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不運からの最強男  作者: フクフク
エスタニア王国前編
130/208

はじまりの森_01



『状況は?』

『はっ。バルシュミーデ伯爵家から膨大な魔力を感知しました』

『『移動石』がうまく働いたようだな。やつらはしばらく動けないだろう。次の作戦に移行する』

『はっ』


 マントの男が指示を出すと、周囲から人の気配が消える。

 ひとり残った男が妖しく微笑む。


『はやく会いたいよ『赤の魔術師』』


 狂気じみたその声は暗闇の中に消えた。



 ***



 目を開けると、深い森の中にいた。

 夢だったとかのオチではない。また巻き込まれたようだ。

『苦労人』仕事しすぎじゃないか。まぁ今回は、巻き込まれてよかったと思う。

 ヨハンひとりでは、この森からの脱出は難しいだろう。

 現在地を確認するため、『地図』を起動し、ここが『はじまりの森』であること、エスタニアの王都からだいぶ離れた場所であることを把握する。

 そして、予め登録していたヨハンの位置情報が近くにあり安堵した。

 前回の転移事件とは違い、体の接触がない状況での強制移動だったため、俺とヨハンの座標がずれたようだ。

 これで全然違う場所に飛ばされていたらしゃれにならない。

 一歩間違えれば、死につながる世界なのだ。

 ほんと近くでよかったよ。

 魔物の気配がないため、のほほんと構えていると、「うわぁーー」と、ヨハンの叫び声が聞こえた。

 瞬時に『倍速』で、ヨハンの場所まで移動すると、ヨハンは紫の煙に包まれていた。

 これは、あまりよろしくない展開だ。

 少し油断してしまった。反省。

『微風』で、ヨハンの周囲を包んでいる紫の煙を一掃する。

 そのままヨハンを引っ張り、紫の煙のもとから遠ざけた。

 この紫の煙は、感覚器官を麻痺させる作用がある。だいぶ煙を吸い込んだ様子のヨハンに『正常』をかけ、声をかけた。


「大丈夫かい?」

「うっ……うーん」


 まだ混沌としているようだ。

 ステータス異常は見受けられないので、あとは本人の意識がはっきりするのを待つとしよう。

 その間に、紫の煙のもとを確認する。

 いまだ紫の煙を周囲にまいているそれは有毒植物に分類され、別名『幻影死草』と呼ばれる。

 木々に寄生する幻影死草は、獲物を捕獲するまではその姿を現さない。

 だが今回は、ヨハンを捕獲するために本体が出ていた。幹の間から紫色の触手のような物が伸びており、その本体はラフレシアの形に似ていた。

 これ植物なのか?

 クネクネと動く触手に、不気味さが増す。

 捕まえた獲物の感覚器官を麻痺して咀嚼する肉食なのだ。

 知能も高いが、魔物に分類されない。

 ヘルプ機能いわく、有毒植物は、魔石がないので魔物ではないとのこと。

 魔物や魔獣は、体内に魔石があるそうだ。

 なぜ伝聞なのか。

 その事実を今さっき俺が知ったからだ。

 普段から魔物の解体は全部、テオ兄さんたちが処理してくれた。

 俺個人がレベルアップのために仕留めた魔物は『収納』にほぼ放置している。

 いやだってさ、今の年齢で売りに行けば目立つし、テオ兄さんたちに頼むと、抜け出しているのがばれるだろう。

 まぁバレてはいるけどさ。

 見て見ぬふりをしてくれているのに、そこで仕留めた魔物をお願いするのは、筋違いだろう。

 それに俺の『収納』は、時間停止機能があるので、仕留めた魔物をそのまま維持できる。

 冒険者になってから売る予定なのだ。

 ちなみにダンジョンや迷宮では、魔物はドロップ品に変わるため、魔石は出ない。

 まさに異世界ファンタジー。

 話がかなり脱線している間に、触手が増え、ウニョウニョと活発に動いていた。

 うわぁー気持ち悪い。近づきたくない。

 おそらく獲物であるヨハンが射程圏内からはずれ、逃げたことで辺りを警戒しているのだろう。

 視覚はなく嗅覚で動いているとしてもすごいな。

 さて本体も確認できたし、排除しますか。

 寄生している木を燃やさないよう制御して『灯火』を使うと、それは跡形もなく消えた。

 任務完了!

 あとは『地図』で、有毒植物の分布を確認する。この森全体に点在しているようだ。

 ヨハンもいるし、面倒だけど接触しないで動くとするか。

 今日の寝床候補も確認して『地図』に印をつける。そのまま視界の隅に『地図』を配置して、意識がはっきりした様子のヨハンのもとへ戻る。


「ヨハン君、気づいたんだね」

「ジーク、ベルト……なんで?」

「これ何本に見える?」


 有無を言わせずヨハンの前に指を突き立てる。


「えっ、二本」

「じゃ、これは?」

「四本」

「うん。後遺症はないようだね。よかった」

「助けてくれたのか、ありがとう。ジークベルト」


 モジモジと頬を赤くさせ、うつむきながらも感謝するヨハンに『これがデレか! ツンはどこだ!? そもそもツンデレとはなんだーー』と、心で絶叫する俺がいた。

 ヨハンの純粋な感謝にテンションが上がり『デレだ。デレがきた!』と思ったが、実はツンデレが、よくわからない。だが、この状態はデレのはずだと、俺ルールを決めた。

 ディアーナに憧れて、俺に突っかかってきた時も、かわいかったが、このモジモジ加減もいい!

 やはり小さい子は、かわいいな。

 俺が心の中で、世間的に誤解を招く表現をガッツリしていると、ヨハンは、赤かった頬を徐々に青くさせ、心なしか震えた声で俺に問うた。


「それで、どうしておれたちは森にいるんだ。とうさまは… …? おじいさまは…… ?」

「僕たちは、『はじまりの森』に転移したようなんだ」

「『はじまりの森』? どうして? てんいするんだ?」


 ヨハンは、なぜここに転移したのか理由が思いつかないようで、至極困惑した様子で俺に投げかける。

 不安なのか、しっかりと俺のマントを握っている。


「ヨハン君が握っていた石。あれは『移動石』だったんだ」

「いどうせき? えっ? だってあれは、お守りだって……」

「誰にいつもらったのかな?」

「……っ」


 ヨハンの言葉が詰まる。

 これは、聞かれたくない理由があるようだ。

 誰かをかばっているのか?

 いや違うな。おそらくもらった状況を言いたくないのだ。

 察するに移動石は、屋敷の外でもらったのだろう。

 しかも無断で抜け出していたのだろう。

 抜け出していた事実が判明すれば、今後の抜け出しは容易ではない。

 だがこれは重要な情報なため、ごまかしを見逃すわけにはいかない。

 ごめん、ヨハン。

 心の中で謝罪しつつ、諭すようなゆっくりとした口調で、だけど拒否させない断定した言い方をする。


「ヨハン君、とても大事なことなんだ。今回の転移は、たまたま俺が巻き込まれたので難を逃れたけど、もしひとりで転移したら幻影死草の餌食になっていたんだ。とても危険なことだとわかっているね。あの石はどこで誰にいつもらったんだい?」

「ゲンエイシソウ……。きょう、ダンたちと、遊んでいた、時に、おじさんが、くれったんだ……」

「おじさん? 知っている人かい?」

「しらないおじさんっ、おれっ、たちが、遊んでたら、いいもの、あげるって……。おっ、おれ、あぶないものだとは、おもわなかった。きっ、きれいだし、キラキラしてて、お守りだって……」


 ヨハンは唇を噛みしめながらうつむいた。

 危険な物を安易にもらってしまった後悔があるのだろう。

『移動石』の実物を見たことがなければ、綺麗なガラス玉だもんな。

 お守りだと言われれば納得してしまうサイズでもある。

 だけど、ヨハンは貴族だ。

 外敵から身を守る手段を習っているはずだ……。

 あれ? もしかして、まだ習う年齢ではないのか? 

 俺は三歳の時に他者から物をもらう時の断り方を習っている。

 貴族は命を狙われることもあるので、屋敷外での直接の受け取りは原則しない。

 それを知らない民などからの品はいったん侍女が預かり、安全性を確認した後、手もとに届くのだ。

 もちろん侍女たちが近くにいない場合は、相手を傷つけないように遠回しなお断りをするか、屋敷へ持っていくよう言葉巧みにお願いする。

 なによりも贈答品は直接触らない。

 これ鉄則です。

 俺がアンナ監修の教育を思い出していると──。


 ***********************


 ご主人様、一般的な貴族は、五歳から教育が始まります。


 ***********************


 ヘルプ機能から遠慮がちに報告が入る。

 うん。そんなことだろうとわかっていたさ……。


「ほかの子も、もらったのかい?」

「うん……ジークベルト、どうしようっ!」


 小さな声でうなずくと、なにかを察したヨハンが涙を浮かべ俺を見上げながら訴える。


「ダンたちも、森の中にとぶのか? 助けないとっ! あのけむりをすうと、なにも見えなくて、音も聞こえなくて、からだも動かなくなった。だから、助けないと!」

「ダンたちは、平民なのかな?」

「ダンたちは、平民だけど、いい奴なんだ! 守るのは、おれたちきぞくのやくめだから、助けて、ジークベルト!」

「あっ、言葉のチョイスを間違えた。ごめん、ヨハン君。ダンたちが、平民なら、移動石を発動させるほどの魔力はないはずだから、大丈夫だよ」

「だいじょうぶなのか。よかった」


 ヨハンの頬から一筋の涙が流れた。

 純粋できれいな涙だ。

 ヨハンがその涙に気づき、ゴシゴシと手で目をこする。

 あー、そんなにこすると、後で赤くなるぞ。

 いらぬ心配をする俺。

 もう心情は、お兄さん状態である。

 現世では末っ子だけど、前世ではお兄さんだったからね。

 さてと、これで叔父さんに報告する内容は、集まったな。まずは石を確認してもらおう。

 おそらく、ヨハン以外の子供たちの石は、ただの石の可能性が高いが、万が一ってこともある。

 で、問題は、誰を狙っての行動だったかだ。

 ディアーナが、バルシュミーデ伯爵の屋敷に滞在していることは、周知の事実だ。

 ただ、ディアーナを狙うにしても、ひと目で『移動石』だとわかる石をヨハンに渡したところで、警戒されることは目に見えている。

 まさか……、ヨハンの魔力暴走も計画の内だった?

 だとすれば、予知スキルがあるのか!?

 ヘルプ機能、調べてほしい。


 ***********************


 固有スキルの中に、予知スキルなるものがあります。

 所持者の多くが、教会で修行した高位な僧や尼ですね


 ***********************


 うわぁー。ここにきて、宗教が絡んできたよ。

 宗教は、否定しないが、絡みだすとファンタジーでは、だいたいよくない展開になるんだよね。

 なにもなければいいけどさ……。

 あぁー。すごく嫌な予感がビシバシとする。

 とりあえず『報告』だ。

 すべての内容が届く距離ではないので、緊急事態である旨と念話で状況を説明することを伝える。

『報告』は距離や魔力によって伝えられる文字数に制限がかかる。

 近距離では、長文を伝えることができるが、長距離になると途端に文字数が少なくなる。

 あまり魔力も使いたくないので、現状を伝え、彼らに伝言役となってもらおう。

『報告』が終わり、夜に念話することで話がついた。

 それまでに、今夜の野営地への移動と、彼らへの説明も必要だ。

 二度目の失踪だけど、今回は『報告』『移動』などの魔法が使用できる状況なので、そう大事にはならないだろうと、思っている。

 前回は、情報がなく屋敷内が騒然として大変だったと聞いた。

 ほんと、愛されてるよね。

 今回は、他国での失踪だが、背景が背景なだけに、本国には連絡が入らないはず。

 ユリウス王太子殿下は、そのへんの判断ができる人だ。あの殿下とは違うのだ。

 さてと、まずは移動かな。

 涙が止まったヨハンを促し、『地図』に登録した寝床候補へ俺たちは足を進めた。



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