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5話



 「ハンスさん、椅子が一脚足りないんですが……」


 レンがおずおずと話し掛けると、ハンスさんは傍らに置かれた背負い紐付きの奇妙な箱を彼女に差し出して、


 「レン、悪いが君には【斥候】を頼みたい。車外で動きながら周囲を見てもらい、その無線で俺に状況を教えてほしい。この双眼鏡も使ってくれ」


 そう言われたレンは暫く躊躇していましたが、


 「はい、やってみます。それに、狭い所は何となく慣れなくて……」


 彼女なりに役目を全うする決意は固いようで、頷きながら無線機を受け取りました。それを私も手伝いながら背負わせると、試してみると言いながら車外に出てから暫く後、


 【……あー、聞こえますか 私です、レンです】


 ザッ、と雑音が鳴った後、スピーカーから彼女の澄んだ声が響きます。どうやら使い方も判ったみたいです。


 「レン、そのまま車外で待機してくれ。直ぐに戦車を貨車から降ろす」


 ハンスさんは手元のレバーを操り、戦車を後退させ始めました。バキバキ、と薄い板が砕ける音が鳴り、壁が無くなって小さな明かり取りの窓から外の光が差し込みます。


 「さて……ブレーキが踏めないが、まあ何とかなるだろう」

 「……えっ? ハンスさん、今なんと言いました?」




 「……気にするな。戦車はどうせ側帯(キャタピラ)の回転だけで前後左右に動くんだ。止まってする事は旋回だけさ」


 気になる事を言ったのに、気にするな、とは乱暴です。彼の人間性を若干疑いますが……今はそれどころではありません。


 「よし、角度は悪くないか……降ろすぞ! 何かに掴まれ!!」


 ハンスさんの声に私達は、手近にあるバーやハンドルらしき物を手探りで掴み、貨車から降りる際にやって来る衝撃を待ちます。


 ガタガタガタ……ドスン!


 動き出して傾いたかと思う間もなく、戦車は貨車から地面へと降りました。どうやら後ろ側に傾斜が有ったようで、思った程の衝撃は有りません。


 【……無事に降りましたね! でも、それより……何か近付いてきます!】


 車内の三人がホッと胸を撫で降ろしていると、早速リンから無線が入ります。


 「来たな……戦車か?」

 【……そうです、数は……いち、にい……四台です】


 落ち着いたレンの声に、私達の気持ちは冷静さを取り戻すと同時に、四台もの戦車と戦えるのかと思って不安になるのですが……


 「ふん、舐めらてるな。まあ、流石に最初の着弾であらかた終わったと思っているんだろう」


 ハンスさんは鼻を鳴らしてから、つまらなさそうに言うとオリビアを手招きし、


 「君は機械操作に慣れているんだろう? なら、装填の仕方を教えておく。キチンとやらんと危険が伴うが、大丈夫か?」


 真剣な顔で伝えます。するとオリビアもしっかりと理解しているようで、


 「大丈夫です。旋盤や切削機と同じですよね? 落ち着いて、ちゃんと手順を守ります」


 と、頼もしい言葉で返しました。流石は町工場の跡取り娘さんですね。全然怖がっていないです。


 「この大きなボタンを一度押すと、傍にある砲尾が下がる。その隙間から砲弾を装填する……そう、その先が黒い弾だ」


 車内の隅に積まれた箱から、手袋を着けたオリビアが重そうな砲弾を抱えて持ち上げて、


 「よいしょ……はい、入りました!」

 「上出来だ……よし、次は砲弾を送り込むんだが……必ず砲弾は拳を握り締めながら押し込めよ?」

 「……うんっ!! しょ……こ、こうですか?」


 砲弾を装填し終わったオリビアが彼に尋ねると、


 「そうだ、そうしたらボタンを、もう一度押せ」

 「はい……あ、結構速いんですね」


 言われるままにボタンを押すと、砲尾が前に動くと同時に分厚い金属の砲栓が閉まり、固定されます。


 「そうだ。指先を開いて送り込み、慌ててボタンを押して砲栓を閉めると指先を食い千切られるからな。気を付けろよ?」


 言われたオリビアは指先を眺めてから砲栓を確認し、


 「ハイ! 必ず拳で押し込みます!」


 と、元気よく答えます。何だか工場で、主任さんと新人さんがお話しているみたいですね……。


 「ミケーネ、すまんが俺の代わりに運転してくれ。やはり足が不自由だと上手く操れないな……」


 ハンスさんに促されて、ミケーネが操縦席に着きます。手短に説明を受けながら、ミケーネが左右の側帯を動かしてクルクルと車体を旋回させて、


 「きゃあっ!! あ……でも、こうすれば進むし回るんですね」


 まるで遊園地の遊具に乗っているみたいで、物静かな彼女にしては珍しく嬉しそうです。うん……羨ましくなんて、ないですよ?


 「エレナ、君はキューポラ(戦車上方に設けられた出入口)から外を見てくれ。何か有ったら教えるんだ」

 「はい、判りました。でも……どうやって教えるんですか?」


 動き出した戦車の中は、とてもうるさくて傍に居る相手にもなかなか声が届きません。するとハンスさんは今思い出した、と言いながら、


 「すまん! すっかり忘れていた! みんな、傍に有るヘッドセットを着けてくれ!」


 ハンスさんの言葉で、私達は椅子の側に掛けられているヘッドセットを耳に当てました。耳を塞がれて静かになりましたが、当然ながら声も良く聞き取れません。


 するとハンスさんに肩を叩かれて、ヘッドセットから伸びるコードに繋がった聴診器のようなモノを示されながら、身振り手振りで喉に張り付けるよう指示されます。咽頭マイク、って言うらしいです。


 ≪……よし、これで聞こえるだろう? 何か話してみるんだ≫


 ハンスさんの声に耳を傾けながら、私も喉のマイクに手を当てて話してみます。


 ≪はい、こうですか? ……此処、結構良く周りが見えるんですね≫


 キューポラの内側にはプリズム硝子が嵌め込まれた小窓が取り囲むように幾つもあり、小さいながらも上手く配置されていて周囲が見渡せます。


 【ハンスさん、先頭の戦車が丘を越えました】


 レンの声が無線機を介してヘッドセットに響きます。とうとう、敵がやって来たんですね……でも、一体誰なんでしょう。


 【よし、レンは身を隠せ。戦闘が終わったら回収するから、出来るだけ岩場の傾斜が有る場所を上がって、戦車から遠ざかるんだ】

 【はい、判りました……でも、もしハンスさん達が……】

 【余計な事は考えるな。常に自らの安全を第一に考えるんだ】


 ハンスさんに促されて、レンからの通話が終わりました。ザーッ、と言う音が僅かに聞こえ、そして無線が切れます。


 ≪……さて、こちらも歓迎の準備に入るぞ。戦車を動かして機関車の陰に隠すんだ≫


 ミケーネが頷いて、車体を後退させていきます。私はハッチを開けて頭を覗かせながら指示を出し、戦車を丘と機関車の残骸の間に隠しました。


 ≪……いいか、三人共に良く聞いてくれ。これから何が有っても、俺の言葉を信じろ。そして……一番大切なのは……≫


 彼が言葉を切り、次に言った言葉は……決して忘れられない物でした。



 ≪……決して、神に祈るな。戦場に奇跡は無い。ただ、結果が残るのみだ≫




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