7話
エレナさんの自宅を辞した後、車に乗り込んで走り出し、穏やかな風景に目を向けながら伺った話に浸ります。
……砲撃を受けて脱線した列車から、命からがら抜け出した四人とハンスさん。彼等に迫る戦車、そして自衛の為に戦う事を余儀無くされ、戦車へと乗り込んで……。
私が思っていたエレナさんの勇姿とは掛け離れた初戦、彼女は無謀な行動を取り、自らを危険に晒してしまう。それは誰にでも訪れる気の迷いかもしれないし、私だって同じ環境に置かれたらきっと……。
……パパパパッ!!
信号待ちで物思いに耽ふけり、いきなり後ろから激しくクラクションを鳴らされて、焦りながら発進すると、
グオオオオオオォーッ!!
猛烈な勢いで大型トレーラーが私の直ぐ脇を通過し、あっという間に小さくなっていきました。
(抜くつもりだったなら……そんなに急かさなくてもいいじゃない……)
少しだけバツの悪い思いで見送りながら、事務所へ戻る為、アクセルを踏みました。
街の中心地からやや外れた住宅地のアパート、その一室が私達の事務所。事務所と言っても、フリーランスの何でも屋がより集まって作った共同オフィス、と言った感じですが。テレビ局のアシスタントをしていた頃の人脈で、何とか食い繋いでいける程度の仕事をこなして屋根を借りています。
その事務所の前に車を停めて、私はカバンを抱えながら扉の前に立ち、プレートに書かれた名前を眺めながらドアノブを掴みました。
【ブルーバタフライ・プロダクション】
妙な名前の小さな看板が目印の扉が、事務所の入り口。その扉を開けて中に入ると四つの机が置いてあり、そこで一人の男性がノートパソコンと格闘していました。すると私が帰って来たのに気付き、パソコンから視線を外して立ち上がります。
「……おかえり、エリー。エレナさんの取材は順調かい?」
先輩のグラウニーさんが出迎えながら、インスタントコーヒーを淹れて差し出しながら聞いてきます。
「はい、順調ですけれど……何だか余りにも現実味が薄くて、おとぎ話を聞いているような感じでした……」
彼は私より随分と年上ですが、年齢差を感じさせない気さくな態度で柔らかく接してくれます。いつも通りの既婚者特有の穏やかな物腰に気が解れ、思わず本音が漏れてしまいました。
「ふむ、そりゃ難儀だったね。まあしかし、相手が国難を退けた伝説的人物だからな。常識外れは仕方ないさ」
彼はコーヒーを飲みながら、窓の外の夕陽に染まる町並みに目を向けてから、
「……で、エレナさんからどんな話を聞いてきたんだ?」
まるで英雄譚をねだる子供のような顔で、取材の内容を尋ねて来るのです。男の人って、戦争の話が好きなんでしょうかね?
「そう急かさないでくださいよ……せめてカバン位降ろすまで待って貰えませんか?」
私が困ったような顔で切り出すと、そりゃすまん、と頭を掻きながら自分の机に戻り、椅子に腰かけながら私が席に着くまで待ってくれました。
「グラウニーさんが、何処まで知っているかは判りませんが……」
私は自分の椅子に座り、そう切り出しながら手にした手帳を捲り、エレナさんの回想を頭の中で甦らせます。
……レコーダーで録音するのって、確かに無駄が無いんですが私は好きじゃなくて、筆記しながら聞いた方が何となく空気感が残る気がするんですけど……。