしているため、助けを待つしかない。

 いざとなれば使用するけどね。危険が迫っているわけでもないので、ここは待つの一択だ。


「ジークベルトは、いろんな魔道具をもっているんだな」

「うん?」

「これなんて、冷たくておいしい!」


 ヨハンが口にしているのは、冷えた果実のジュースだ。

 もちろん『魔冷機』が魔テントの中に備え付けてある。

 魔冷機は、魔コンロとは違い、ほぼ一般に流通していない代物だ。

 はっきり言えば、需要がないからだ。

 これには、この世界の食事情が大いに関係している。

 単調すぎる料理方法が原因なのだが、賽はすでに投げている。

 我が家の料理人たちが頑張るだろう。

 ふふふ。今後、魔冷機の需要は増えるはずだ。


「それに魔法袋も──」


 よほど嬉しかったのだろう。

 両手で大事そうに魔法袋を扱い、キラキラした目をするヨハンの姿に、俺のお兄ちゃんモードが発動する。

 あぁー。かわいい。

 いいな、弟ほしいな。

 滞在中は、俺がヨハンの兄にならないかな。

 なんでも世話するんだ。


「なぁ、ジークベルト」

「ん?」

「さっき約束した、その魔法袋から、俺が出していいか?」

「もちろん。使用者特定をしていないから、ヨハン君でも取り出せるよ。少し早いからクレープでも出してみる?」

「クレープ? わかった。出してみる!」


 ヨハンが嬉しそうに魔法袋に手を突っ込む。

 その光景を見ながら、世間一般では、魔法袋は大変貴重なものだったということを思い出していた。

 空間魔法の取得者が少なく、魔道具作製スキルもいるため、流通している物はごくわずか。

 貴族でも所持している人が少なく、容量も少ない。

 俺の周囲は、所持者が多いので忘れていた。

 ついつい俺基準で考えてしまった。

 そう俺は恵まれた環境にいるので、魔道具なども手に入れやすい。

 しかも前回転移されたコアンの町で、魔導職人のボフールを父上に紹介してもらった。

 今目の前にある魔テントは、ボフール作のものだ。

 オリジナル注文をしたので値は張ったが、巻き込まれた際の賠償金が入ったため、痛くもかゆくもなかった。

 賠償金。俺がその事実を知ったのは、注文した後だった。

 ボフールから値段を提示され、お金のことを考えていなかった俺は慌てふためいたが、『心配せんでも、ジークベルト殿の専用口座から引き落としておきますがな』と、肩をパンパン叩かれた。

『専用口座?』と、首をかしげた俺に『聞いてませんがな。ギルベルト殿の話では、大金貨五十枚までなら余裕があると聞きましたがな』とのボフールの言葉に、開いた口が塞がらなかった。

 あまりにも金額が大きすぎて、現実味がなかった。

 五千万だよ。子供に五千万、お小遣いで渡すなんて異常な話……あるはずはなかった。

 口座の中身は、ほぼ巻き込まれた際の賠償金、迷惑料だった。

 ヴィリー叔父さんが、相当な金額を提示したようで、謝罪に来た魔術省のお偉いさんが憔悴しきって項垂れていた裏には、そのような背景があったようだ。

 だけど叔父さん、あなたは、被害者でもあるが加害者でもあるんだよと思ったのは、俺だけではないはずだ。

 しかし叔父に抜け目はない。

 あたり前だが、賠償金は出ない。その代わりに長期の休暇をもぎ取ったと聞いた。

 さすが叔父である。

 叔父のおかげで多額の資金が手もとにあるため、ボフールには、魔テント以外の魔道具も数点依頼した。

 それを差し引いても賠償金には、まだまだ余裕がある。

 父上がそのまま渡してくれたのだ。

 賠償額は大金貨七十枚。

 魔術省内で儲けた資金の一部から支払われる。

 なぜ魔術省が賠償金を支払うのか、実験に提供された移動石が、魔術省から納品されたものだったからだ。

 魔術省は、国の機関だが、一部独立機関がある。

 その独立機関が、魔道具の販売や管理などの営利的な運用をしている。

 叔父いわく、運用利益のほぼ半分が、不透明な流れのため、遠慮する必要はないということだった。

 大人の話なので、これ以上の情報、首は突っ込まない。

 父上には、ボフールに魔道具を依頼したことを報告している。もちろん感謝も伝えた。


「──ジークベルト! 聞こえてないのか」

「あぁ、ごめん」

「クレープはこれでいいのか?」

「うん。そうだよ」


 ヨハンはそう言って、俺にクレープを渡してくる。

 不思議そうにクレープを見るヨハンに俺は見本をみせるように一口クレープを食した。

 見よう見まねでヨハンがクレープにかぶりつくと、口元に生クリームをつけて目を見開く。

 すごい勢いで食すヨハンに『あっ、そうとう歩いたからお腹が減っていたのか』と、気がきかない自分に少し落ち込む。


「ジークベルト、これおいしいな」

「それはよかったよ」

「?」


 満面の笑みで俺に告げるヨハンに少々気まずくなる。

 そんな様子の俺に、ヨハンが魔テントを見渡して興奮した様子で話し出した。


「この魔テントの中はすごいな! たくさんの魔道具があるし、魔テントがこんなに広いなんて知らなかったぞ!」

「あっ、ヨハン君。この魔テントは特別製で、普通の魔テントはベッドひとつ分ぐらいの大きさだよ。ここにある魔道具も特別に備えつけてもらったんだ。一般に流通しているものとは、仕様も少し違うんだ」


 なんていい子なんだ。

 そんなヨハンに現実を突きつける俺。


「そうなのか? おれも、とうさまたちのような騎士になれば、買えるか?」

「そっ、そうだね。騎士の給金がどれくらいか、わからないけど、たぶん、買えるかな」

「そうか! おれ、がんばるぞ!」


 勢い込むヨハンに、視線をそっとはずす。

 お金に物を言わせて作った我儘仕様の魔テントと魔道具だ。

 お値段もなんと大金貨十二枚。ちょっとした家が買える値段だ。

 魔テントの広さは、俺の空間魔法をガラス石に収納し作ってもらった特別製で、いわゆる俺専用で一般流通はできない。

 贅沢品だが、後悔はない。

 ほぼ家なのだ。その間取りは、1LDK、バス・トイレ別だ。

 特にこだわったのは、風呂だ。

 元日本人。やはり風呂にはうるさい。

 そのこだわりように、ボフールもあきれて物も言えない状態だったが、そこは一流の職人、要望通りの風呂をつくってくれた。


「ヨハン君、風呂に入ってしまおうか」

「ふろ?」

「森を歩いて泥だらけだしね。綺麗にさっぱりしよう」


 気分を上げるため、自慢の風呂へヨハンを誘導する。

 実は魔テントに入ってから、風呂に入りたくてしかたなかったのだ。

 魔テント内の風呂に入るのは、今日で二度目。

 魔テントが納品された時以来なのだ。

 鼻歌交じりで服を脱ぎ、魔洗機へ衣類を投げ込む。

 俺のまねをして、ヨハンも衣類を魔洗機へ投げ込むが、おそらく用途はわかっていないだろう。

 魔洗機の蓋を閉め、衣類乾燥まで設定して、動かす。


「ジークベルト、なんだこれ? すげぇー、服が回っているぞ!」


 突然、動きだした魔洗機にヨハンは驚き興奮しているが、簡単に用途を説明して、風呂の扉を開ける。

 ごめんヨハン。なによりも風呂だ。風呂なんだよ。

 開いた先には、俺たちを待ち構えていたかのように、風呂ができあがっていた。

 あたり前だ。かけ流し風呂なので、二十四時間いつでも入浴でき、自動お掃除機能付き、カビ対策もばっちりだ。


「おぉー。ひろーい!」

「あっ、ヨハン君。先に体を洗ってからだ。マナーだよ」

「うん。これなんだ?」

「それは体を洗う用の石鹸だよ」

「せっけん? せっけんはこんな物じゃないぞ。白くてかたいんだ」

「えっと、それは固い石鹸を液体にしたものだよ。そしてこれは頭を洗う石鹸だよ」

「えきたい?」

「まずは使ってみて、このタオルに石鹸をつけて、泡立てると……ほら!」

「おぉー。おれもする」


 ヨハンが一生懸命、泡立てているそれは、俺特製のボディーソープとリンスインシャンプーだ。

 アンナたち侍女と結束して、作製したそれは、アーベル家の事業のひとつとなっている。

 ご婦人たちには、とても好評で、種類を増やす方向だ。

 入浴剤、化粧水、乳液、美容液など、美容関連の知識も、前世の妹に付き合わされた関係上、一般男性よりはあるので、時間があれば着手する予定だ。

 その事業の利益の一部も、俺専用口座に毎月入金されている。

『発案者の権利だ』と、父上は言っていたが、もらいすぎのような気もする。

 まぁもらえるものはもらうけどね。


「この石鹸、すっげーいい匂いがするな! それにあわが簡単にできる! 楽しいぞ!」

「だろう。自慢の品なんだ。まだまだ改善の余地はあるけどね」

「かいぜん? ジークベルトは、難しいことばかり言うな。おれもジークベルトのとしになれば、そうなるのか?」

「うん? これは職業病というか、性格の問題だから、ヨハン君は、僕みたいにはならないと思うよ」

「そうか、よかった」


 ザッ、ザーー。

 体についた泡を流し、楽しそうにヨハンは浴槽へ向かっていく。

 あれ? なんだろう?

 この妙に傷ついた感じは……。

 いや、いいんだけどね。

 ヨハンの後に続き、体を洗い終えた俺は、お待ちかねの入浴タイムへ。

 はぁー。気持ちいい。

 やっぱ檜風呂はいい!

 かけ流しという点もいい!

 先に浴槽に浸かっていたヨハンは、頬を真っ赤にして、檜に頭をのせ、気持ちよさそうに浮いている。

 ヨハン、わかってるね。

 だけどこの風呂は、それだけではないんだ。

 ほれ、ポチッとな。

 ヴィ、ヴィヴィーーン。


「なっ、なんだ!?」


 ヨハンが慌てて立ち上がる。

 風呂が動きだし、檜風呂からジャグジー付きの風呂へと変わる。

 ふふふ、これこそ男のロマンを詰め込んだ。

 変形風呂だ。

 これぞ異世界ファンタジー。


「ジークベルト、この風呂すごいぞ! すげぇ、木の風呂から泡の風呂に変わったぞ! すげぇ、すげぇぞっ!」

「だろう。それだけではないんだよ。浴室もこんな感じに変化できるんだ」


 俺が再びボタンを押すと、浴室全体が暗くなり満点の星とこの世界の朱月、蒼月が、映し出される。

 露天風呂疑似体験だ。

 ほかにも何パターンか、用意してある。

 リアリティが大事なので、映し出されている映像は、生映像ではないが、実際にあった過去のものだ。

 もちろん、生映像も可能だ。


「きれいだな。外で風呂なんて、ぜいたくだな! 風呂が好きになるな!」

「わかってるね、ヨハン君!」


 ふたりで、風呂を満喫した。

 途中でヨハンがのぼせるハプニングもあったが、とても満足した時間だった。

 風呂に浮かれすぎていて、俺は、すっかり忘れていた。



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